【17話】イケイケキャラ自爆する
攻略対象たちの性格を変える、というのはもう諦めた。
けれど、ある日ふと、別の発想が頭に浮かんだ。
(他人を変えるのが無理なら……自分が変わってみたら、どうなるんだろう)
これまで散々失敗してきた「他人を変える」方針を一旦置いて、自分自身を実験対象にしてみる、というアイデアだった。
(よし、今日は……イケイケキャラを試してみよう)
ゲームで見てきた、いわゆる「強引な王子様タイプ」のムーブを思い出しながら、私はその日、いつもより強気な態度で過ごすことを決意した。
朝、寮から教室に向かう途中、先に出ていたセレナと鉢合わせした。
「あ、モブちゃん」
「セレナ」
いつもより少し低めの声で名前を呼ぶと、セレナが不思議そうな顔をした。
「どうしたの? なんか、声、いつもと違う」
「……ちょっと、こっち来て」
そう言って、私はセレナの手を引き、壁際まで誘導した。
そして、勢いのまま、ドンと壁に手をついた。
「え……モブちゃん……?」
セレナが、目を丸くしてこちらを見上げている。
「今日は、ちょっと違う私を、見せたくて」
なんとなく決め顔を作りながら、私はさらに、セレナの顎にそっと手を添えた。
「ほら、こっち見て」
「わ、わわっ……モブちゃん、近いよ……!」
顎クイをしてみたものの、セレナは恥ずかしさよりも、純粋な驚きと混乱が勝っている様子だった。
「えっと……モブちゃん、今日、何かあった?」
「……特に、何もない」
ゲームで見ていたシーンでは、こういう場面のヒロインは、頬を染めてドキドキするものだったはずだ。
けれど、目の前のセレナは、ただ困惑しているだけだった。
「モブちゃん、本当にどうしたの? なんか、いつもと違う感じで、心配になってきたんだけど……」
壁ドンも、顎クイも、思っていたような効果は得られず、ただ困惑されるだけの結果になった。
そう肩を落としつつも、せっかく始めたことだ、もう少しだけ試してみようと思い、私は今度は放課後にユリウスを呼び出すことにした。
中庭でユリウスと合流し、何気ない様子で並んで歩く。
事前に用意していた仕掛けのことを思い出しながら歩いていたところで、突然、頭上から大きな音が響いた。
「えっ……」
見上げた瞬間、校舎の上の方から、水の入ったバケツが落ちてくるのが見えた。
「危ない!」
ユリウスが、咄嗟に私の前に出て、自分の体で覆うようにかばってくれた。
バシャッという音とともに、ユリウスは頭から水を被ってしまう。
「殿下……!?」
「……大丈夫だ。問題ない」
水を被ったユリウスは、濡れた前髪をかき上げ、いつもより少し乱れた様子で、こちらを見つめてきた。
その瞬間、私は思わず息を止めた。
普段は控えめに整えられている前髪が下りて、滴る水と相まって、まったく違う雰囲気を作り出している。
気弱な普段の印象とはかけ離れた、どこか色気のある表情だった。
「君は、大丈夫か? 怪我は……」
「だ、大丈夫です! 私は、ちょっと、用事を思い出したので失礼します……!」
そう言うと、私は逃げるように、その場を後にした。
走りながら、頭の中が混乱していた。
普段の気弱な様子に隠れて、すっかり忘れていた事実に、今さら気づかされた気がした。
混乱したまま走っていたせいで、前をよく見ていなかった。
「うわっ!」
突然、足元の感覚がなくなり、体が宙に浮く。
(あ……これ、今朝、殿下用に仕掛けておいた落とし穴……! 完全に忘れてた……!)
「えっ……!?」
落とし穴に落ちる感覚と同時に、誰かとぶつかる衝撃があった。
「ぐえっ……」
「ゼノンさん……!?」
落ちた先にいたのは、タイミング悪く同じ場所を歩いていたらしいゼノンだった。
狭い穴の中、私たちはぴったりと密着した状態で重なり合っていた。
「いてて……モブリーヌ? なんでこんなとこに……」
顔を上げたゼノンと、ほとんど鼻先が触れる距離で目が合う。
普段の軽い口調とは違う、少し驚いたような表情が、思った以上に整っていることに、今になって気づいてしまった。
「あ……」
頭の中が一気に沸騰したように熱くなる。
さっきユリウスの濡れた前髪に動揺したばかりだったのに、追い打ちをかけるように、今度はこんなに近い距離でゼノンの顔を見つめる羽目になってしまった。
容量を超えた羞恥心が、頭の中で警報を鳴らす。視界が、ぐらりと大きく揺れた。
「お、おい、モブリーヌ!?」
ゼノンの声が遠くに聞こえたのを最後に、私は完全に照れ切って、意識を手放した。
目を覚ました時には、見慣れた部室の天井が広がっていた。
「あ、起きた!」
「大丈夫ですか、モブリーヌさん」
セレナとエイデンが、心配そうにこちらを覗き込んでいる。
「私……どうなったんですか……?」
「ゼノンさんが、モブリーヌさんを運んできたんですよ。落とし穴で気絶したとか何とかで」
部屋の隅で、ゼノンが少し気まずそうにこちらを見ていた。
「ご、ご迷惑をおかけしました……」
身体を起こしながら、私は今日一日の出来事を、ぐったりと振り返っていた。
その日の夜、寮の部屋に戻ると、セレナがにこにこしながら待っていた。
「モブちゃん、今日のこと、聞いたよ。殿下にもゼノンさんにも、何かしたんでしょ?」
「うっ……それは、その……」
「ふふ、面白いことになってたみたいだね」
セレナは、いたずらっぽい笑みを浮かべながら、こちらに近づいてきた。
「これは、仕返しだよ」
そう言うなり、セレナは何の前触れもなく、私の頬に軽く唇を寄せた。
「な……!?」
突然のことに、頭が真っ白になる。
「にへへ」
「え、え、ちょっと、今、何が……!?」
「モブちゃんが書いてる漫画の真似。あの漫画の中に、ヒロインっぽい子が頬にキスするシーン、あったでしょ。私も、それ、やってみたいなって」
「そ、それは……分かったけど、今やるんだね……!」
「えへへ、やってみたかったから」
「セレナ……いきなりすぎる……」
頬が、燃えるように熱くなっているのが分かる。
「モブちゃん、顔真っ赤だよ。さすがに、こんなに照れてるところ、なかなか見られないね」
「うっ……否定できない……」
「ふふ、可愛い」
セレナは、こちらの動揺をさらに楽しむように、にこにこと笑い続けている。
「ねえ、モブちゃん」
セレナが、少し笑いを収めて、こちらを見つめた。
「殿下も、ゼノンさんも、困惑してたみたいだし……もう、こういうことやめなよ」
「……うん、ごめん」
素直に頭を下げると、セレナは満足げに笑った。
「分かってくれたなら、よかった」
そう言いながらも、セレナはまだ何か企んでいるような表情を浮かべていた。
「でも、これくらいなら、まだいいよね」
そう言うと、セレナはもう一度、すっと顔を寄せて、反対側の頬にも軽くキスをした。
「な……! セレナ、また……!?」
「えへへ、ダメって言った直後にやるのが、一番面白いから」
満足そうに笑うセレナを前に、私は何も言えず、再び顔を真っ赤にすることになった。
「もう、本当に、勘弁して……」
その夜は、いつもより少し長く、頬の熱さが冷めなかった。




