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地獄選記  作者: まんじ
3/17

一章三話 「できた」

何回目の人生だったのか。


もう、覚えていない。



目を開ければ高校入学前。


母の声。

実家の天井。

鏡の中の若い自分。


それが当たり前になっていた。



「……またか」


最初の頃は数えていた。


二回目。

十回目。

百回目。


だが途中で意味がなくなった。


何度人生をやり直しても、結局最後には——戻ってくる。



妥協したこともあった。


「もうこれでいい」


そう思って生きた人生もある。


そこそこの会社に入り、

そこそこの家庭を築き、

静かに老衰を迎えた。


だが、死ぬ瞬間に必ず思う。



(……まだ、上を目指せた)


(……あそこの選択を間違えなければ、もっと上手くできたはず)



その瞬間。


また高校入学前へ戻る。



「ふざけんなよ……」


何度目かの人生で、俺は初めて叫んだ。


「何が試練だ」


「どうすれば終わるんだよ!」


答える者はいない。



繰り返す内に、あることに気づいた。


どれだけ努力しても。


どれだけ成功しても。


俺は絶対に“一番”になれない。


スポーツ。

勉強。

仕事。

年収。


何をやっても、必ず上がいる。


良くて二番。


「……なんでだ」


理解できなかった。


俺は上を目指せる人間のはずなのに。


できるはずなのに。



だから俺は、一番を目指した。


全てで。


勉強も。

仕事も。

投資も。

起業も。


寝る時間すら削った。


だが——届かない。


必ず誰かが俺の上にいる。


「また、二番かよ……」


絶望した。


そして俺は、自殺した。



リセット。



また高校入学前。



「違う……次は違う……!」


何度も繰り返した。


目標にしていたことで


一番になれなければ、自殺。


リセット。


やり直し。


何度も。

何度も。

何度も。


それでも届かない。



ある時。


俺は、考え方を変えた。


「……上がいるなら」


「消せばいい」



その人生で。


俺は、自分より上だった人間を殺した。


才能ある奴を。


評価される奴を。


俺を見下した奴を。


一人。

また一人。


全員。



捕まらなかった。


証拠も残ってる筈なのに。


誰もが俺の悪行に気がつかなかった。


そして、俺はついに“一番”になった。



「……やっとだ」


高級マンション。


高級車。


誰もが羨む地位。


世界が俺を称賛していた。


「俺が、一番だ」


そう呟いた。


だが——


心は、何も満たされなかった。



「なんでだよ……」


部屋で一人、笑った。


空っぽだった。


何も無い。


何一つ。



その夜。


俺はまた、自殺した。



分からない。


試練って何だ。


一番になった。


なのに。


どうして終わらない。



「普通ってなんだよ」


普通。


普通。


ふつう。


フツウ。


フツウ。



正気かどうかも、自分で分からなくなっていた。



そしてまた、新しい人生が始まる。



その人生で。


俺は、一人の女と出会った。



正直に言えば。


今まで出会った女達と比べれば、美人じゃない。


頭も良くない。


話だって上手くない。


だが——


彼女は、笑っていた。


ただ、俺といるだけで。



「今日も仕事?」


「……ああ」


「そっか。無理しすぎないでね」


そんな、普通の会話。


だが、不思議だった。


彼女は、俺の勤め先を聞かなかった。


年収も。

肩書きも。

将来性も。


何も聞かない。



月に一、二回会う程度の関係だった。


それでも。


彼女といる時間だけは、少し楽だった。



ある日。


他愛もない話をしていた時だった。


突然。


涙が溢れた。



「……え」


止まらなかった。


数え切れない程の人生を繰り返して。


人を殺して。


何度も自殺して。


それでも出なかった涙が。


止まらない。



「ご、ごめん……」


慌てて謝る。


彼女は驚いた顔をしていた。


だが、何も聞かなかった。


ただ静かに言った。



「話したくなったら、いつでも聞くよ」



その瞬間。


俺の中で、何かが崩れた。



「……俺、自分が嫌いなんだ」


気づけば、言葉が溢れていた。


「ずっと上を目指してた」


「結果を出せば、自分を好きになれると思ってた」


「周りも幸せにできるって」


「できると思ったんだ。」


震える声で吐き出す。


「でも駄目だった」


「一番になっても、幸せになれなかった」


「普通の幸せすら手に入らなかった」


「……俺、自分が嫌いでしょうがない」


「結局何もできない奴だったんだ。」



彼女は、少しだけ困ったように笑った。


そして。


静かに言った。



「貴方が貴方のことを嫌いになってしまっても」


「私は貴方を好きでいるし、支えていたいと思うよ」


「私は、貴方と過ごせる時間が普通の幸せだよ」



その言葉を聞いた瞬間。



思い出した。


ずっと昔。


壊れていた俺を、支えてくれた人がいた。


幸せにしたいと思っていた人がいた。


なのに俺は。


相手と向き合わなかった。


自分の欲望だけを見ていた。


上を目指すことばかり考えていた。



怖かったんだ。


自分の限界を認めるのが。


「出来ない奴」だと思われるのが。


身の丈を受け入れるのが。



でも。


ダメな自分でも、愛してくれる人はいた。


なら——


自分も、自分を受け入れてよかったんじゃないか。



涙を拭き、彼女を見る。


その瞬間。


息が止まった。



「……あ」



そこにいたのは。


ずっと忘れていた——妻だった。



意識が遠のいていく。



次に目を開けた時。


暗闇の中に、朧げに覚えていた門番の姿があった。


そして、その隣には。


圧倒的な圧を感じる何かがいた。


見るだけ、精神がすり減る感覚がする。



『私は閻魔大王』


声が頭に響く。


『試練達成を確認』


『評価を下す』



『クリアタイム——四十年』


『評価——Dランク』



「……D?」


思わず呟いた。


閻魔大王は続ける。



『報酬を選択せよ』



瞬間。


頭の中に情報が流れ込んできた。



一。


好きな生物へ転生。


ただし、生物ランクは評価と同等。


Dランクは“標準よりやや下”。



二。


地獄の門番になる。



三。


現世への干渉権。


ただし、不利益を与える干渉は禁止。



四。


報酬を放棄し、さらなる高ランクを目指し


試練を受け直す。



「……」


少しだけ考える。


そして、俺は答えた。



「一を選びます」


「人間に転生したい」



次こそ。


ありのままの自分を認められる人生を送りたい。


誰かを受け入れられる人間になりたい。


妻のように。


今度は正しい選択が


できたと思う。



意識が沈んでいく。



目を覚ますと


温もりを感じた。



数年後。


少年は元気に育っていた。



「お母さん! テストで良い点取れたよ!」


嬉しそうに笑う少年。


母親は笑顔で頭を撫でた。



「すごいね」


「でも、もっと良い点取れると思うから、これからも頑張ろうね」



「うん!」


「僕、もっとできるもん!」



その様子を。


門番と閻魔大王は静かに見つめていた。



そして。


二人は、わずかに笑った。


一章三話 完

二章へ続く

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