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地獄選記  作者: まんじ
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二章三話「待望者」

私は昔から、周囲にこう言われることが多かった。



「あなたって何でも出来るよね」


「任せておけば安心だわ」


「本当に優秀ね」



その言葉を疑ったことはない。


実際、勉強も仕事も上手くいっていた。


望めば手に入った。



裕福な家庭。


高学歴。


大手企業。


美人で聡明な妻。


そして——


私より遥かに才能ある子ども達。



人生に不満はなかった。


いや。


はっきり言えば、満足していた。



「私は上流側の人間だ」



そう思っていた。


絵に描いたような日々を過ごしていた。



最近テレビで通り魔事件のニュースが続いていた。


だが、どこか他人事だった。



「怖い世の中ねぇ」


妻が朝食の準備をしながら言う。


「まあ、俺達には関係ないだろ」


ネクタイを締めながら軽く返した。



今日は妻の誕生日だ。


早く帰らなければ。



「じゃあ行ってくる」


「うん、待ってるね」


「パパいってらっしゃーい」


妻と息子達は優しく笑った。



だか、その笑顔を


私はもう二度と見ることはなかった。



仕事帰り。


電車が遅延していた。


最寄り駅に着いてから早く帰宅しようと、


普段は通らない裏道へ入る。



そこで——男を見た。



血だらけの服。


異様に歪んだ笑顔。


そして。


手には血のついたナイフ。



「——っ!?」


叫ぼうとした瞬間。


口を塞がれた。



「んーっ!?」



次の瞬間。


腹に熱が走る。



ドス。



もう一度。



ドス。



理解した時には、何度も刺されていた。



「ぁ……っ……」


力が抜ける。


視界が揺れる。



意識が遠のいていく中。


犯人は、つまらなそうに呟いた。



「いやぁ、予定外の殺しになっちゃったなぁ」


「なんにも楽しくなかった」



そう言いながら。


男は、私の腹から飛び出した臓物を引きずり出していた。



「……は?」



理解できない。


化け物だ。



そのまま、意識は途切れた。




目を覚ますと。


私は暗闇に囲まれた広場にいた。



「……ここは?」



周囲には大勢の人間。


泣き叫ぶ者。


混乱する者。


何かが欠けている者。



しばらくすると。


仮面をつけた“何か”が現れた。



『現世で死した者達よ』



頭の中に声が響く。



『ここは地獄』


『階層は——等活』


『試練名——克自遂』



意味は分からなかった。


だが。


その声を最後に、また意識が沈んだ。




次に目を覚ますと。


頭の中に数字が浮かんでいた。



【80】



「……なんだこれは」



周囲を見渡す。


先程までの広場。


だが今度は——


鬼のような怪物が徘徊していた。



黒い皮膚。


長い腕。


牙。


異臭。



だが。


しばらく観察して分かった。


こちらから何かしない限り、襲ってこない。



さらに。


怪物にも数字が刻まれていた。



「……倒せば、私の中の数字が減るのか?」



その瞬間だった。



激痛が走る。



「——ぐぁぁっ!?」



全身を内側から潰されるような苦痛。


膝をつく。


呼吸が出来ない。



しばらくして、ようやく収まった。



「はぁ……っ……はぁ……っ……」



周囲の人間達も苦痛にもがいて倒れている。


どうやら全員に起きているらしい。



時間感覚は曖昧だった。


だが観察を続けるうちに気づく。



この激痛は——十二時間ごとに来る。



やがて。


怪物と戦い始める者達が現れた。



「うおおおおっ!!」


「倒せ!!」



怪物を倒した者の前には、武器が落ちた。


剣。


槍。


斧。



「なるほど……」


私は冷静に考える。



怪物を襲えば反撃される。


だが、武器が揃えば勝機はある。



「……なら」


「もう少し様子を見るか」



戦っている連中が死ねば、武器だけ拾えばいい。


準備さえ整えば、私は動ける。



(誰か、状況を打開してくれ)


(環境さえ整えば、あとは私がやる)



そう思っていた。



だが。


武器は一度の戦闘が終わると共に消滅した。



「……死んでから拾う策は使えないな」


想定が崩れる。



もっと効率的な方法があるはずだ。


もっと安全な方法が。


もっと確実な勝ち方が。


「私は無能じゃない」


「ただ、まだ最適解が見つかっていないだけだ」




私は、それを待ち続けた。



そして。


激痛の回数を数え続け——



千四百を超えた。


四章三話 完

四章四話に続く

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