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願いが一つだけ叶うノートを手にした僕は、あのツンツンした薬剤師に使うべきか迷っている  作者: 播磨 颯太


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39. 張り込み開始

電車の中


ガタン、ゴトン――。


電車の揺れが一定のリズムで車内に響いている。


窓の外を流れていく街並みを見ながら、春彦は落ち着かない様子で何度も足を組み替えていた。


向かい側の窓には、自分の情けない顔が映っている。


心臓がずっと重たい。


デパートで彩子に見られた光景。


正美と腕を組んでいた瞬間。


あれが頭から離れない。


「ま、正美さん……」


「んー?」


正美はスマホをいじりながら気のない返事をする。


「彩子さん……いますかね?」


「何が?」


「いや……薬局です」


春彦は窓の外を見たまま言った。


「さっきデパートにいたくらいだから……今日休みかもしれないっす」


正美はため息をつく。


「何言ってんの?」


「え?」


「いなけりゃいないで別の日に来ればいいじゃない。」


春彦は黙る。


正美は続けた。


「だから早くしないとダメなのよ。」


「は、はい……」


その返事は完全に元気がなかった。


電車が駅を一つ通過する。


西元山駅が近づいてくる。


そのたびに春彦の鼓動は速くなっていった。


(どうしよう……)


(何て言えばいいんだ……)


(いや、まず会えるのか?)


(会えたとして、ちゃんと話聞いてくれるのか?)


(怒ってたらどうしよう……)


考えれば考えるほど胃が痛くなる。


正美はそんな春彦を横目で見ていた。


「春彦くん。」


「はい?」


「今からそんな顔してたら薬局着いた頃には死んでるわよ。」


「死んでないっす……」


「いや死んでる。」


正美は即答した。


春彦は苦笑いするしかなかった。


やがて車内アナウンスが流れる。


『次は、西元山ー、西元山ー』


春彦の背筋がピンと伸びる。


正美は笑った。


「ほら来た。」


「はい……」


「顔真っ青。」


「そんなことないっす。」


「ある。」


再び即答だった。


⸻


電車が停止する。


ドアが開く。


二人はホームへ降りた。


改札を抜ける。


駅構内を歩く。


春彦は覚えている。


あの日。


彩子と偶然会ったエレベーター。


あそこで初めてまともに言葉を交わした。


二人はエレベーターへ乗り込む。


扉が閉まる。


静かな下降。


春彦の喉が鳴る。


正美はそんな春彦を見てニヤニヤしている。


「このエレベーターなの?」


「そうっすね……」


「運命感じちゃう?」


「感じないっす。」


「感じなさいよ。」


「なんでですか。」


ピンポーン。


一階に到着する。


扉が開く。


すぐ前に見える通路。


そして。


少し先に――


すみれ薬局。


春彦の心臓がドクンと鳴った。


⸻


二人は薬局へ向かう。


入口近くまで来る。


春彦はガラス越しに中を覗き込んだ。


白衣姿の薬剤師が何人か見える。


しかし全員後ろ向き。


彩子かどうか分からない。


「どう?」


正美が小声で聞く。


「まだ……」


春彦は目を凝らす。


レジ。


調剤室。


棚。


その時だった。


白衣の一人が振り返る。


短い前髪。


不機嫌そうな目。


愛想のない顔。


春彦の目が見開かれる。


「あっ……」


「いた?」


「いました。」


思わず声が漏れる。


「いました!」


正美はニヤリとした。


「ほら来てよかったじゃない。」


春彦はガラス越しの彩子を見つめていた。


彩子はパソコン画面を見ながら何か入力している。


相変わらず無表情。


相変わらず目つきが悪い。


でも春彦にはそれがたまらなく愛しかった。


「緊張する……」


春彦が呟く。


「で、薬局何時に閉まるの?」


正美が聞く。


「確か20時っす。」


「まだ結構あるわね。」


「ですね。」


春彦は腕時計を見る。


まだ午後三時前だ。


「一回帰りましょうか?」


その瞬間。


正美が信じられないものを見る顔になった。


「バカね。」


「え?」


「その間に彩子ちゃん帰ったらどうするのよ?」


「あっ……」


「ほら。」


「た、確かに。」


正美は満足そうに頷く。


「じゃああそこのファミレスで張り込むわよ。」


春彦は目を丸くした。


「え?」


「何?」


「彩子さん出てくるまでっすか?」


「そりゃそうよ。」


正美は当然のように言う。


そして春彦の肩を軽く叩いた。


「あんた何しに来たのよ?」


「そ、そうっすね……」


⸻


二人は駅前のファミレスへ入る。


自動ドアが開く。


店内は平日の昼下がりらしく比較的空いていた。


店員が近付いてくる。


「お席は――」


「窓際お願いします。」


正美が即答した。


店員は少し驚いた顔をする。


「かしこまりました。」


案内された席は店の奥。


そして。


窓からちょうどすみれ薬局が見える位置だった。


正美は満足そうに頷く。


「完璧。」


「すごいっすね……」


「当然。」


春彦は感心する。


正美は薬局を見ながら言った。


「裏口とかないわよね?」


「はい。」


春彦は即答した。


「あのドアだけっす。」


正美がジトッと見る。


「さすがよく知ってるわね。」


春彦の顔が固まる。


しまった。


言い過ぎた。


正美の目が細くなる。


「春彦くん?」


「はい。」


「もしかして……」


「はい。」


「しょっちゅう来てた?」


春彦は視線を逸らした。


「……」


「来てたのね。」


「……」


「来てたのね。」


「……毎日ではないっす。」


「毎日に近いのね。」


図星だった。


正美は呆れたように笑った。


「重いわねー。」


「やめてくださいよ……」


⸻


その時。


店員が注文を取りに来る。


「ご注文お決まりでしょうか?」


正美がメニューを閉じた。


「ドリンクバー二つで。」


「かしこまりました。」


店員が去る。


正美は立ち上がった。


「あんたから行きなさい。」


「え?」


「ドリンク。」


「一緒に行かないんすか?」


すると正美は真顔になった。


「何言ってんの?」


「え?」


「その間に彩子ちゃん出てきたらどうすんのよ?」


春彦は感動した。


「て、徹底してますね……」


「そんなの当たり前。」


正美は腕を組む。


「戦いなのよこれは。」


「戦い……」


「恋愛は戦争。」


「怖いっすね。」


⸻


結局。


交代でドリンクを取りに行くことになった。


春彦はカルピス。


正美はリンゴジュース。


二人は席へ戻る。


窓の向こうには変わらずすみれ薬局。


白衣姿の人影が見える。


彩子がいる。


それだけで春彦は少し安心した。


正美はストローをくわえながら言った。


「さ。」


春彦もカルピスを一口飲む。


「はい。」


「今から長くなるかもしれないわよ。」


窓の外では人が行き交う。


時計を見る。


20時まではまだ五時間以上ある。


「そ、そうっすね……」


春彦は苦笑した。


正美は椅子にもたれながらニヤリと笑う。


そしてリンゴジュースを一口飲み、


「じゃあさ……」


と言って、話を始める。

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