【16話】知らなかった誕生日
ある日の放課後、寮の部屋に戻ると、扉の前に見覚えのない包みが置かれていた。
差出人を確認すると、ヴァイス家──私の実家からのものだった。
「誰からの荷物?」
セレナが興味深そうに覗き込んでくる。
「実家からみたいです」
包みを開けると、丁寧に包装されたプレゼントと、一枚の手紙が入っていた。
手紙には、両親からの祝福の言葉が綴られている。
「モブリーヌへ。十六歳の誕生日、おめでとう。今年も健やかに過ごせますように」
正直なところ、この世界に来てからの慌ただしい日々の中で、自分の誕生日のことなど、すっかり頭から抜けていた。
いや、正確には確認していなかったと言うべきか。
ゲームの世界でも、この体の誕生日がいつなのか、特に意識する機会もなかったし、設定集にもなかったように思える。
「モブちゃん、これ……誕生日のプレゼントなの?」
「あ、はい。今日、誕生日だったみたいです」
「え……」
セレナの表情が、一瞬で変わった。
「ちょっと待って、知らないなんてことないでしょ? 今日、モブちゃんの誕生日だったの?」
「いえ、実は私も、今知ったというか……」
「そんなことある? 大事なことなのに……!」
セレナは、明らかにショックを受けた様子だった。
声には、怒りよりも、寂しさの方が強く滲んでいる。
「私、モブちゃんと、ちゃんと仲良くなったつもりだったのに……もしかして、そうじゃなかったのかな」
「そんなことないですよ! 私自身、自分の誕生日のこと、忘れてたくらいなので」
「忘れてた、って……そんなこと、ある……?」
セレナは、納得しきれない様子で、しばらく黙り込んでいた。
「ごめんね、もっと早く聞いておけば、こんなことにならなかったのに」
「セレナさんのせいじゃないですよ。本当に、私の方が悪いんです」
なんとか宥めようとしたものの、セレナはその日、どこか元気のない様子で過ごしていた。
その夜、いつものように同じベッドで眠りについたものの、セレナはいつもより静かだった。
翌朝、目を覚ますと、すでにセレナの姿はベッドになかった。
身支度を整え、いつもの時間に教室へ向かったものの、セレナの姿はどこにもない。
授業の時間には戻ってくるものの、休み時間になるとセレナはすぐどこかに行ってしまう。
少し心配になりながら、放課後、いつも通り部室に向かう。
扉を開けようとしたところで、中から賑やかな声が聞こえてきた。
「ここ、もう少し飾り付けした方がいいんちゃう?」
「殿下、リボンはこちらに結んでもらえますか」
「分かった」
「あ、モブちゃんが来る前に……!」
その声を聞いて、私は思わず扉の前で足を止めた。
少しだけ扉を開けて中を覗くと、部室いっぱいに飾り付けがされていて、テーブルにはケーキらしきものまで用意されていた。
セレナ、ユリウス、ゼノン、エイデンが、皆で何やら準備を進めている。
「あ……モブちゃん!」
セレナが、こちらに気づいて目を丸くした。
「えっと……これは……」
「お誕生日、ちゃんとお祝いしたくて。今日だけは、ちゃんと早起きして、皆に協力してもらったの」
セレナが、少し気恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに笑った。
「昨日は、ちゃんと知らなかったこと、ちょっとショックだったけど……だからこそ、今年は、ちゃんとお祝いしたいなって」
「モブリーヌ、誕生日おめでとう!」
ゼノンが、明るい声でそう言った。
「おめでとうございます」
「ありがとうございます……皆さん」
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
突然知った誕生日、突然のサプライズに、何と言葉を返せばいいのか分からなかった。
「ありがとう、ございます……本当に」
そう言葉を返すと、皆が嬉しそうに笑った。
セレナが、少し申し訳なさそうな顔で近づいてきた。
「昨日は、強く言いすぎてごめんね。モブちゃんが悪いわけじゃないのに」
「いえ、全然気にしてないです。むしろ、こんなに素敵な準備、本当にありがとうございます」
「ううん。それより、これ、受け取ってくれる?」
セレナが、小さな包みを差し出してくる。
続いて、ユリウス、ゼノン、エイデンも、それぞれ手にしていたものを渡してくれた。
「急だったから、あまり良いものは用意できなかったが……」
ユリウスが、少し気恥ずかしそうに言いながら、小さな箱を渡してくれた。
「俺も、急いで買いに行っただけやから、大したもんちゃうけど」
ゼノンも、苦笑いしながら包みを差し出す。
「僕も、ちゃんとしたものを選ぶ時間がなくて、申し訳ないんですが……」
エイデンも、少し恐縮した様子でプレゼントを手渡してくれた。
それぞれの包みを開けてみると、ユリウスからは綺麗な栞、ゼノンからはお気に入りの紅茶の缶、エイデンからは小さなアクセサリー、セレナからは手作りのハンカチが入っていた。
「皆さん、本当にありがとうございます……」
急遽用意してくれたものだとは言っていたけれど、どれも丁寧に選ばれているのが分かる。
手に取るたびに、胸の奥が温かくなっていく。
これまで、自分が皆のために何かをすることばかり考えてきた。
けれど、こうして自分のために、皆が時間を割いて準備してくれたという事実が、思った以上に胸に響いた。
「皆さん、本当に、ありがとうございます。こんなに嬉しいの、久しぶりです」
涙腺が緩みそうになるのを堪えながら、私は精一杯の笑顔を返した。
「よかった! それじゃ、ケーキ食べよう!」
セレナの声を皮切りに、テーブルの中央に置かれていた立派なケーキに、皆の視線が集まった。
「このケーキ、すごく豪華ですね……どなたが用意したんですか?」
私がそう尋ねると、ユリウスが少し気まずそうに視線を逸らした。
「……それは、私が」
「殿下が?」
「急なことだったから、街の店では時間が足りなくて。仕方なく、王宮の料理人に頼んだ」
「王宮の……!?」
驚いて声を上げると、ユリウスは小さく咳払いをした。
「本当は、こういう形で立場を使うのは、好きではないんだが……今回は、緊急だったから仕方ない」
「殿下、結局いつも、こうやって私たちのために動いてくれますよね」
「……別に、大したことではない」
少し頬を赤らめながら、ユリウスはそう答えた。
「めっちゃ美味そうやん。さすが王宮の料理人やな」
ゼノンが興味津々にケーキを覗き込む。
「いただきます!」
皆で切り分けたケーキを口にすると、確かに今まで食べたどのお菓子よりも、繊細で上品な味わいが広がった。
「これ、本当に美味しいです……!」
「殿下、ありがとうございます」
セレナも、満足げな笑顔でそう言った。
「……喜んでもらえたなら、良かった」
ユリウスは、少し安心したように、小さく微笑んだ。
笑い声と楽しい話題が、部室いっぱいに広がっていく。
誰かが何か言うたびに、別の誰かが笑い、また新しい話題が始まる。普段以上に賑やかな時間が、夕方まで続いた。
ケーキを頬張りながら、私は皆の笑顔を見渡した。
そんなことを思いながら、私はその日の幸せな時間を、心の中に丁寧にしまい込んだ。
その夜、寮の部屋に戻ると、セレナがベッドに腰掛けて、何やら落ち着かない様子でこちらを見ていた。
「モブちゃん、おかえり。なんか今日、また敬語に戻ってる気がする」
「あ……気づきました?」
「うん、気づいたよ。緊張してる時、敬語に戻る癖あるよね」
私は少し恥ずかしさを感じながら、小さく頷いた。
「ほんとは、ちょっと怒りたいところなんだけど」
セレナが、わざと不満げな顔を作りながら、こちらを見つめてくる。
「今日は誕生日だから、特別に許してあげる」
「ご、ごめんね……気をつけるよ」
「ふふ、今日だけだからね」
セレナは、いたずらっぽく笑いながら、机の引き出しから小さな箱を取り出し、こちらに差し出した。
「これ、本当は、皆と同じタイミングで渡したかったんだけど……ちょっと、恥ずかしくて」
箱を開けると、中には、シンプルだけれど可愛らしいデザインの、二つのお揃いのブレスレットが入っていた。
「これ……」
「お揃いの、アクセサリーにしたの。私とモブちゃんで、一つずつ」
「セレナ……」
胸の奥が、ぎゅっと締まる。
皆からのプレゼントとは、別の意味で、これは大切な品物のように感じられた。
「すごく嬉しいです。ありがとうございます」
私がそう言うと、セレナが、すっとこちらに顔を寄せた。
「また敬語に戻ってる」
「あ……」
「もう、今日だけだからね、特別」
セレナは、ふふっと笑いながら、もう一度釘を刺した。
二人で、それぞれのブレスレットを身につける。
シンプルなデザインだからこそ、これからも普段使いしやすそうだった。
「これ、毎日つけてようかな」
「うん、私も、そうする」
「今日は、本当にありがとう、セレナ。誕生日、お祝いしてくれて」
「お祝いされる側なのに、なんだかお礎を言われるの、変な感じがする」
「ふふ、そうだね」
二人で笑い合いながら、その日の夜は、いつもより少しだけ特別な時間として過ぎていった。




