【14話】ifルートだと思えば
セレナの言葉が、しばらく頭から離れなかった。
(セレナ、本当に寂しそうな顔してたな……)
布団の中で何度も思い返しながら、私はふと、大きな違和感に気づいた。
(私、ずっと「ゲームのキャラクター」として、皆のことを見てた気がする)
ユリウスを「あるべき姿に戻すべき王子」として。
エイデンを「クールでなんでもそつなくこなすキャラ」として。
ゼノンを「本来は無口なはずのキャラ」として。
セレナを「攻略対象とくっつけるべきヒロイン」として。
(けど、セレナは今、ちゃんと寂しいって感じてた。それは、画面の中のキャラじゃ起きないことだ)
考えれば当然のことだった。
彼らは、ゲームのデータでも、台本に沿って動くキャラクターでもない。
今、ここで、ちゃんと感情を持って生きている人たちだ。
(私、ちょっと配慮が足りなかったかもしれない……皆を「役割」としてばかり見て、ちゃんと一人ひとりの気持ちを考えてなかった)
反省しながらも、これまでの気持ちが消えるわけではなかった。
(でも、それでも……皆と仲良くなりたいのは、本当の気持ちだし。セレナにも、皆ともっと仲良くなってほしいのも、本心だ)
「あるべき姿に戻す」という最初の目的は、今思えば、少し一方的だったかもしれない。
けれど、皆と過ごす時間が楽しいことや、セレナの幸せを願う気持ちは、紛れもなく本物だった。
(じゃあ、この気持ちを、どう活かせばいいんだろう)
しばらく考えた末、私はふと、ある考えに行き着いた。
(これって……ゲームでいう「ifルート」みたいなものなのかもしれない)
本来の筋書きとは違う、誰も知らない分岐。
決まったシナリオがあるわけではなく、ここにいる全員が、それぞれの意思で、これからどうなっていくか分からない。
(攻略対象を本来の姿に戻すんじゃなくて……この世界の、この人たちのままで、どんな物語になっていくか、見てみたい)
そう考えた瞬間、なんだか胸の奥が、すっと軽くなった気がした。
(これは、誰も書いたことのない話なんだ。だったら、私がどう動くかで、これからの展開も変わっていく)
最初の目的とは少し違う形になったけれど、それは決して悪いことではないように思えた。
皆と交流を続けること、セレナと攻略対象たちの仲を深めていくこと──そのこと自体は、変わらず続けていきたい。
(よし……これからは、もう少し「人」として、ちゃんと向き合っていこう)
そう決意を固めると、不思議なくらい、これからのことが楽しみに思えてきた。
(ifルート、悪くないかも。むしろ、こっちの方が面白いんじゃないかな)
翌朝、いつも通りの教室に向かいながら、私は少し新しい気持ちで、皆との一日を始めることにした。
放課後、いつもより少し早めに部室に向かうと、扉の前まで来たところで、中から賑やかな声が聞こえてきた。
「──だから、すごく面白いんですよ。私たちにそっくりなキャラクターが出てくるんです」
(……あれ、この声、セレナだ)
扉を開けると、すでに皆が集まっていて、セレナが楽しそうに何かを話している最中だった。
「あ、モブちゃん! ちょうど今、モブちゃんの漫画の話してたの」
「え……」
(待って、それ、人に見せるつもりじゃなかったやつ……!)
「漫画? モブリーヌ、そんなん描いてたんか」
「私たちに似てるキャラが出てくるって、本当ですか?」
「性格は全然違うのに、なんか面白いんだよね。殿下に似てる子は、すごく堂々としてて」
(あ、セレナさん、ちゃんと内容まで話してる……!)
ゼノンもエイデンも、興味津々な様子でこちらを見ている。逃げ場のない空気が、部室全体を包んでいた。
「ぜひ、今度見せてください」
「私も見たいです」
「俺も気になるわ」
(これは……完全に、逃げられない流れ……!)
慌てて何か言い訳を考えようとしたけれど、皆の期待のこもった視線に、何も思いつかなかった。
(うう……どうしよう)
そう思いながらも、ふと頭の中で、別の考えが浮かんできた。
(……いや、待って。これ、むしろチャンスなんじゃないかな)
自分の描いたものを誰かに見せるなんて、思いもしていなかった。
けれど、こうして興味を持ってもらえているということは、誰かに何かを伝える手段が、もう一つ増えたということでもある。
(今まで気づかなかった、自分の新しい一面かも)
「……分かりました。今度、ちゃんと見せますね」
「やった! 楽しみにしてる」
セレナが嬉しそうに笑うのを見て、私も少しだけ前向きな気持ちになれた。
(これも、ifルートの一部、なのかもしれないな)
数日後、私は思い切って、ノートに描いた漫画を皆に見せることにした。
「これが……モブちゃんの漫画」
セレナが嬉しそうにページをめくっていく。
皆も、それぞれのキャラクターを覗き込みながら、興味深そうに眺めていた。
「これ、俺に似てるやつ……めちゃ無口やん。喋らんし」
ゼノンが描かれたキャラクターを指差して笑う。
「こっちの、私に似てるキャラは、すごくクールですね。私とは全然違う」
エイデンも、自分に似たキャラクターを見つけて、不思議そうな顔をしていた。
「なんで、こんな見た目や性格にしたんだ?」
ユリウスが、堂々とした王子キャラクターを指差しながら尋ねてくる。
「えっと……こういうのも、素敵だなと思ったので」
正直に、けれど核心は避けるように答える。
皮肉なことに、それが嘘ではなかった。
確かに、自分はずっと、この「あるべき姿」を素敵だと思い続けていた。
「素敵、か」
ユリウスはしばらくその言葉を繰り返すように呟いていた。
その日以降、何かが少しずつ変わっていった。
「殿下、今日はなんだか堂々としてますね」
「……まあ、たまには、こういう姿も悪くないかと思って」
ユリウスが、いつもより少し胸を張るような姿勢で過ごす時間が増えた。
「ゼノンさん、最近静かですね」
「……まあ、たまには黙っとくのも、悪くないかなって」
ゼノンも、漫画のキャラクターを意識しているのか、時折無口に振る舞う場面が増えていた。
(これ……まさか)
私は、その変化を目の当たりにしながら、内心で驚きを隠せなかった。
(漫画を見せたら、皆が自分から、あの性格を真似し始めてる……!)
直接「戻ってほしい」と頼んだわけでもないのに、ただ「これも素敵だと思った」という一言が、皆の中に小さな種を残したらしい。
(これは……思いがけず、当初の計画通りになってる……!)
そんな中、エイデンも漫画の自分のキャラクターを真似しようと、決意を固めていた様子だった。
「僕も、もう少しクールに振る舞ってみようと思います」
「お、エイデンもやる気やな」
部室で、いつものように茶器を運ぶ場面。
エイデンは深呼吸をしてから、ゆっくりと、落ち着いた所作で茶器を持ち上げた。
「これくらいの所作なら……」
その瞬間、見事に足元で何もないところに引っかかり、茶器を抱えたまま豪快に転んだ。
「うわっ……!」
ガシャン、と再び響く音。
幸い、今回は茶器は割れずに済んだものの、エイデン自身は床に大の字になっていた。
「す、すみません……クールに、と思ったんですが……」
その様子を見て、部室にいた皆が、思わず笑いをこらえきれずに吹き出した。
「いや、エイデン、それは無理があるやろ」
そう言ったゼノン自身も、ふと自分のことを振り返るように呟いた。
「つーか、俺も……ずっと黙ってるの、しんどかったわ。柄に合わんことすると疲れるな」
「実は私も」
ユリウスも、少し気恥ずかしそうに口を開いた。
「堂々と振る舞おうとすると、肩に力が入ってしまって……正直、疲れる」
「殿下も、ですか」
「うん。今のままの方が、楽だと気づいた」
その言葉をきっかけに、皆が次々と本音をこぼしていく。
「私も、クールに振る舞うの、すごく不自然な感じがしてました」
「僕も、やっぱり今のままでいいのかもしれません」
それぞれが、それぞれのタイミングで、元の自分らしさに戻っていく。
漫画をきっかけに少し変化した部分も、結局は長くは続かなかった。
「なんや、結局皆、元通りやな」
ゼノンがからからと笑うと、皆もつられて笑った。
(やっぱり……無理に変えようとしても、長続きしないんだな)
その様子を見ながら、私は改めて思った。
一時的に「あるべき姿」を演じてみたとしても、結局はそれぞれにとって自然な形に、ちゃんと戻っていく。
(これでいいのかもしれない。皆が、皆らしくいられるなら)
漫画をきっかけにした小さな変化は、結局元に戻ってしまったけれど、それでも悪い時間ではなかったように思えた。
むしろ、皆が「自分らしさ」を、改めて確認できたような気がした。
その光景を眺めながら、私は静かに、温かい気持ちを抱いていた。




