【23話】ヴァイス家を知る
休日、私はセレナと共に、馬車に乗ってヴァイス家へ向かった。
「緊張する……」
「ん?何で緊張するの?きっと素敵なご両親だから大丈夫だよ」
セレナの励ましを受けながらも、胸の奥には、よく分からない不安が渦巻いていた。
屋敷に到着すると、玄関の前で、両親が静かに待っていた。
「……お帰り、モブリーヌ」
父が、落ち着いた声でそう言った。
表情はほとんど変わらず、淡々とした様子だった。
「ただいま戻りました、お父様、お母様」
「久しぶりね、モブリーヌ。元気そうで、よかった」
母も、柔らかい声で、控えめに微笑んでいた。
少し拍子抜けしつつ、屋敷の中へ案内される。
応接室に通されると、皆でゆったりとお茶をいただく時間になった。
「学園生活は、どうかしら」
「楽しく過ごしています。最近は、部活動も頑張っていて」
「それは良かった」
父は、相変わらず多くを語らず、こちらの話に静かに耳を傾けている様子だった。
しばらく和やかな時間が続いていたところ、ふと、父の視線が、窓の外の庭に向けられた。
「……あの光の角度、いいな」
「ガレット?」
母が、何かを察したように、少し身構えた様子を見せた。
父は、何も言わずに席を立ち、部屋の隅にあった画材を持ち出してきた。
「お父様……?」
「すまない。今、描かないと、消えてしまう」
そう言うと、父は、その場で部屋の隅にあったキャンバスを立て、迷いのない手つきで絵を描き始めた。
「えっと……」
戸惑う私たちをよそに、母が、慣れた様子でため息をついた。
「ごめんなさいね。この人、絵の才能はあるのに、社会性が壊滅的に欠けているの」
「お、お母様……」
「あら、本当のことよ。お客様の前で、平気で筆を取るくらいだもの」
控えめな口調のまま、ちくりと辛辣な一言を挟む母。
父は、絵に集中していて、特に気にしていない様子だった。
「インスピレーションが湧くと、止まらないの。放っておくと、何時間でも描き続けてしまうから」
母は、立ち上がると、父の肩にそっと手を置いた。
「ガレット、お客様がいらしてるのよ。今日は、それくらいで」
「……あと少しだけ」
「だめよ。あなたの絵が完成する頃には、お客様が老人になっているわ」
「リゼット、それは大げさだ」
「あら、大げさかしら。前回は六時間描き続けていたわよね」
しれっと放たれる皮肉に、私とセレナは思わず顔を見合わせた。
父は、少し残念そうな顔をしながらも、画材を片付け始めた。
「すみません、お見苦しいところを」
「いえ……これが、いつもの光景なんですね」
「そうなの。昔からこうで、結婚した時から、ずっと変わらないわ。直してあげたいけど、もう諦めたの」
母が、苦笑しながらそう言った。
落ち着いた空気が戻ったところで、再びお茶の時間が始まった。
「それで、モブリーヌ。何か困っていることはある?」
「特にはないです。皆さんに、よくしてもらっているので」
「それなら、よかった」
しばらく和やかな会話が続いたところで、私はそろそろ帰る頃合いだと感じ、立ち上がった。
「今日は、ありがとうございました。そろそろ、失礼します」
「えっ、もう帰るの? もう少しいてもいいんじゃない?」
セレナが、少し名残惜しそうにこちらを見た。
「えっと……ほら、夕方になると、馬車が混むかもしれないですし……それに、明日も授業がありますし……」
何とか理由をひねり出しながら、私は早口でそう言った。
「馬車が混むって、どういうこと? そんなに混雑するところ、見たことないけど」
セレナが、不思議そうに首をかしげた。
「あ、えっと……」
「それに、明日は開校記念日で、お休みだよ」
「あ……」
完全に矛盾した言い訳に、自分でも気づいて、思わず言葉を失った。
「モブちゃん、何か、帰りたい理由でもあるの?」
セレナが、不思議そうにこちらを見つめてくる。
両親も、興味深そうに視線を送っていた。
「い、いえ……特に、理由なんて……」
「……まあ、本人がそう言うなら、いいんじゃない?」
母が、にやりと笑いながら、助け舟を出すように言った。
「ほら、せっかく娘が帰りたいと言っているのよ。無理に引き留めるものではないわ」
「そう、ですね……」
セレナも、これ以上は追及しないことにしたようだった。
「セレナ、また今度、ゆっくりお邪魔しましょう」
「うーん……分かった」
少し不満そうな顔をしながらも、セレナは頷いてくれた。
「今日は、来てくれてありがとう。また、いつでも来てね」
「はい、必ず」
ヴァイス家を後にしながら、私は、これまで知らなかった両親の、新しい一面を、胸に刻んでいた。




