27.拒絶の悲鳴
大学通り 10:45
アスファルトの照り返しが、じわじわと足元から熱を伝えてくる。
大原はその熱を踏みつけるように、一直線に駅へ向かっていた。
「おい、大原!待てって!」
後ろから追いすがる春彦の声も、まるで雑音のように無視する。
「やめとけって言ってるだろ!警察にマークされてるんだろ!?」
「は?だからなんだよ」
大原は振り向きもせず、鼻で笑う。
「彩子がオレに惚れてるんだぞ? 警察がどうこう言う話じゃねえだろ」
その言葉に、春彦の背筋がゾワリと冷える。
(ダメだ…完全に信じてる…)
「それでも…!もしまた止められたらどうするんだよ!」
「大丈夫だって」
大原が立ち止まり、ようやく振り返る。
その顔は、確信に満ちた笑みだった。
「もう“書いた”んだよ。中嶋がな」
春彦の心臓がドクンと跳ねる。
「“彩子が大原を好きになる”ってな」
「……!」
「今ごろ彩子はさ、オレのこと考えてんだろうなぁ。来るの待ってんじゃねえの?」
その言い方があまりにも生々しくて、春彦は言葉を失う。
(もうダメだ…止まらない…)
「……なあ、ちょっと早いけどさ」
必死に言葉を絞り出す。
「今から昼飯でも行かないか?そんな急がなくても――」
「はぁ?」
大原があからさまに不機嫌な顔になる。
「なんでそんな遠回りすんだよ。今すぐ会いに行くに決まってんだろ」
「……っ」
「ウズウズしてたまんねえんだよ」
その一言に、春彦の説得は完全に切り裂かれた。
駅のホーム。
電車を待つ間も、春彦は食い下がる。
「なあ、本当にやめとけって…!」
「しつけえな、お前」
大原がちらりと横目で見る。
「なんでそんな止めるんだよ。もしかして彩子のこと知ってんのか?」
「……いや…別に…」
視線を逸らす春彦。
電車が滑り込んでくる。
ガタン、とドアが開く。
二人は乗り込む。
揺れる車内。
春彦はなおも食い下がる。
「もしまた警察いたらどうするんだよ!」
「だから言ってんだろ」
大原が吊り革を掴みながら、ニヤリと笑う。
「両者合意なんだよ。なんで逮捕なんだよ」
その言葉は、完全に理屈を失っていた。
(ダメだ…もう止められない…)
一西元山駅。
あっという間に到着する。
ホームに降りた瞬間、大原は歩き出す。
すぐ先に見える看板。
——すみれ薬局。
「待てって!」
春彦が腕を掴む。
「やめろ、大原!」
「離せよ!」
ドンッ——!
乱暴に振り払われた瞬間、春彦の体が宙を浮く。
そのままアスファルトに叩きつけられる。
「ぐっ…!」
視界が揺れる。
耳鳴り。
その間に、大原はもう薬局の中へ入っていく。
「……っ」
倒れたまま、春彦は必死に顔を上げる。
ガラス越しの店内。
白衣の彩子が、カウンターに立っている。
いつも通りの無機質な表情。
「こんにちは。処方箋とお薬手帳をお願いします」
まだ、大原だと気づいていない。
(間に合わなかった……)
胸の奥が、ずしりと沈む。
大原はゆっくりと歩み寄る。
口元に浮かぶ、歪んだ笑み。
(やめろ…やめてくれ…)
彩子が顔を上げる。
処方箋を出さない客に、わずかに眉をひそめる。
そして——
目が合う。
その瞬間。
大原は、満面の笑みで口を開いた。
「やあ、彩子」
まるで、恋人に再会したかのような声音。
春彦の心臓が凍りつく。
(終わった……)
——次の瞬間。
「いやーーーっ!!」
店内に響き渡る、鋭い悲鳴。
ガラス越しでもビリビリと伝わるその拒絶。
大原の笑みが、凍りついた。




