【11話】セレナの家へ
ある日の放課後、部室でお茶を飲んでいると、セレナが少し改まった様子で切り出した。
「今度の休み、よかったら私の家に来ない? お父様とお母様が、ぜひ会いたいって言ってて」
「え……ご両親に、ですか?」
「うん。実は、最近の手紙で、モブちゃんのことをたくさん書いてたの。すごく良い友達ができたって」
驚きながらも、断る理由は見つからず、私は頷くことにした。
「ぜひ、お伺いします」
「よかった! お父様もお母様も、きっと喜ぶと思う」
休日、ラファイエット家の屋敷を訪れると、想像以上に立派な造りに圧倒された。
名門貴族というだけあって、庭園も建物も、隅々まで手が入れられている。
「いらっしゃい、あなたがモブリーヌさんね」
出迎えてくれたのは、優しい笑顔を浮かべた女性──セレナの母だった。隣には、穏やかな雰囲気の父親も立っている。
「娘の手紙で、何度もお名前を見ていたのよ。会えて嬉しいわ」
「は、はじめまして。モブリーヌ・ヴァイスと申します」
「セレナがこんなに楽しそうに誰かのことを話すのは、初めてなんだ」
父親がそう言うと、セレナは少し恥ずかしそうに頬を染めた。
「お父様、そういうこと、言わないで」
「いや、本当のことだから」
セレナが少し席を外して庭を案内する準備をしている間、両親はふと、少し声を落として話し始めた。
「実は……セレナは、これまで友達と呼べる相手が、ほとんどいなかったんです」
「そう、なんですか……」
「優しい子なんですが、自分から踏み込むのが苦手で。誰かに嫌われたくない、傷つけたくないという気持ちが強すぎて、結局深く関わる前に距離を置いてしまうことが多くて」
母親も、心配そうな表情を浮かべながら続けた。
「あの子が、誰かのことをこんなに楽しそうに話すのは、本当に初めてなんです。手紙を読んで、私たちも嬉しくて」
その言葉に、胸の奥がきゅっと締まる。
人と深く関わった経験がないからこそ、近づき方も、適切な間合いも、まだ手探りなのだろう。
今までの距離の近さも、悪意や特別な感情からではなく、単純に慣れていないだけなのかもしれない、と思えた。
「モブリーヌさんには、本当に感謝しているんです。あの子に、こんな顔をさせてくれて」
「いえ……私の方こそ、セレナさんと過ごす時間、すごく楽しいので」
そう答えながら、私は密かに決意を固めていた。
ちょうどそこへ、セレナが戻ってきた。
「お待たせ! 庭、案内するね」
「ありがとうございます。楽しみです」
何も知らないセレナの無邪気な笑顔を見ながら、私はその日聞いた話を、そっと胸の中に留めておくことにした。
そんな会話をしているうちに、外がすっかり暗くなっていることに気づいた。
「あら、もうこんな時間。モブリーヌさん、今日はもう泊まっていきなさいな。馬車で帰すのも、この時間だと心配だから」
「え……でも、ご迷惑では……」
「迷惑なんて、とんでもない。客室はいくつもあるし、ぜひゆっくりしていって」
セレナの母にそう言われ、セレナも嬉しそうに隣で頷いている。
「そうしようよ、モブちゃん。お泊りなんて初めてだから、楽しみ」
断る理由も見つからず、急遽お泊りすることになった。
夕食を終え、客室に案内される前に、セレナが自分の部屋に誘ってくれた。
広々とした部屋には、小さい頃から使っているらしいぬいぐるみや、装飾品が並んでいる。
「ここが私の部屋。あまり人を呼んだことがないから、ちょっと緊張する」
「素敵なお部屋ですね」
ベッドの端に並んで座り、たわいない話を続ける。
先程聞いた話のことを思い出しながら、私はセレナの何気ない一言一言を、いつもより少し丁寧に受け止めていた。
話していくうちに、セレナがふと、少し寂しそうな表情を浮かべた。
「モブちゃん、まだ丁寧な言葉遣いなんだね」
「え……?」
「私はもう、すっかり気崩した話し方になっちゃったのに。モブちゃんだけ、まだちょっと距離があるみたいで、寂しいなって」
その指摘に、私は思わず言葉を失った。
(さっき、ご両親から聞いた話を思い出すと……これも、距離感に不慣れなだけなんだろうな)
「す、すみません……別に、距離を取ってるつもりはなくて……」
「じゃあ、もっと砕けた喋り方にしてみてくれない? 私たち、もう十分仲良しだと思うから」
セレナの真剣な眼差しに、少し戸惑いながらも頷いた。
「……分かった。これから、頑張ってみる」
「うん! それでいいよ」
ぱっと笑顔になったセレナを見て、私は思わず見惚れてしまった。
先程までの少し寂しそうな顔から、嬉しそうな顔、安心したような顔──表情がころころと変わるたびに、なんだか小さな子犬を見ているような気持ちになる。
(……ほんとに、かわいいな)
何度も思ってきたはずのことなのに、改めてそう感じてしまい、自分でも少し驚いた。
その夜、同じベッドで並んで眠ることになり、灯りを消した後も、しばらく小声で話が続いた。
「今日、来てくれて、本当によかった」
「私も、楽しかった」
セレナの規則的な寝息が聞こえてくるまで、私はその温かい時間を、静かに噛みしめていた。




