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願いが一つだけ叶うノートを手にした僕は、あのツンツンした薬剤師に使うべきか迷っている  作者: 播磨 颯太


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9/17

9. 発熱した日、彩子に会った

10:15。内科。


白い診察室。消毒の匂い。


椅子に座る春彦の額には、じっとりと汗が浮かんでいた。


「……38.0℃ですね」


医者がカルテを見ながら言う。


「検査の結果ですが——」


一拍。


「コロナですね」


「……は?」


春彦の頭が、真っ白になる。


(……ウソだろ)


鼓動が、ドクンと強く鳴る。


(……マジかよ)


「しばらくは自宅療養になります。大学もバイトも、しばらくお休みですね」


淡々とした説明。


「解熱剤、出しておきますので」


「……あ、はい」


返事はしたが、頭には入ってこない。


(大学……行けない……)


(バイトも……)


(……最悪だ)


診察室を出る。


足元がふらつく。


(……でも)


カバンの中の処方箋を見て——


(……薬局行くよな)


そして、自然と浮かぶ顔。


「……彩子」


(……いるかもしれない)


それだけで、心臓が少しだけ速くなる。


——


外に出る。


空気が重い。


体が、熱いのに寒い。


「……っ」


ふらつきながら、歩く。


(そういえば……)


思い出す。


(熱ある人は……中入らずにベル押すんだっけ)


すみれ薬局のルール。


個室隔離。


——あの時。


「熱あるんですか?」


ぶっきらぼうな声。


冷たい視線。


(……感じ悪かったな)


苦笑が漏れる。


だが——


(……今日はどうだろうな)


薬局が、見えてくる。


白い看板。


ガラスの扉。


その時——


横のコンビニのドアが開いた。


白衣。


マスク。


そのまま、こちらへ歩いてくる。


春彦の前で、止まる。


「……あ」


思わず声が出る。


(……彩子)


少し疲れたような顔。


短い前髪。


相変わらず、きつい目つき。


だが——


確かに、彩子だ。


視線が合う。


一瞬の沈黙。


「……あの」


春彦が、ぎこちなく言う。


「熱があって……」


彩子は、特に驚く様子もなく——


店内をちらりと見る。


個室の状況を確認するように。


(……覚えてないか)


当然だ。


ただの客だ。


(……そりゃそうだよな)


その時。


一つの個室のドアが開く。


患者が出てくる。


彩子の目が、そこに向く。


「……あ、今空きましたんで」


少しだけ声のトーンが上がる。


「ちょっと待ってくださいねー。すぐ用意しますねー」


そう言って、店内へ入っていく。


(……普通だ)


春彦は、少し驚く。


(……あの時みたいじゃない)


完全に愛想がいいわけではない。


だが——


ぶっきらぼうではない。


ガラス越しに見える。


彩子が個室に入り、消毒スプレーを手に取る。


シュッ、シュッ、と音がする。


丁寧に、机や椅子を拭いている。


その姿を見て——


春彦の胸に、妙な感覚が広がる。


(……オレのために……?)


もちろん違う。


仕事だからだ。


それでも——


(……なんか……)


言葉にならない。


少しだけ、温かいような。


くすぐったいような。


しばらくして、彩子が出てくる。


「どうもお待たせしましたー」


軽く手で示す。


「こちらでお待ちくださいねー」


個室へ案内する。


春彦は、ゆっくりと中へ入る。


小さな空間。


消毒の匂い。


さっきまで彩子がいた場所。


心拍数が上がる。


思い切って声をかける。


「……ありがとう」


小さく言う。


彩子は一瞬だけ目を上げる。


「いえー」


少し間のある返事。


そのまま続ける。


「処方箋と、お薬手帳お願いしますー」


「……あ、はい」


春彦は処方箋を差し出す。


だが——


「あれ……」


カバンの中を探る。


「……ちょっと待ってください」


ガサガサと音がする。


彩子は、目の前で立ったまま待っている。


(……近い)


心臓が、ドクンと鳴る。


(……なんだこれ)


ようやく見つける。


「……ありました」


差し出す。


「お願いします」


彩子が受け取る。


「はーい」


そのまま、個室を出ていく。


ドアが閉まる。


静寂。


「……はあ……」


深く息を吐く。


胸が、うるさい。


(……普通じゃん)


ぽつりと呟く。


(……全然、普通に話せるじゃん)


(事務的だけど……)


短い時間。


それでも——


二人きりの空間。


しかも——


(……あの部屋……)


(……彩子が掃除してくれた)


また、妙な感覚が胸に広がる。


——


待つ時間。


春彦は、ドアの隙間から外を覗く。


(……どこだ)


彩子の姿を探す。


だが——


見えない。


そのまま、しばらく。


ノック。


別の薬剤師が入ってくる。


「お薬の説明しますね」


(……あ)


一瞬で分かる。


(……違う)


彩子じゃない。


説明が始まる。


だが——


頭に入らない。


(……くそ)


心の中で呟く。


(……彩子じゃないのかよ)


どこか、がっかりしている自分がいる。


説明と会計を終える。


個室を出る。


カウンターへ。


その時——


いた。


彩子。


パソコンに向かっている。


忙しそうに、画面を見ている。


「……」


春彦は、横目で何度も見る。


ちらり、ちらりと。


だが——


彩子は気づかない。


ただ仕事に集中している。


(……まあ、そうだよな)


小さく苦笑する。


そのまま、外へ出る。


——


外の空気。


まだ、体はふらつく。


だが——


頭の中は、別のことでいっぱいだった。


「……なんだよ」


ぽつりと呟く。


(……気になるな)


あの顔。


あの声。


あの距離。


ぐるぐると、思い出す。


(……仕返しとか)


首を振る。


「……どうでもいい」


完全に、消えていた。


(……それより)


カバンに手を当てる。


中のノート。


(……これ)


(どう使う)


一回だけ。


絶対に、失敗できない。


(……彩子に……使う?)


心臓が、少し強く鳴る。


(……まさか)


だが——


さっきの距離感。


空気。


会話。


(……近づいてる……?)


そんな錯覚が、胸に広がる。


ドクン、ドクン、と。


(……そのためには)


表情が、少し引き締まる。


(もっと検証しないと)


(絶対に、ミスらない形で)


ふらつく足取りで、歩き出す。


体はしんどい。


だが——


心だけが、妙に熱かった。

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