↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
願いが一つだけ叶うノートを手にした僕は、あのツンツンした薬剤師に使うべきか迷っている  作者: 播磨 颯太


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/47

16.堀田の願い

朝のざわめきがまだ完全に立ち上がりきっていない講義室。カーテンの隙間から差し込む淡い光が、長机の上に斜めの影を落としている。時計は九時を少し回ったところ。人のまばらな空間に、紙をめくる音や椅子の軋みが乾いた空気に溶けていた。


その一角、窓際の席に春彦は座っていた。頬杖をつき、ぼんやりと前を見つめているが、頭の中は静かではない。


——あのノート。


カバンの中にあるそれの存在が、まるで心臓の鼓動と同調するかのように意識を占領していた。

一回だけ叶う願い。しかも——最初の一つだけ。


検証はまだ足りない。だが、確信に近い感覚がある。

それでも——まだ決定打が欲しい。


その時だった。


「よぉ、春彦。探したぞ」


不自然なくらい明るい声。振り向かなくても誰か分かる。


春彦はゆっくり顔を上げる。


「……堀田か」


そこには、妙に取り繕った笑顔の堀田が立っていた。普段この授業に顔を出さない男が、教科書も持たずに立っている時点で——理由は一つしかない。


「いやー、たまには出とこうと思ってさ」


白々しい。


春彦は短く息を吐き、「ふーん」とだけ返した。


堀田は隣の席に腰を下ろす。椅子がギシリと音を立てた。


しばらく、どうでもいい話が続く。天気の話、単位の話、誰が来てないとか——。だがどれも、本題を避けているだけの薄っぺらい会話だ。


春彦は内心で舌打ちする。


——さっさと言えよ。


だがあえて口には出さない。こちらから話題を振る気はない。


沈黙が訪れる。


空気が、じわりと重くなる。


堀田がチラリと春彦の顔を窺う。視線が泳いでいる。


そして——


「……あのさ、昨日言ってたやつなんだけど」


来た。


春彦はわざと首を傾げる。


「昨日?何の話だよ」


「いやだから……ノートだよ、願いが叶うってやつ」


「あぁ……あれか」


わざとらしく思い出したふりをする春彦。その態度に、堀田は一瞬だけ苛立ちを見せたが、すぐに引っ込めた。


「持ってきてくれたのか?」


その声には、抑えきれない期待が混じっている。


春彦は少し間を置いてから、ゆっくりと頷いた。


「まぁな」


そしてカバンを開け、ノートの端をほんの少しだけ覗かせる。


堀田の目が、一瞬で食いついた。


「お、おい……それなのか?!見せてくれよ」


「今はダメだ」


ピシャリと言い切る。


堀田は一瞬言葉に詰まり、「なんでだよ」と不満げに言う。


春彦は視線を細めた。


「で、何に使うつもりなんだよ」


核心。


堀田は一瞬だけ周囲を気にし、身体を寄せてきた。


「……耳貸せ」


春彦は少しだけ顔を近づける。


堀田の声が、ひそひそとした湿った音で耳に落ちる。


「女だ」


その一言。


——ドクン。


春彦の心臓が、嫌な音を立てた。


まさか。


脳裏に浮かぶのは、あの薬局の白衣の女。

鋭い目つき、無愛想な声、だがどこか引っかかる存在——彩子。


(……まさか、こいつもか?)


春彦の喉が、わずかに乾く。


「女関係でも叶うのか?」


堀田が続ける。


「知るかよ」


即答。


だが内心は違う。


——叶っている。


雨が止んだ。

世界平和(結果はまだ不明だが)。

満塁ホームラン。

アライグマラクーンの1着。


全部、現実になっている。


堀田はさらに顔を近づける。


「奈津子って知ってるか?」


春彦は一瞬だけ目を見開く。


「ああ……知ってる」


学部でも有名な美人。

誰もが遠巻きに見るだけの存在。


「俺さ……あいつと付き合いてぇんだよ」


ニヤリと歪んだ笑み。


春彦の背筋に、ぞわりと寒気が走る。


(……こいつが?奈津子と?)


あり得ない。だが——


もし叶ったら?


その瞬間、思考が別の方向へ跳ねる。


——もし四時間経っても続いたら?


——もし本当に関係が成立したら?


それはつまり——


彩子にも使える。


春彦の喉が、ごくりと鳴った。


だが同時に、強い嫌悪も湧き上がる。


(こんなやつが奈津子と……ふざけんな)


そしてもう一つ。


——四時間後。


魔法が解けたように、関係が消えるのか。

それとも——


残るのか。


ここが、最大の分岐点だ。


春彦は低く言った。


「いいか、もし何も起きなくてもオレを恨むな」


堀田はうんうんと頷く。


「それと、このノートのこと、誰にも言うな」


「分かってるって!」


だがその顔は、まるで子供が宝物を前にした時のように緩みきっている。

今にもよだれを垂らしそうな勢いだ。


「早く貸してくれよ」


食い気味に迫る声。


春彦は一瞬だけ躊躇する。


——ここで貸すのか?


だが。


これは実験だ。


そして——チャンスでもある。


春彦はゆっくりとカバンに手を入れた。


指先が、ノートの表紙に触れる。


その感触は、妙に冷たかった。


静かに、ノートを取り出す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最後までお読みいただきありがとうございました! ブクマ・ポイント評価お願いしまします!

前作もぜひお読みください!

占いの館で彼女を奪われ、異世界で王族の婚約者にされたので、僕は必ず取り戻す

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。