【21話】クロウェル家
「今日は、部活休みにして、エイデンさんを観察しませんか」
ある日の放課後、私がそう提案すると、皆も興味を持って頷いた。
「確かに、あの雷の件、気になっとったわ」
「でも、本人に気づかれたら、自然な様子が見られないかもしれませんね」
セレナの言葉に、皆が頷いた。
「それなら……変装して、尾行しましょう」
「変装?」
「目立たないようにすれば、いつも通りのエイデンさんの様子が見られると思います」
そんな提案から、私たちは、近くの古着屋で適当な衣装を調達することになった。
「これ、似合っとるか?」
ゼノンは、つば広の帽子と、不自然に大きな付け髭を装着していた。
「全然似合ってないですけど、変装成功とは言えますね」
ユリウスは、布で口元を覆い、サングラスのようなものをかけている。
「これで、誰にも気づかれないはずだ」
「殿下、その姿、かっこよすぎて逆に一番目立ってると思います」
「そ、そうか?」
セレナは、フードを深くかぶり、わざとらしく咳をしながら歩く真似をしていた。
「これでよし、これでよし」
私自身も、変装用にもらった付け髭と、丸眼鏡を装着していた。
鏡で確認すると、明らかに不自然な姿になっている。
「これ、絶対気づかれる気がします」
「大丈夫やろ、誰もこんな変な格好、俺らやと思わへん」
そんな会話をしながら、私たちは少し距離を取って、エイデンの後をつけることにした。
「あ、エイデンさん、出てきました」
寮の出入り口から現れたエイデンを見つけ、私たちは慎重に距離を保ちながら、後を追う。
エイデンは、街の中をゆっくりと歩いていた。
途中、案の定、何もない場所でつまずいたり、看板の下を通った瞬間に何かが落ちてきたりと、見慣れた不運が次々と起きている。
「これ、本当に毎日起きてるんやな……」
「私たち、すごい光景を目撃していますね」
そんな会話をしながら見守っていたところ、ふと、エイデンが立ち止まり、こちらを振り返った。
「……あの、皆さん、何をしているんですか」
「えっ……!?」
完全に気づかれていた。
「その変装、すごく目立ってますよ」
「い、いつから気づいてたんですか……」
「最初からです」
エイデンの言葉に、私たちは一斉に肩を落とした。
「これ……変装、意味なかったやん」
「むしろ、変な格好した私たちの方が、目立ってましたね」
「そ、それなら、最初からそう言ってくれてもよかったんですが……」
「いえ、皆さんが楽しそうにされていたので、特に言う必要もないかと思いまして」
エイデンの優しい配慮に、私たちはなんとも言えない気持ちになった。
「とりあえず、せっかくなので、一緒に帰りませんか」
エイデンがそう提案すると、皆も頷いた。
エイデンが先頭を歩き始め、私たちはその後をついていく。
曲がり角を曲がった、その瞬間だった。
「えっ……」
どこからともなく、暴走した馬が勢いよく走ってきて、エイデンに正面から衝突した。
「うわあっ……!」
エイデンの体が、勢いよく吹っ飛ばされる。
「エイデンさん!?」
慌てて駆け寄ろうとしたものの、エイデンは砂埃の中から、ゆっくりと立ち上がった。
「だ、大丈夫です……びっくりしましたが、特に怪我はないので」
「いや、馬に吹っ飛ばされて、無傷なんて、ありえへんやろ……!」
ゼノンが、驚きを通り越して、呆れたような声を上げた。
それでも、エイデンは服の埃を払いながら、再び何事もなかったように歩き出した。
その後も、皆で並んで歩いていると、ちょうど通りかかった家の二階の窓から、勢いよく水が捨てられた。
「あ──」
タイミングよく、まさにその下を通っていたエイデンが、頭からびしょ濡れになった。
「……またですか」
ずぶ濡れになりながらも、エイデンは特に動揺した様子もなく、淡々とそう言った。
「不幸体質、すごいですね」
セレナが、苦笑いしながら呟くと、ユリウスが静かに口を挟んだ。
「いや、これは、不幸体質とか、そういう次元の話じゃないと思う」
「確かに……馬に吹っ飛ばされて、二階から水被って、普通に歩き続けてるの、不幸体質じゃ説明つかへんわ」
「むしろ、エイデンさん自身が、何かの厄災を引き寄せてると言うか、常に厄災の中心にいると言うか……」
「いえ、本当に、私の能力が低いだけだと思います」
エイデンが、相変わらず冷静な口調で答えるのを聞いて、私たちは思わず顔を見合わせた。
「エイデンさん、自分のことを不幸体質だと思ってますか?」
セレナがそう尋ねると、エイデンは少し首をかしげた。
「いえ、思っていません。これは、僕の能力が、まだ足りていないせいだと思っています」
「能力……?」
「身を守る力が、まだ未熟なんです。家族は、もっとしっかり対処できますから」
「兄は、もっとすごいです。雷が落ちてきても、ちゃんと避けられますし」
「避けられるんですか!?」
「母は、馬に正面からぶつかられても、微動だにしませんし」
「微動だにしないって、それ、人間としてどうなんですか……」
「父は、全身火だるまになっても、特に気にせず、普通に晩餐を続けていました」
「火だるまで晩餐……!?そもそも何で火だるまに⁉」
皆が、次々と驚きの声を上げる中、エイデンは申し訳なさそうに肩を落とした。
「それに比べると、僕はまだまだです。もっと鍛錬が必要だと思っています」
「いや、鍛錬って言葉を使う次元の話じゃないと思うで」
ゼノンが、思わず突っ込みを入れた。
「むしろ、お前で十分すごいことやと思うけどな」
「いえ、家族の中では、僕が一番未熟者なんです」
「クロウェル家、本当にどうなってるんですか……」
セレナが、呆然とした様子で呟いた。
そんな会話をしながら帰り道を歩いていると、ふと、エイデンが何かに気づいたように足を止めた。
「あれ……あの馬車、見覚えがあります」
道の脇に停まっていた、立派な馬車を指差す。
「父上たちでしょうか」
ちょうどそのタイミングで、馬車の扉が開き、中から品の良い身なりの男女が降りてきた。エイデンの父と母らしい。
「エイデン、奇遇だな。晩餐会に向かう途中だったんだが、お前の姿が見えたから、馬車を止めさせたんだ」
父親がそう言いながら近づいてきた、ちょうどその時だった。
すぐ近くの解体現場で、何かが崩れる大きな音が響いた。
「えっ……」
見上げる間もなく、解体中だった建物の壁の一部が崩れ落ち、父親をそのまま下敷きにしてしまった。
「お父様……!?」
瓦礫の中から、もこもこと埃が立ち上がる。
「……ふう」
埃を払いながら、父親はゆっくりと瓦礫の隙間から立ち上がってきた。
服には埃が積もっているものの、特に怪我をした様子はない。
「いや、すまない、晩餐会に向かう途中だというのに、少し汚れてしまったな」
「そ、それより、大丈夫なんですか……!?」
「ああ、大丈夫ですよ。そんなに汚れていませんから」
父親は、自分の服を軽く見下ろしながら、にこやかに笑った。
「……え?」
「服のことを心配してくださったのでしょう? 解体現場の埃で、汚れていないか、と」
「い、いえ、そういう意味では……」
「細かいところまで気が利く、優しいお嬢さんですね。エイデン、良い友人を持ったな」
父親は、満足げに微笑みながら、何も間違っていないと信じているような様子だった。
「そこじゃないです……!」
私たちが、思わず声を揃えて突っ込んだ。
「怪我の心配をしてたんです! 建物の下敷きになってたじゃないですか!」
「ああ、そちらですか。それは大丈夫です。これくらいは、よくあることなので」
平然とそう答える父親を前に、私たちは何も言えなくなってしまった。
続けて、母親が馬車から降りようとした瞬間、ちょうど通りかかった暴れ馬が突進してきた。
「えっ……!?」
母親は、避ける様子もなく、馬と真正面からぶつかった。けれど、その場に立ったまま、まったく動かない。
「……母上、いつもお元気そうで」
「あら、エイデン。あなたも、元気にしてる?」
馬がそのまま走り去っていく中、母親はにこやかに微笑んでいた。
「これ……本当に、人間なんですか……」
セレナが、呆然と呟いた。
「クロウェル家、規格外すぎる……」
ゼノンも、言葉を失っていた。
そんな様子をよそに、父親は埃を払い終えると、改めて私たちの方に向き直り、丁寧に頭を下げた。
「いつも、エイデンと仲良くしてくださって、ありがとうございます」
母親も、横で優雅に微笑みながら、頷いていた。
「本当に、優しい子たちですね。エイデン、大切にしないと」
「は、はい、母上」
二人を乗せた馬車が、何事もなかったように走り去っていく。
その後ろ姿を見送りながら、私たちはしばらく、その場に立ち尽くしていた。
「……あれが、エイデンさんのご両親」
「会話が、根本的にずれてた気がします」
「あの状況で、服の汚れを心配されたと思うの、なんか規格外すぎるな」
ゼノンが、震えるような声でそう呟いた。
「自慢の両親です!いつか私もあんな風になれたらなぁ」
エイデンが、誇らしげにそう言うのを聞いて、私たちは何も言えず、ただ顔を見合わせるしかなかった。




