二章二話「克自遂」
目を覚ますと、私は暗闇の中にいた。
広場のような場所。
周囲は何も見えない闇に包まれている。
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「……っ」
腹に手を当てる。
刺された傷は残っていた。
けれど——痛みがない。
立っているけど両足で立っている気がしない。
いや、違う。
“感覚”そのものが無い。
床に触れている感触もない。
風も。
温度も。
何も分からない。
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「……息子」
真っ先に浮かんだのは、子どものことだった。
無事だったのだろうか。
周囲を見回す。
だが、息子はどこにもいない。
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「誰かいるの!?」
近くで女が叫んでいた。
「何も聞こえないの! 誰か返事して!!」
別の場所では男が叫ぶ。
「おい!! 何も見えない!! 状況を説明してくれ!!」
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よく見ると周囲には大勢の人がいた。
少しパニックになっていたのか気がつかなかった。
だが、どこかおかしいが多い気がした。
目が見えない者。
耳が聞こえない者。
動けない者。
私を含め、何かを欠落していた。
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泣き叫ぶ声。
怒鳴る声。
何かから逃げようとして転倒する者。
恐怖が伝染していく。
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そして。
突然、全ての音が止まった。
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闇の奥から、“何か”が朧げに姿を現した。
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仮面。
人のようにも見える。
だが、人ではない。
輪郭が揺れていた。
獣にも、
鬼にも、
影にも見える。
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それが現れた瞬間。
誰も声を出せなくなった。
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そして。
頭の中に直接声が響く。
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『現世で死した者達よ』
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低く、不気味な声だった。
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『ここは地獄』
『階層は——等活』
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空気が震える。
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『私はこの階層の門番』
『名は、衆等』
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『お前達はこれより試練を受ける』
『試練を乗り越えた者には、閻魔大王より評価が下される』
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そして。
仮面の奥がこちらを見た気がした。
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『試練名——克自遂』
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その瞬間。
私の意識が沈んだ。
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次に目を覚ました時。
私は再び、暗闇の広場にいた。
だが、先程と違う。
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「……っ!?」
闇の中を、“怪物”が歩いていた。
鬼のような姿。
黒い皮膚。
異様に長い腕。
口から牙がはみ出している。
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思わず息を呑む。
だが——
怪物はこちらを一瞥しただけで、何もしてこなかった。
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「……?」
その時。
頭の中に数字が浮かんだ。
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【50】
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「なに……これ」
意味が分からない。
周囲の人間にも話しかけてみた。
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「すみません、頭の中に数字って……」
だが、一人は耳が聞こえないらしく反応しない。
死にたくないと壊れた様に言い続けていた。
別の女性は震えながら言った。
「わ、私……ここに来てから、目が見えないんです……」
「でも数字は頭に浮かんでます……13って……」
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さらに、スーツ姿の男にも聞いた。
いかにもエリートという雰囲気だった。
「あなたはいくつですか?」
「……100だ」
男は冷静に答えた。
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数字は皆バラバラだった。
意味は分からない。
だが——
深く考えても仕方ない。
(そのうち、誰かがなんとかするでしょ……)
そう思った。
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ここに来てからどれくらい経ったのか分からない。
だが、不思議と空腹も喉の渇きもない。
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そして突然。
激痛が走った。
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「——ぁぁぁっ!?」
全身が焼けるように痛い。
骨を砕かれるような苦痛。
今まで経験した痛みの中で最も凄い痛みだった。
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「いやっ……!!」
地面を転がる。
吐きそうだった。
何分続いたのかも分からない。
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そして。
忘れた頃にまた来る。
激痛。
激痛。
激痛。
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「誰か……どうにかして……」
誰か助けて。
そう思った時だった。
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「おい!!」
誰かが叫んだ。
「怪物にも数字があるぞ!!」
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周囲がざわつく。
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近くにいた男性が呟いていた。
「……まさか」
「倒せってことか?」
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一人の男が、数字の低い怪物へ近づいた。
背後から首を絞める。
怪物は暴れた。
だが、やがて動かなくなる。
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そして——消えた。
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怪物が消えたその場に、
ナイフのような武器が落ちる。
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「お、おい!!」
男が興奮した声を上げる。
「怪物を消したら頭の中の数字が減った!!」
「怪物を倒して0になれば、ここから出られるかもしれねぇ!!」
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その瞬間だった。
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巨大な影が男の背後に現れた。
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「——え?」
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次の瞬間。
男は潰されていた。
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肉が弾ける。
骨が砕ける。
悲鳴すら、一瞬だった。
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巨大な怪物は、潰れた男をそのまま飲み込んだ。
そして。
口から何かを吐き出す。
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それは——
小さな怪物だった。
刻まれている数字は34。
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「……っ」
よく見ると。
顔が、さっきの男に似ていた。
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「いやぁぁぁぁぁっ!!」
周囲の人間達が一斉に逃げ出す。
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だが。
叫んでいた目の見えない女性の近くに怪物がいても、襲わない。
腰が抜けて動けない男にも、何もしない。
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(……攻撃しなければ襲われないのかな?)
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私は、その場に座り込んだ。
誰か強い人が何とかしてくれる。
そう思った。
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痛みに耐えながら。
ひたすら待った。
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やがて。
この異常な状況が、“普通”になっていく。
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周囲には、私と同じように動かない人達がいた。
皆、様子を見ていた。
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一方で。
怪物を倒し始める者達もいた。
武器を拾い。
さらに強い怪物へ向かっていく。
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(ほら……)
(やっぱり誰かが何とかしてくれそう)
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私は痛みに耐えながら、それを眺めていた。
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ある時。
近くで横たわっていた人が突然消えた。
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「……っ!?」
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恐怖が湧く。
消えたらどうなるのだろう。
どこへ行くのだろう。
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(いっそ……消えた方が楽なんじゃ)
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そんな考えすら浮かび始めていた。
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そして。
どれくらい時間が経ったのか分からなくなった頃。
一緒に様子を見ていた人達はいつの間にか居なくなっていた。
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小さな怪物が、一匹だけ近づいてきた。
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子犬ほどの大きさ。
踏み潰せば勝てそうだった。
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そして。
数字は——【50】。
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「……私でも普通にやれば、勝てそう」
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そこで、ふと止まる。
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普通って、何?
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普通に生きれば幸せになれると思っていた。
普通の家庭。
普通の人生。
普通の幸せ。
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でも。
“普通”って、なんだった?
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「わから……ない……」
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普通。
ふつう。
フツウ。
フツウ。
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「誰か……正解を教えてよ……」
「私は、ただ——」
怪物を踏もうとした足の行き場に困りながら呟いた。
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愛してた人と
普通に幸せになりたかった。
あれ、そういえば私って
自分で何かを決めたこと……あったっけ
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その瞬間。
意識が途切れた。
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暗闇の中。
門番は静かに呟く。
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「……無に還ったか」
二章二話 完
二章三話に続く




