【24話】一人の休日、映画館へ
休日、セレナは実家に帰省していて、寮の部屋には私一人だけだった。
特に予定もなく、何をしようか考えていたところで、ふと、街の掲示板で見かけた告知を思い出した。
街に出て、改めて掲示板を確認すると、確かに「本日上映:特別公開作品」という文字が記されていた。
頭の中で、ゲームの記憶が緩やかに繋がっていく。
ゲームの隠し要素として、特定のタイミングで発生する「映画イベント」があったことを思い出す。
ゲームのサブイベントの一つで、ときどき発生する親密度を上げることの出来る要素、という認識だった。
ゲームセンターの存在に驚いた時と、似たような感覚が押し寄せてくる。
中世風の街並みに、明らかに近代的な要素が、ぽつぽつと紛れ込んでいる。
この世界の不思議な作り込みに、改めて困惑させられる。
案内に従って向かった先には、立派な劇場のような建物があった。
中に入ると、ふかふかの椅子が並ぶ、見覚えのある映画館の構造が広がっている。
「中まで見たことなかったけど、普通の映画館だ……」
呟きながら、チケットを購入し、席に座る。
物語は、王道の恋愛劇だった。
すれ違う男女が、何度も誤解を重ねながら、少しずつ距離を縮めていく、というストーリーだ。
しばらく集中して見ていたところ、隣の席から、何やら大きな反応が伝わってくることに気づいた。
手を繋ぐシーンやキスシーンになるたびに、隣の席の人が、肩をびくっと震わせたり、小さく拳を握ったりしている。
何だか気になって、ちらりと視線を向けてみた。
「……っ」
目が合った瞬間、私は思わず固まった。
眼鏡をかけた、見覚えのある顔。
間違いなく、ジークだった。
ジークも、こちらに気づいたようで、一気に表情が固まっている。
「……あ」
「……あ」
二人とも、何も言葉を発せないまま、しばらく見つめ合う形になってしまった。
スクリーンの中では、ちょうど主役の二人が、ロマンチックなシーンを迎えている。
その背後で、私たちは、何とも言えない沈黙の中、固まり続けていた。
映画が終わり、明かりがついても、しばらく二人とも、ぎこちない沈黙を抱えたままだった。
「あの……」
「えっと……」
同時に声を上げ、また気まずい空気が流れる。
「……せっかくなので、少しお茶でも、いかがですか」
私がそう提案すると、ジークは少し戸惑った様子を見せながらも、小さく頷いた。
「はい……それなら」
近くの喫茶店に移動し、向かい合って座る。
注文を済ませると、ジークが、ふと口を開いた。
「あの映画、構成がしっかりしていましたね。前半の誤解の積み重ね方が、丁寧でした」
「そうですよね、最後の告白のシーンも、ちゃんと伏線が活かされていて」
「ええ。あの場面で使われていた演出、序盤のシーンと対になっていて、なかなか考えられています」
会話は、思った以上にスムーズに進んでいった。
先程までの緊張した様子もなく、ジークは普通に、映画について語り続けている。
「ジークさん、映画、結構好きなんですね」
「ええ、好きです。ストーリーの考察をするのが、楽しくて」
「さっき、すごく感情移入して見てたみたいですけど」
「ああ、それも含めて、好きなんです。良い作品は、感情を動かす力がありますから」
普段の堅さとは違う、生き生きとした表情で語るジークを見て、私は少し驚いた。
「ジークさんの、こういう一面、初めて見ました」
「……え」
その一言を聞いた瞬間、ジークの表情が、一気に固まった。
「あ、いえ……」
「な、なんですか急に」
「い、いえ、何でも……」
急に視線を逸らし、もじもじとした様子になるジーク。
先程までの流暢な語りが、ぱたりと止まってしまった。
映画の話してた時は、全然そんな感じじゃなかったですよね」
「そ、それは……映画の話だったから、です……」
「私と話してると、また意識しちゃうんですか?」
「……っ、それは……」
耳まで赤くしながら、ジークは何も答えられなくなってしまった。
新しい発見に、私は思わず微笑んでしまった。
ジークの反応が、思った以上に分かりやすくて、つい悪戯心が湧いてきてしまう。
「ジークさん、手相、見たことあります?」
「手相……ですか?」
「ちょっと、見てみてもいいですか」
前世で読んだ、手相についての本の知識が、ふと頭に浮かんだ。
そこまで詳しいわけではないけれど、基本的な線の意味くらいは、なんとなく覚えている。
「えっと……構いませんが」
戸惑いながらも、ジークは手をテーブルの上に置いた。
私は、その手を覗き込みながら、軽く指でなぞってみる。
「な……!?」
途端に、ジークの肩が大きく跳ね上がった。
「だ、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です……! ただ、ちょっと、驚いただけで……!」
顔を真っ赤にしながら、震える声で答えるジーク。
その反応が、なんだか面白くて、私はもう少しだけ手相を見続けることにした。
「この線、結構長いですね。仕事運が良さそうです」
「そ、そうなんですか……」
「こっちの線は、対人関係の運勢を示してるはずなので……まあ、悪くなさそうです」
「モブリーヌさんは、そういうことにも詳しいんですか?」
「えっと、たまたま、占いの本に載っていたのを、ちょっと覚えていただけです」
(前世の知識だなんて、言えないし……)
うまくごまかしながら答えると、ジークは納得したように頷いた。
「物知りですね。委員会の活動にも、役立つかもしれません」
「い、いえ、そんな大したことでは……」
そんな会話を続けていたところ、ふと、店の入り口から声がかかった。
「おーい、モブリーヌ! こんなところにおったんか」
「ゼノンさん……!?」
姿を現したのは、ゼノンだった。
こちらのテーブルに気づいて、にやにやとした笑みを浮かべている。
「お前ら、何しとんねん。手なんか握って、めっちゃいい感じやん」
「ち、違います! これは、手相を見てただけで……!」
「手相て、なんやそれ」
ゼノンが、からからと笑いながら、近くの椅子を引いて腰を下ろした。
「ジーク、お前、めっちゃ顔赤いやん。大丈夫か」
「だ、大丈夫です……」
「いやいや、全然大丈夫そうに見えへんけど」
ゼノンに次々と突っ込まれて、ジークはさらに肩を縮めていた。
「お前ら、ここで何しとったんや」
「映画を観に来て、偶然会ったんです」
「ほんで、お茶しながら、手相占いしてたんか。なかなかやるな、モブリーヌ」
「いや、それは……」
説明しようとしても、ゼノンのにやにや笑いが止まらず、結局、うまく弁解することができなかった。
「とりあえず、俺も混ぜてくれや」
そう言って、ゼノンも自然と席に加わり、三人での賑やかな時間に変わっていった。




