40. 好きになった理由
ファミレス 15:00
窓の外には、すみれ薬局。
白い看板が午後の日差しを受けてぼんやり光っている。
ファミレスの店内は平日の昼下がりらしく静かだった。
食器の触れ合う音。
遠くの席の話し声。
ドリンクバーの機械が氷を落とす音。
そんな中、窓際の席に座る春彦と正美は、まるで探偵の張り込みでもしているようだった。
春彦はカルピスのストローをくわえながら、何度も薬局の方を見ている。
正美はそんな春彦を見て笑った。
「ねえ。」
「はい?」
「あんたなんで彩子ちゃんを好きになったの?」
春彦の動きが止まる。
その質問は何度か自分でも考えたことがある。
だが、いざ人に聞かれると上手く説明できない。
正美は頬杖をついた。
「ずっと気になってたのよ。」
春彦は窓の外を見た。
すみれ薬局。
その文字を見つめながら、ゆっくり口を開く。
「オレ……」
少し考える。
そして言った。
「頭痛くなって病院行ったんすよ。」
「うんうん。」
「それで処方箋もらって。」
正美は頷く。
「で?」
「すみれ薬局行って処方箋出したら……」
春彦の脳裏に、その日の光景が蘇る。
白衣。
マスク。
短い前髪。
鋭い目。
「熱あるんですか?」
冷たい声。
刺すような視線。
「って、キツく言われて。」
正美が笑う。
「それが彩子ちゃんだったの?」
「はい。」
「へえ。」
春彦は続ける。
「すみれ薬局って熱ある人は入口のベル押して個室行かなきゃダメなんすよ。」
「そうなの?」
「はい。」
「知らなかった。」
「オレ熱なかったんで普通に入ったんですけど。」
「うん。」
「処方箋に解熱剤が書いてあったんす。」
正美はすぐ理解した。
「あー。」
思わず笑う。
「それで彩子ちゃんからしたら、『コイツ熱あるのに普通に入って来た』って思ったのね。」
「多分そうっす。」
春彦も苦笑する。
「熱ないっすって言ったんですけどね。」
「うん。」
「そしたらイラッとした顔されて。」
「ははは。」
「個室連れて行かれて。」
「彩子ちゃんに?」
「はい。」
正美は吹き出した。
「何それ。」
「ひどいっすよ。」
「いやでも薬剤師としては正しいんじゃない?」
「まあそうなんすけど。」
春彦は苦笑する。
「その時は普通にムカつきました。」
「でしょ?」
「はい。」
正美は首を傾げる。
「だったらさ。」
「はい。」
「普通嫌いにならない?」
春彦は黙った。
確かにそうだ。
今思えば、自分でも不思議だった。
「その時は嫌でした。」
「でしょ?」
「はい。」
「じゃあなんで好きになっちゃったの?」
正美が身を乗り出す。
興味津々だ。
春彦は視線を泳がせる。
少し恥ずかしい。
「なんか……」
「うん。」
「ノート使って仕返ししようとか考えてる内に……」
正美がニヤリとする。
「気になってきたのね?」
「……はい。」
「彩子ちゃんが?」
「はい。」
春彦は素直に認めた。
正美は面白そうに笑う。
「ふーん。」
春彦はカルピスを一口飲む。
「最初はムカついてただけだったんですけどね。」
「うん。」
「なんか……」
言葉を探す。
「気がついたら彩子さんのことばっか考えてて。」
正美がニヤニヤしている。
「それで?」
「それで……」
春彦は小さく笑う。
「好きになってました。」
正美は声を上げて笑った。
「何それー!」
春彦は恥ずかしそうに頭を掻く。
「自分でも分かんないんすよ。」
「今ではもう好きで好きで仕方ないんだ?」
春彦は少しだけ黙る。
そして小さく頷く。
「……はい。」
その返事には迷いがなかった。
正美はその様子を見て少し感心した。
ここまで人を好きになる春彦を見るのは初めてだった。
「あんた意外ね。」
「え?」
「あんたってもっと優しい感じの子好きかと思ってた。」
春彦は首を傾げる。
「そうっすか?」
「うん。」
正美は笑う。
「意外にツンツンした子好きなのね。」
「いえ。」
春彦は慌てる。
「そういう訳じゃないっす。」
「違うの?」
「違います。」
「じゃあ何?」
春彦は困った顔になる。
「冷たくされた子を振り向かせたいとか?」
「違いますって。」
「じゃあ?」
春彦はしばらく考えた。
そして正直に答える。
「ずっと彩子さんのこと考えてたら……」
「うん。」
「気がついたら好きになってたんす。」
正美は数秒黙った。
それからクスッと笑う。
「青春ねえ。」
「そうっすか?」
「そうよ。」
正美はリンゴジュースを飲む。
ストローをくるくる回しながら言う。
「まあ彩子ちゃん。」
「はい。」
「スタイル良さそうだし。」
春彦が咳き込む。
「ゲホッ!」
「お肌も綺麗だしね。」
「そ、そんなとこ見てないっすよ。」
「嘘つき。」
正美は笑う。
「男なんだから見てるでしょ。」
春彦は視線を逸らした。
正美はニヤニヤしている。
春彦は恥ずかしくて薬局の方を見る。
するとちょうど白衣姿の彩子がカウンターの奥を歩いていた。
その姿を見ただけで胸が締め付けられる。
(彩子……)
思わず心の中で呼ぶ。
今頃何を考えているんだろう。
デパートで見たことを気にしているんだろうか。
それとも何も気にしていないんだろうか。
考えれば考えるほど分からなくなる。
店内に少し沈黙が流れた。
正美はそんな春彦を見ていた。
本当に好きなんだな。
そう思う。
そしてふと口を開いた。
「あんたさ。」
「はい?」
「私のことは聞かないの?」
春彦はきょとんとする。
「え?」
「ん?」
「正美さんのことっすか?」
正美は意味ありげに笑った。




