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願いが一つだけ叶うノートを手にした僕は、あのツンツンした薬剤師に使うべきか迷っている  作者: 播磨 颯太


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30.正美がくれたヒント

海の見えるレストラン。まだ夕方の光がガラス越しに柔らかく差し込み、海面がゆらゆらと銀色に揺れている。


春彦はグラスを拭く手を止め、意を決したように口を開いた。


「……あの、正美さん」


「んー?」


ナプキンを整えながら、正美は気の抜けた返事をする。


「僕……好きな人、います」


一瞬、空気が止まる。


正美の手がピタリと止まり、ゆっくりと顔を上げる。


「……はぁ?ちょっと待って。あんた前に聞いた時、“いません”って言ってたじゃない」


「すみません……その……」


春彦は目を逸らし、言葉を濁す。


正美はニヤリと笑う。


「いいじゃんいいじゃん、そういうの隠す感じ。で?で?その好きな人がどうしたの?どこの子?るり子?絵美?まさか常連さん?」


矢継ぎ早に飛んでくる質問に、春彦は完全に圧倒されている。


「い、いや……違います……」


「え、違うの?じゃあどこの誰よ」


春彦は喉を鳴らし、小さく言った。


「……薬剤師なんす」


「は?」


正美は一瞬きょとんとしたあと、すぐに納得したように頷く。


「あー、なるほどね。ここじゃないんだ。薬剤師ってことは社会人?年上でしょ?」


「……多分」


「どこの薬局?」


「すみれ薬局っす」


「あぁ、西元山の。で?名前は?」


「……彩子さんす」


正美の目が細くなる。


「へぇー。なんで名前知ってんの?」


「名札、してるんで……」


「あー、なるほどね」


正美は腕を組み、完全に恋バナモードに入った。


「で、その彩子ちゃんがどうしたの?」


春彦は一瞬ためらったが、観念したように話し始める。


「昨日……大原が、また行ったんっす。告白するって言って……」


「は?あのヤバい奴?」


「止めに入ったんすけど……オレ、殴られて……警察来て……大原、逮捕されて」


正美の表情が一気に変わる。


「ちょっと待って、それ大丈夫だったの?」


「はい……まあ……それで、今日薬局行ったら……」


春彦は視線を落とす。


「彩子さん、しばらく休むって……」


沈黙。


波の音だけが遠くに聞こえる。


正美は少しだけ眉をひそめた。


「……そうなんだ」


春彦は小さく頷く。


「連絡先とか知らないの?」


「いや……オレ、ただの客っすから……」


「え?じゃあほとんど喋ったことないの?」


「……ほぼ、ないです」


正美は思わず吹き出す。


「なにそれ!あんた意外にウブじゃん!」


春彦は何も言えず、ただ黙る。


正美はくるっと体を向け、軽く指を鳴らす。


「てかさ」


「……はい?」


「あんた、魔法のノート持ってるんでしょ?」


春彦の肩がピクッと動く。


「……覚えてたんすか」


「当たり前じゃん。あれで私、卓馬とデートできたんでしょ?」


軽い口調。だが春彦の中では全く軽くない。


「それ使えばいいじゃん」


正美は当然のように言う。


「付き合いたいって書けば一発でしょ?もう書いたの?」


春彦は首を横に振る。


「……ダメなんす」


「なんで?」


ストレートすぎる質問。


春彦は言葉を探しながら答える。


「その……その書き方だとダメなんです」


「は?なんでよ」


「4時間しか効かないんです。その書き方だと……4時間後に元に戻るんです」


正美は一瞬ぽかんとして、すぐに笑う。


「じゃあなんで私と卓馬はまだ付き合ってんの?」


「それは……正美さんは“デートにOKする”って書いたからです。OKした時点で成立してるから……」


「ふーん」


正美は納得したような、してないような顔で頷く。


「じゃああんたも同じように書けばいいじゃん」


「……それができないんです」


「なんで?」


春彦は苦しそうに言葉を吐き出す。


「僕と彩子さん、ほとんど関係ないんです……。そんな状態で付き合っても……すぐ終わると思うんです」


正美の言葉が脳裏に蘇る。


――順番があるのよ


「正美さん、言ってたじゃないっすか。順番があるって」


正美は少しだけ目を丸くする。


「……あんた、ちゃんと覚えてたんだ」


春彦は苦笑する。


「当たり前っす」


正美は肩をすくめる。


「まあ、なんか難しそうだね」


そして少し考えてから、ふっと言った。


「じゃあさ」


「……はい?」


「彩子ちゃんが春彦と“友達になるのOKする”って書けばいいじゃん」


春彦の思考が一瞬止まる。


「そこからでしょ?関係作るのって」


「……」


「いきなり付き合うんじゃなくて、まず仲良くなる。普通じゃん」


正美は軽く言っただけだった。


だが――


春彦の中で、何かがカチリと音を立てた。


これまでバラバラだったピースが、ゆっくりと噛み合っていく。


4時間という制限。


“起こる願い”と“状態の願い”の違い。


そして、人間関係の順序。


春彦の目が、静かに見開かれる。


「……そうか」


小さく呟く。


「……それだ」


正美はきょとんとする。


「え?なに?」


春彦は顔を上げる。


その瞳には、これまでにない確信が宿っていた。


「やり方、分かりました」

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