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願いが一つだけ叶うノートを手にした僕は、あのツンツンした薬剤師に使うべきか迷っている  作者: 播磨 颯太


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26. 書かれてしまった地獄

ざわつく廊下。

チャイムが鳴り終わった直後の、一限と二限の合間――10時30分。


春彦は足早に教室へ向かっていた。


(……最悪のタイミングだ)


頭の中には、さっきまでのすみれ薬局の光景が焼き付いている。

彩子の声、視線、あの「この間は……ありがとうございました」。


胸の奥がまだ熱いままなのに――


(大原の“彩子のこと”って……絶対ろくでもない)


教室のドアを開ける。


ガラッ――


その瞬間。


「おーい春彦!」


手を大きく振る男。


大原。


まるで最初から待っていたかのように、ニヤついている。


(……やっぱりか)


春彦は渋い顔のまま近づく。


「何だよ、そんな呼び出して」


「いやさ、この前の話なんだけどよ」


大原は椅子にふんぞり返りながら話し始める。


「彩子のとこ行こうとしたらさ、店入る前に警察に止められてよ」


「……へえ」


春彦は表情を崩さない。


(……それオレが通報したやつだろ)


「でさ、職質されて任意同行よ。マジ意味わかんねえ」


大原は肩をすくめる。


「結局なんも出てこねえから帰されたけどな。でも絶対マークされてるわ、俺」


「そ、そうかよ……」


適当に相槌を打つ春彦。


「てかさ、なんであのタイミングで張ってたんだろうな?」


大原の目が細くなる。


「……春彦、お前通報した?」


一瞬、空気が止まる。


春彦は即座に首を振る。


「してねえって」


「だよなぁ」


大原はあっさり引く。


だがその時――


「わりい遅くなった」


ガチャッとドアが開き、もう一人の男が入ってくる。


競馬新聞を片手に、耳には赤鉛筆。


中嶋。


「おう」


大原が軽く手を上げる。


中嶋は席に腰を下ろしながら、春彦をちらっと見る。


その瞬間――


大原が口元を歪めた。


「なあ春彦」


嫌な予感。


「あのノート、まだあるよな?」


春彦の心臓が跳ねる。


「……まあ……」


歯切れが悪くなる。


「この前さ、からあげクン食いてえって書いたら当たったじゃん?」


「……たまたまだろ」


「でもよ、やっぱ関係ある気がすんだよなあ」


ニヤニヤと笑う大原。


「いや、次に書いた願いは叶わなかっただろ」


春彦は言う。


「彩子と付き合いたい、ってやつ」


(……一人一回だからな)


だが、それは言えない。


「ふーん」


そのやり取りを聞いていた中嶋が口を挟む。


「何の話だ?」


春彦は黙る。


だが――


大原が嬉しそうに口を開く。


「魔法のノートだよ」


「は?」


中嶋は半笑い。


「またそれかよ、バカバカしい」


「じゃあさ」


大原が身を乗り出す。


「お前が俺の願い叶えてくれねえ?」


春彦の背筋に冷たいものが走る。


(……やめろ)


「何だよそれ?」


中嶋は興味半分。


「このノートさ、一回目は叶うけど二回目以降はダメなんじゃねえかって思ってんだよ」


春彦の心臓が一瞬止まる。


(……こいつ……)


「だからさ、まだ書いたことないお前が書けば叶うんじゃねえか?」


「は?」


「“彩子が俺を好きになる”って書けよ」


教室の空気が一瞬凍る。


春彦の視界が歪む。


(やめろ……)


「彩子って誰だよ」


中嶋が呆れたように言う。


「俺のお気に入りの薬剤師。ちょっと生意気でさ」


ニヤつく大原。


「お前別に信じてねえんだろ?何書いてもいいじゃん」


「まあな」


中嶋は肩をすくめる。


「いいじゃねえか、やってやるよ」


(やめろ!!)


春彦の喉まで出かかった叫び。


だが出ない。


「ノート貸せよ」


大原が手を出す。


「……今、持ってない」


咄嗟に嘘をつく。


だが――


「ウソつけよ」


大原が笑う。


「カバンから見えてんぞ」


視線が刺さる。


確かに、ノートの端がわずかに覗いている。


「別に偶然なんだろ?いいじゃねえか」


じりじりと詰め寄る。


春彦は必死に言葉を探す。


「お、お前が言うには一回しか叶わないんだろ?そんな無駄遣いすんなよ」


「別にいいだろ」


中嶋が笑う。


「面白そうだし」


(……くそ……)


「貸せよ」


大原の声が低くなる。


その目の奥に、焦りと執着が見える。


(ここで拒否したら……)


頭に浮かぶ最悪の展開。


暴れる大原。

直接彩子に向かう大原。


「……っ」


恐怖が、判断を鈍らせる。


ゆっくりと――


カバンに手を入れる。


ノートを取り出す。


「……すぐ返せよ」


かすれた声。


「おう」


大原が笑う。


中嶋が赤鉛筆を耳から外す。


そして――


ノートを開く。


「えーっと……」


迷いなく書き始める。


シャッ、シャッ――


その音がやけに大きく響く。


「……これでいいか?」


ノートを見せる。


そこには――


「彩子が大原を好きになる」


「……ああ」


大原が満足げに頷く。


春彦の視界が暗くなる。


(……終わった)


「よし」


大原は立ち上がる。


「おい授業始まるぞ」


中嶋が言う。


「そんなもん受けてる場合かよ」


大原は笑う。


教室の出口へ向かう。


「おい!どこ行くんだ!?」


思わず叫ぶ春彦。


大原が立ち止まる。


ゆっくり振り返る。


そして――


ニヤリと笑う。


「すみれ薬局だ」


その一言が、春彦の心臓を強く締め付けた。

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