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願いが一つだけ叶うノートを手にした僕は、あのツンツンした薬剤師に使うべきか迷っている  作者: 播磨 颯太


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10/13

10.減っていくノート

18:00。春彦の部屋。


窓の外は、夕焼けがゆっくりと夜に溶けていく時間。


ベッドの上に腰を下ろし、春彦は静かに息を吐いた。


「……治ったか」


数日前までの悪寒と熱が、嘘のように引いている。


体は軽い。


だが——


頭の中は、相変わらずあのノートで埋め尽くされていた。


カバンから取り出す。


白い表紙。


——“願い事を書きましょう”。


「……」


指でなぞる。


(……複数はダメだ)


父の競馬。


あの結果。


(……最初の一つだけが叶う)


だが——


「……まだ、仮説だ」


低く呟く。


(……裏付けが必要だ)


もし。


(……もし、複数書いて全部叶うなら)


(……あの時の三連単は、なぜ外れた?)


矛盾が生まれる。


(……仮説の信頼度が下がる)


拳を軽く握る。


(……試さないといけない)


だが——


「……自分では無理だ」


はっきりしている。


(……一回しか使えない)


自分で試した瞬間、終わる。


(……他人でやるしかない)


しかも——


(……このノートの力だとバレずに)


目が鋭くなる。


(……もし広まったら)


(……終わりだ)


想像する。


奪い合い。

監視。

混乱。


「……めんどくさいことになる」


小さく舌打ちする。


(……父と母はもう使った)


(……大原も)


残る選択肢を考える。


(……バイト先は無理だ)


ノートを持ち歩けない。


(……となると……)


一つ。


「……大学か」


結論が出る。


その瞬間——


ふっと、思考が逸れる。


「……」


目を閉じる。


浮かぶ顔。


彩子。


あの、少し不機嫌そうな目。


(……なんでだよ)


苦笑が漏れる。


(……最初、最悪な印象だったのに)


なのに今は——


「……気になるな」


はっきりと認める。


春彦は、これまで——


女性と付き合ったことがない。


デートすら、ない。


(……でも)


カバンの中のノートに、視線が落ちる。


(……これがあれば)


喉が、わずかに鳴る。


(……付き合える)


その言葉が、現実味を帯びる。


ゆっくりと、想像が広がる。


——彩子が、自分の隣を歩いている。


少し距離を空けながら。


ツンとした顔で。


「別に……ついてきてるわけじゃないし」


そんなことを言いながら。


ウインドウの前で立ち止まる。


「……これ、どう思う?」


ちらっとこっちを見る。


春彦が答えると——


「……ふーん」


素っ気ない返事。


でも、どこか嬉しそうな目。


——二人で食事。


向かい合って座る。


マスクを外す仕草。


だが——


そこはぼやけている。


(……顔、知らないんだよな)


見えているのは、目だけ。


それでも——


十分だった。


(……いいな)


胸が、じんわりと温かくなる。


だが——


次の瞬間。


想像が、急に変わる。


時計の針。


4時間。


カチッ、と音がする。


その瞬間——


彩子の表情が変わる。


スッと、冷めた目。


「……何これ」


ジロリと睨む。


「……気持ち悪」


踵を返す。


そのまま、去っていく。


「……っ」


春彦は、目を開いた。


「……ダメだろ、それ」


即座に否定する。


(……そんなの、最悪だ)


胸の奥が、ざわつく。


(……4時間だけの関係とか)


(……意味ねえだろ)


拳を握る。


(……じゃあどうする)


思考が、再び回り始める。


(……4時間経っても)


(……関係が続くようにするには?)


(……書き方……?)


「……あるはずだ」


ノートを手に取る。


(……抜け道が)


(……条件を満たす書き方が)


その時だった。


「……ん?」


違和感。


指先に伝わる感触。


(……なんだ?)


ノートを持ち直す。


「……薄い?」


眉をひそめる。


ページをパラパラとめくる。


「……おかしい」


明らかに、枚数が少ない。


机に置く。


一枚ずつ、数える。


「……1、2、3……」


静かな部屋に、声だけが響く。


「……20、21」


止まる。


「……21枚?」


顔が固まる。


(……30枚じゃなかったか?)


もう一度数える。


結果は同じ。


21枚。


「……なんでだよ」


喉が乾く。


(……減ってる?)


思い返す。


(……気づかなかっただけで)


(……少しずつ……?)


背筋に、冷たいものが走る。


(……これ)


「……消えて行ってる……?」


思わず呟く。


(……条件は?)


(……書いたら減る?)


(……時間で減る?)


(……何かの代償……?)


分からない。


何一つ、確定していない。


だが——


一つだけ、はっきりしている。


「……時間がない」


低く言う。


(……もし1日1枚減るなら)


(……あと21日)


(……3週間)


だが、それすら保証はない。


(……もっと早いかもしれない)


(……ルールが読めない)


心臓が、重く打つ。


「……のんびりしてる暇ねえな」


ノートを閉じる。


強く握る。


(……明日だ)


(……大学で、また試す)


(……確証を積み上げる)


そして——


(……絶対に外さない形で)


一つの願いを、思い描く。


「……彩子」


その名前を、静かに口にする。


胸の奥が、じんわりと熱くなる。


(……近づけるか)


(……このノートで)


夕焼けが、完全に消えた。


部屋の中に、静かな夜が落ちていく。

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