41. 未来を重ねてしまう
ファミレス 15:30
窓の外では人々が行き交っている。
その向こうには、すみれ薬局。
白い看板は変わらず見えているが、今は彩子の姿は見えない。
春彦はカルピスを飲みながら、ぼんやり薬局を見つめていた。
そんな春彦を見て、正美がニヤニヤしている。
「で?」
「はい?」
「私のこと聞かないの?」
その流れで春彦は思い出したように言った。
「卓馬さんと上手く行ってるんすか?」
途端に正美の顔が明るくなる。
そして。
本当に幸せそうな笑顔になった。
「そうなのよ~♡」
春彦は思わず笑う。
「よかったっすね。」
「もうね、毎日LINEしてる。」
「毎日っすか。」
「毎日。」
正美は即答する。
「朝おはようから始まってさ。」
「へえ。」
「夜おやすみまで。」
「すごいっすね。」
「でしょ?」
正美は嬉しそうだった。
リンゴジュースを飲みながら続ける。
「それに毎週会ってるし。」
「毎週?」
「毎週。」
「仲いいっすね。」
「ふふん。」
得意げである。
春彦は思う。
ついこの前まで、正美は卓馬に片想いしていた。
どうにかして落とそうと思っていた。
そして今では恋人同士。
人間、本当に変わるものだ。
正美は春彦を見た。
「これもさ。」
「はい?」
「あんたのおかげなのよ。」
「オレっすか?」
「そう。」
春彦は少し首を傾げる。
正美は笑った。
「あんたが言ったじゃん。」
「何をです?」
「行くなら今しかないって。」
春彦は思い出した。
正美が卓馬をデートに誘う日。
あの日。
バイト終わりにすぐ行くべきだと言った。
それは、ノートの効力が4時間だったからでもあるが。
正美はもちろん、ノートの力のおかげだとは全く信じていない。
だが、あの日背中を押されたことは覚えていた。
「だから感謝してる。」
「いや……」
春彦は照れる。
「オレ何もしてないっすよ。」
「してるわよ。」
正美は笑う。
「背中押してくれたじゃん。」
少し沈黙。
そして正美がニヤリとした。
「あんたもさ。」
「はい?」
「彩子ちゃんと私たちみたいになりたいでしょ?」
春彦は窓の外を見る。
正美を見る。
そして苦笑いする。
「そうっすね……」
正美の顔は本当に幸せそうだった。
恋人がいる人の顔だ。
春彦にはそれが眩しかった。
(彩子……)
頭の中に彩子の顔が浮かぶ。
いつもの不機嫌そうな目。
マスク。
ぶっきらぼうな声。
笑顔なんて想像できない。
だが。
だからこそ。
もし自分だけに笑ってくれたら――
そう考えるだけで胸が熱くなる。
「ねえ。」
正美が身を乗り出す。
「もし彩子ちゃんと付き合えたら。」
「はい?」
「どこデート行くつもり?」
春彦の心臓がドクッと鳴った。
ゾワッと全身が震える。
彩子とデート。
その言葉だけで脳が勝手に動き出す。
「ま、正美さんはどこ行くんすか?」
逃げるように聞く。
正美はニヤニヤした。
「私?」
「はい。」
「私はよく行くのはmosaicかな。」
「mosaic。」
「そう。」
正美はうっとりする。
「あそこで夜景見ながら食事しちゃってさ。」
春彦の脳裏に景色が広がる。
神戸港。
夜景。
ライトアップされたポートタワー。
海に映る光。
そして――
隣には彩子。
マスクを外した彩子。
春彦は勇気を出して手を伸ばす。
彩子の手を握る。
彩子は相変わらず無表情だが、逃げない。
夜風が吹く。
ポートタワーが輝く。
二人の指が絡まる。
「ちょっと?」
春彦がハッとする。
「えっ?」
「妄想してたわね。」
「してないっす。」
「してた。」
「してないっす。」
「してた。」
正美は断言した。
春彦の顔が少し赤い。
「分かりやす。」
「やめてくださいよ。」
正美は笑いながら続ける。
「それにさ。」
「はい?」
「今度ね。」
少し溜める。
「卓馬と二人でスノボ旅行行くんだ。」
「マジっすか!?」
春彦は思わず身を乗り出した。
「うん。」
「どこっすか?」
「栂池高原♡」
「へぇー。」
正美は満面の笑みだ。
「二泊三日。」
春彦の目が丸くなる。
「と、泊まりっすか?」
「そうなの♡」
嬉しそうである。
春彦は想像してしまう。
一面の銀世界。
雪。
スキー場。
そして彩子。
二人でリフトに乗る。
転びそうになった彩子の手を掴む。
ホテル。
温泉。
夜。
同じ旅館。
同じフロア。
同じ部屋。
一つのーー
「ちょっと?」
「はっ!」
春彦が現実に戻る。
正美が呆れ顔で見ている。
「あんたまた妄想してる。」
「してないっす!」
「してた。」
「してないっす!」
「してた。」
正美は楽しそうだった。
そしてニヤニヤしながら聞く。
「彩子ちゃんどんな浴衣着てた?」
春彦の顔が一気に赤くなる。
「そ、そんな!」
「うん?」
「そんなこと想像してませんよ!」
声が裏返った。
正美は爆笑した。
「あんた顔に出すぎ!」
「うぅ……」
「分かりやすすぎ!」
春彦はテーブルに突っ伏したくなる。
「いいじゃないっすか……」
「何が?」
「正美さんは実際に行くんだから。」
「ふふふ。」
正美は嬉しそうに笑う。
春彦は少し躊躇った後、聞いた。
「と、泊まりってことは……」
「同じ部屋なんすよね?」
正美の口元がさらに緩む。
「そりゃそうでしょ?部屋別なわけないじゃん」
ーーやっぱりそうなんだ……
「……」
「何想像してんの?」
「い、いえ。」
「うん?」
「何も。」
「ほんとに?」
「ほんとっす。」
正美は笑い続ける。
そして言った。
「でもさ。」
「はい?」
「行きたいでしょ?」
「何がっすか。」
「お泊まり旅行。」
正美はニヤニヤしている。
「彩子ちゃんと。」
春彦は即答した。
「そりゃもう夢のようっす。」
正美が吹き出した。
「あんた正直すぎ!」
春彦は恥ずかしそうに頭を掻く。
正美はそんな春彦を見ながら優しく言った。
「だから今日ちゃんと説明するのよ。」
その言葉に春彦の表情が引き締まる。
彩子。
デパートでの誤解。
今日ここへ来た理由。
全部思い出す。
胸が重くなる。
緊張で胃が痛くなる。
「はい……」
小さく返事をした。
正美は立ち上がった。
「ちょっと私トイレ行く。」
「あ、はい。」
「逃げちゃダメよ。」
「逃げないっす。」
「ほんと?」
「たぶん。」
「たぶんじゃない。」
正美は笑いながら席を離れていった。
春彦は一人になる。
窓の外を見る。
すみれ薬局。
人の出入りはある。
だが。
彩子の姿は見えない。
時計を見る。
まだ閉店まではかなり時間がある。
20時まで、あと何時間もある。
春彦はカルピスを一口飲み、静かに薬局を見つめ続けた。




