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地獄選記  作者: まんじ
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二章四話「報恩者」

痛い。



私は、自分の人生を振り返っていた。



痛い。



望めば、何でも手に入った。


勉強も。


仕事も。


地位も。


家族も。



痛い。



それは、自分が“選ばれた人間”だからだと思っていた。



痛い。



なのに、なぜ。


なぜ私はこんな場所にいる。



痛い。



おかしい。


間違っている。


こんな目に遭う人間じゃない。



痛い。


痛い。


痛い。



その思考を、何度も何度も繰り返していた。



そしてある時。


隣で横たわっていた男が、突然消えた。



「——っ!?」



跡形もなく。


音もなく。


ただ、“消えた”。



恐怖がさらに膨れ上がる。



怖い。


痛い。


苦しい。



「なんで……」



どうして誰も、私の望む通りに動かない?


私の思う通りにすれば上手くいくのに。


完璧にできるのに。



(俺以外に、この状況を打開できる奴なんているわけない)



なのに。


誰も私の為に環境を整えない。


誰も答えを持ってこない。



「なんでだ……」


「なんで……なんで……!!」



その時だった。



片腕を失いながらも、怪物と戦い続けている少女が目に入った。



少女は息を荒げながら、怪物から落ちた武器を握っている。


血まみれだった。


だが、その目は死んでいない。


そして彼女は、怪物が虫の息になるまで追い詰めた。



私は、ふらつきながら少女へ近づいた。



「頼む……」


「武器を貸してくれ」



少女は警戒するようにこちらを見る。



「武器さえあれば、俺が戦う」


「だから貸してくれ……頼む」



少女は、しばらく黙っていた。


そして、小さく吐き捨てる。



「……無理」



「この武器は、片腕と引き換えに手に入れたの」


「死に物狂いで戦って、やっと」



少女は私の体を見る。



「あなた、無傷だよね?」



「……っ」



「欲しいなら、自分で動かなきゃ」


「いい加減、気づいたら?」



その瞬間。


頭に血が上った。



顔が熱い。


耳まで熱くなる。



「……生意気なことを」



気づけば。


私は少女が次の怪物に向かう際に


気がつかれない様に背後に回っていた。



そして——一気に首を絞めた。



「っ……!?」


少女が暴れる。


必死に抵抗する。


動きが鈍くなってきた。


彼女が持っている武器が手から落ちた。



だが。


私は力を込め続けた。



「うるさい……」


「黙れ……!」


「私は無能では無い……!」



やがて。


少女は動かなくなった。



静寂。



私は荒い息を吐きながら、少女の武器を拾った。



「……最初から、こうすればよかったんだ」



自分に言い聞かせるように呟く。



しばらく歩くと、小型犬ほどの怪物を見つけた。


数字は【5】。



「これなら……」



背後から武器を振り下ろす。



だが。



——バキッ。



刃が砕けた。



「……え?」



怪物がゆっくり振り返る。



次の瞬間。



「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!」



腕を噛み千切られた。



肉が裂ける。


骨が砕ける。



私は泣きながら地面を転げ回った。



「ご、ごめんなさい……!!」


「ごめんなさい!! 許してくれ!!」



すると怪物は、興味を失ったように歩き去っていった。



「はぁ……っ……はぁ……っ……」



血を流しながら。


私は呆然としていた。


奪った武器は消えた。



「なんで……こんなことに……」



環境さえ整えば、上手くいくと思っていた。


準備さえ済めば、自分は完璧にやれると思っていた。



だが。


実際は何一つできなかった。



そんな経験、今まで一度もなかった。



そこで、ようやく気づく。



「……違ったのか」



自分が優秀だったんじゃない。



周囲の人達が。


環境を。


成功への道を。



私が上手くいくように、“整えてくれていただけ”だった。



「私は……」



上流側の人間なんかじゃなかった。



ただ。


人に、周りに恵まれていただけだった。



思い返せば。


仕事で成果を出した時も、

必ず誰かが支えていた。


部下が徹夜していた。


妻が家を守っていた。


上司が責任を取っていた。



私は、


“最後に成果を受け取っていただけ”だった。



「……はは」



乾いた笑いが漏れる。



気づくのに、とんでもない時間を使ってしまった。



そして。


少女の顔が脳裏をよぎる。



「悪いことをしたな……」



償いになるかは分からない。


だが。


せめて、やれるところまでやろう。



そう決めてからは早かった。



片腕でも倒せる怪物を見極める。


倒す。


武器を拾う。


その武器で、さらに倒せそうな怪物を探す。



何度も。


何度も。


何度も。



激痛に耐えながら。


血を流しながら。


私は戦い続けた。



そして。


頭の数字が【5】になった頃。



私は、一体の怪物に目を奪われた。



その顔が——


殺した少女に似ていた。



「……っ」



勝手な自己満足だ。


そんなことは分かっている。



それでも。


せめて、自分の手で終わらせたかった。



怪物の数字は【5】。



私は武器を握り、真正面から向かっていった。



「うおおおおおっ!!」



思ったより、あっさり倒せた。



怪物は静かに消えていく。



その瞬間。


少しだけ。


本当に少しだけ。


心が軽くなった気がした。



意識が遠のいていく。




次に目を開けた時。


そこには——


仮面をつけた門番と。


隣には“何か”がいた。



その存在を見ただけで、本能が理解する。



格が違う。



そして。


頭の中に声が響いた。



『私は閻魔大王』



『試練達成を確認』


『評価を下す』



『クリアタイム——五年』


『評価——Bランク』



「五……年……?」



時間感覚が狂う。



『報酬を一つ選べ』



すると。


頭の中に文字が浮かび上がった。



【1】好きな生物へ転生

※転生後の生物ランクは評価ランクに準ずる


【2】地獄の門番になる


【3】現世の存在へ干渉する

※干渉対象に不利益は与えられない


【4】報酬を放棄し、更なる高ランクを目指して再挑戦



私は迷わず【3】を選んだ。



「……今まで、お世話になった人達に少しでも恩を返したい」



すると、閻魔大王が答える。



『干渉対象は一名のみ』


『対象の人生で起こり得る事象へ干渉可能』



一人だけ。



妻。


息子。


両親。


義両親。


同僚。



今になって気づく。


自分は、本当に多くの人に支えられていた。



そして私は。


最愛の妻を選んだ。



事故を避け。


病気を避け。


穏やかに生きられるよう干渉する。



私を最も支えてくれた最愛の妻へ

陰ながら恩を返せた。


それだけで良かった。



だが。



『報酬は受理された』



閻魔大王の声が続く。



『干渉を受けた者は、地獄へ来る際に五感の一つを失う』



「……は?」



『五回以上干渉された者は、“無”へ還る』



「な……」



『全ての魂は死後地獄へくるが、』


『お前の妻は、地獄到達する事なく無へ還ることが確定した』



頭が真っ白になる。



「ふざけるな!!」



『さらに』


『報酬を得た者は、再度試練へ挑む』


『記憶は消去される』



「待て!!」


「そんな馬鹿な話があるか!!」


「お前は地獄の管理者だろ!?」


「説明しろよ!!」


「そもそも無ってなんだよ!!」



すると。


閻魔大王は、笑った。



『——お前は本当に滑稽だな』



『この試練を、既に五回繰り返しているというのに』



「……え?」



『妻を“無”へ還したのは、お前自身だ』



『無を理解できぬまま繰り返す姿は、哀れですらある』



「やめろ……」



『笑いが止まらぬよ』



「やめろぉぉぉぉぉっ!!!」



意識が沈む。




次に目を覚ますと。


私は、周りが暗闇に囲まれた広場に立っていた。



誰かに話しかけようとして——



意識が消えた。


二章四話 完

三章一話に続く

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