一章三話 「できた」
何回目の人生だったのか。
もう、覚えていない。
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目を開ければ高校入学前。
母の声。
実家の天井。
鏡の中の若い自分。
それが当たり前になっていた。
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「……またか」
最初の頃は数えていた。
二回目。
十回目。
百回目。
だが途中で意味がなくなった。
何度人生をやり直しても、結局最後には——戻ってくる。
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妥協したこともあった。
「もうこれでいい」
そう思って生きた人生もある。
そこそこの会社に入り、
そこそこの家庭を築き、
静かに老衰を迎えた。
だが、死ぬ瞬間に必ず思う。
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(……まだ、上を目指せた)
(……あそこの選択を間違えなければ、もっと上手くできたはず)
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その瞬間。
また高校入学前へ戻る。
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「ふざけんなよ……」
何度目かの人生で、俺は初めて叫んだ。
「何が試練だ」
「どうすれば終わるんだよ!」
答える者はいない。
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繰り返す内に、あることに気づいた。
どれだけ努力しても。
どれだけ成功しても。
俺は絶対に“一番”になれない。
スポーツ。
勉強。
仕事。
年収。
何をやっても、必ず上がいる。
良くて二番。
「……なんでだ」
理解できなかった。
俺は上を目指せる人間のはずなのに。
できるはずなのに。
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だから俺は、一番を目指した。
全てで。
勉強も。
仕事も。
投資も。
起業も。
寝る時間すら削った。
だが——届かない。
必ず誰かが俺の上にいる。
「また、二番かよ……」
絶望した。
そして俺は、自殺した。
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リセット。
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また高校入学前。
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「違う……次は違う……!」
何度も繰り返した。
目標にしていたことで
一番になれなければ、自殺。
リセット。
やり直し。
何度も。
何度も。
何度も。
それでも届かない。
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ある時。
俺は、考え方を変えた。
「……上がいるなら」
「消せばいい」
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その人生で。
俺は、自分より上だった人間を殺した。
才能ある奴を。
評価される奴を。
俺を見下した奴を。
一人。
また一人。
全員。
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捕まらなかった。
証拠も残ってる筈なのに。
誰もが俺の悪行に気がつかなかった。
そして、俺はついに“一番”になった。
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「……やっとだ」
高級マンション。
高級車。
誰もが羨む地位。
世界が俺を称賛していた。
「俺が、一番だ」
そう呟いた。
だが——
心は、何も満たされなかった。
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「なんでだよ……」
部屋で一人、笑った。
空っぽだった。
何も無い。
何一つ。
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その夜。
俺はまた、自殺した。
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分からない。
試練って何だ。
一番になった。
なのに。
どうして終わらない。
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「普通ってなんだよ」
普通。
普通。
ふつう。
フツウ。
フツウ。
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正気かどうかも、自分で分からなくなっていた。
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そしてまた、新しい人生が始まる。
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その人生で。
俺は、一人の女と出会った。
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正直に言えば。
今まで出会った女達と比べれば、美人じゃない。
頭も良くない。
話だって上手くない。
だが——
彼女は、笑っていた。
ただ、俺といるだけで。
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「今日も仕事?」
「……ああ」
「そっか。無理しすぎないでね」
そんな、普通の会話。
だが、不思議だった。
彼女は、俺の勤め先を聞かなかった。
年収も。
肩書きも。
将来性も。
何も聞かない。
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月に一、二回会う程度の関係だった。
それでも。
彼女といる時間だけは、少し楽だった。
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ある日。
他愛もない話をしていた時だった。
突然。
涙が溢れた。
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「……え」
止まらなかった。
数え切れない程の人生を繰り返して。
人を殺して。
何度も自殺して。
それでも出なかった涙が。
止まらない。
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「ご、ごめん……」
慌てて謝る。
彼女は驚いた顔をしていた。
だが、何も聞かなかった。
ただ静かに言った。
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「話したくなったら、いつでも聞くよ」
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その瞬間。
俺の中で、何かが崩れた。
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「……俺、自分が嫌いなんだ」
気づけば、言葉が溢れていた。
「ずっと上を目指してた」
「結果を出せば、自分を好きになれると思ってた」
「周りも幸せにできるって」
「できると思ったんだ。」
震える声で吐き出す。
「でも駄目だった」
「一番になっても、幸せになれなかった」
「普通の幸せすら手に入らなかった」
「……俺、自分が嫌いでしょうがない」
「結局何もできない奴だったんだ。」
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彼女は、少しだけ困ったように笑った。
そして。
静かに言った。
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「貴方が貴方のことを嫌いになってしまっても」
「私は貴方を好きでいるし、支えていたいと思うよ」
「私は、貴方と過ごせる時間が普通の幸せだよ」
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その言葉を聞いた瞬間。
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思い出した。
ずっと昔。
壊れていた俺を、支えてくれた人がいた。
幸せにしたいと思っていた人がいた。
なのに俺は。
相手と向き合わなかった。
自分の欲望だけを見ていた。
上を目指すことばかり考えていた。
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怖かったんだ。
自分の限界を認めるのが。
「出来ない奴」だと思われるのが。
身の丈を受け入れるのが。
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でも。
ダメな自分でも、愛してくれる人はいた。
なら——
自分も、自分を受け入れてよかったんじゃないか。
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涙を拭き、彼女を見る。
その瞬間。
息が止まった。
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「……あ」
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そこにいたのは。
ずっと忘れていた——妻だった。
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意識が遠のいていく。
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次に目を開けた時。
暗闇の中に、朧げに覚えていた門番の姿があった。
そして、その隣には。
圧倒的な圧を感じる何かがいた。
見るだけ、精神がすり減る感覚がする。
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『私は閻魔大王』
声が頭に響く。
『試練達成を確認』
『評価を下す』
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『クリアタイム——四十年』
『評価——Dランク』
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「……D?」
思わず呟いた。
閻魔大王は続ける。
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『報酬を選択せよ』
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瞬間。
頭の中に情報が流れ込んできた。
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一。
好きな生物へ転生。
ただし、生物ランクは評価と同等。
Dランクは“標準よりやや下”。
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二。
地獄の門番になる。
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三。
現世への干渉権。
ただし、不利益を与える干渉は禁止。
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四。
報酬を放棄し、さらなる高ランクを目指し
試練を受け直す。
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「……」
少しだけ考える。
そして、俺は答えた。
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「一を選びます」
「人間に転生したい」
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次こそ。
ありのままの自分を認められる人生を送りたい。
誰かを受け入れられる人間になりたい。
妻のように。
今度は正しい選択が
できたと思う。
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意識が沈んでいく。
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目を覚ますと
温もりを感じた。
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数年後。
少年は元気に育っていた。
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「お母さん! テストで良い点取れたよ!」
嬉しそうに笑う少年。
母親は笑顔で頭を撫でた。
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「すごいね」
「でも、もっと良い点取れると思うから、これからも頑張ろうね」
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「うん!」
「僕、もっとできるもん!」
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その様子を。
門番と閻魔大王は静かに見つめていた。
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そして。
二人は、わずかに笑った。
一章三話 完
二章へ続く




