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地獄選記  作者: まんじ
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一章二話「省容認」

暗闇だった。


上下も分からない。

足元の感覚だけがある。


「……ここは」


気づけば、俺は広場のような場所に立っていた。


周囲は闇に包まれている。


妻も、子どももいない。


「おい! 誰かいるのか!?」


男の叫び声が響く。


「何も見えない! 誰か状況を教えてくれ!」


別の方向では、女が泣き叫んでいた。


「ねえ! 誰か返事して! 何も聞こえないの!」


混乱していた。


目が暗闇に慣れてきたのか


周囲にはかなりの人数がいた。


だが、様子がどこかおかしい人が多い。


目が見えない者。

声が聞こえない者。

足が動かない者。


まるで、何かを奪われているみたいだった。


「……なんなんだよ、これ」


その時だった。


一人、また一人と、人影が突然消えた。


「は?」


何の前触れもなく、そこにいたはずの人間が消滅した。


「き、消えたぞ!?」


「おい!! どこ行った!?」


現場が一気に騒然となる。


誰かが泣き出した。


誰かが叫び出した。


誰かが闇へ走り出そうとして転倒した。


混乱が極限に達した、その瞬間。


――静寂。


全ての音が止んだ。



闇の奥に、“何か”が立っていた。


人……ではない。


仮面をつけている。


だが、その輪郭が定まらない。


人にも見える。

獣にも見える。


影が揺れているようだった。


そいつが現れた瞬間、不思議と全員の声が止まった。


いや、違う。


“声を出せなくなった”。


すると、頭の中に直接声が響く。



『現世で死した者達よ』


低く、不気味な声だった。


『ここは地獄』


『階層は——衆合』


周囲の空気が震える。


『私はこの階層の門番』


『名は、衆等』


誰も動けなかった。


『お前達はこれより試練を受ける』


『試練を乗り越えた者には、閻魔大王より評価が下される』


評価。


その言葉に、何人かが顔色を変えた様に見えた。


『最後に、試練名を告げる』


門番と名乗る奴の


仮面の奥から見える鈍い色をした瞳と目が合った気がした。



試練名、『省容認せいようにん



その瞬間。


視界が歪んだ。


何かを質問しようとした。


だが声が出ない。


意識が沈んでいく。



目を覚ますと、見慣れた天井があった。


「……え?」


実家だった。


「ねえ、明日の入学式、一緒に電車で行くってことでいいの?」


母の声が聞こえる。


慌てて鏡を見る。


そこに映っていたのは——若い頃の自分だった。


「な……」


言葉が詰まる。


「どうしたの?」


「いや……今日って何日だっけ」


母は不思議そうな顔をした。


「三月三十一日よ。明日は四月一日」


「高校の入学式でしょ?」


「親と歩くの恥ずかしい年頃だと思って、わざわざ聞いてあげてるんだけど」


高校入学前。


つまり——十数年前。


俺が1番楽しい経験ができた時期だ。


「……は?」


状況が理解できない。


タイムスリップ?


いや、違う。


脳裏に、あの仮面が浮かぶ。


『試練を受ける』


地獄。

衆合。

省容認。


「……デスゲームか何か?」


心の中で警戒する。


俺は母へ適当に返事をして


自分の状況を確認しその日は寝た。



目を開けると何事もないまま朝を迎えていた。


支度をして、今は廃校になってしまった


懐かしい母校へ向かった。


驚くことに廃校になった筈の母校は


記憶にある入学式の当時のままの姿だった。


校門前で母と合流して


警戒したまま、入学式を迎えた。


だが——何も起こらない。


式も、教師も、生徒も。


記憶にある高校時代そのままだった。


「……なんなんだよ」


拍子抜けするほど普通だった。


記憶通りに入学式の日を終えた。


そして翌日の朝を迎えた。


授業中、異変に気づく。


(……分かる)


問題の答えが理解できた。


当時はスポーツ推薦で入った。


勉強なんてほとんどしていなかった。


なのに、授業内容が頭に入る。


部活でもそうだった。


体が軽い。

動きがいい。


「お前今日キレすぎだろ」


チームメイトが笑う。


「……そうか?」


さらに、前世では話しかけることもできなかった目立っていた女子とも自然に話せた。


「連絡先、交換しない?」


「……ああ、いいよ」


人生が上手くいっていた。


文武両道。


友人関係。


恋愛。


成績。


全てが前回より上だった。


「試練のはずなのに……」


警戒は消えなかった。


だが、何も起こらないまま


記憶の高校生活より遥かに楽しめた


高校生活は終わった。


記憶では専門学校へ行くのだが、


推薦で中堅大学へ進学できた。


前回とは違う未来だった。


(確かこの頃、祖父母の介護で父が壊れ始めたんだよな……)


そう思い、実家から逃げる様に


一人暮らしを始めた。


だが——


祖父母は老衰で亡くなった。


父は壊れなかった。


仕事も続けている。


「……なんでだ?」


運命が変わっていた。


大学生活も順調だった。


美人な彼女ができた。


大手企業にも就職できた。


美人で聡明な彼女と結婚した。


子どもも生まれた。


ある日


子どもを抱きながら、リビングで妻が笑っていた。


「ねえ、写真撮ろうよ」


「また?」


「またでいいの」小さな手が俺の服を掴む。


その瞬間。


「ああ、幸せなんだな」


「これが……普通か」


そう思っていた。



だが、ある日。


妻が言った。


「普通の家ってさ、長期休暇は旅行とか行くじゃない?」


「あと、そろそろ家も欲しいよね」


その言葉に、胸がざわつく。


妻の顔は不満そうには見えなかった。


ただ。


妻は“普通の願い”を口にしただけだ


なのに。


その普通が、


今の自分には遠く感じた。


部屋で1人SNSを開く。


同世代の知人が、新築の家を載せていた。


海外旅行。高級車。


「……俺だって」小さく呟く。


普通に生きているだけなのに、


どうしてこんなに差があるんだ。


大手企業でも足りない。


“普通”が、遠い。


「……もっと上に行かないと」


気づけば、また転職を繰り返していた。


より大きな会社へ。


より高い年収へ。



「……ここ、想像よりきついな」


新しい職場で、俺は画面を見つめる。


仕事は重い。


人間関係も冷たい。


だが——


「俺なら出来る」


そう思った。


いや。


そう思い込もうとした。



そして、また。


同じ景色が始まる。


育児。


家事。


介護。


睡眠不足。


仕事のミス。


休職。


そして——


「自分が、普通に仕事できるところに勤めたら?」



暗闇の中。


意識が沈む。


その瞬間、理解した。


これはやり直しじゃない。


“試練”だ。



『省容認』


あの門番の声が蘇る。



目を開ける。


再び、実家の天井。


高校入学前。


母の声。


鏡の中の若い自分。



「……またか」


しばらく沈黙した後、俺は小さく笑った。


「なら次は——」


鏡の中の自分を見つめる。


「もっと上を目指してやる」



俺ならできる。


今度こそ。


一章二話 完

一章三話に続く

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