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願いが一つだけ叶うノートを手にした僕は、あのツンツンした薬剤師に使うべきか迷っている  作者: 播磨 颯太


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12/14

12.大原の暴走

11:30。すみれ薬局の前。


春彦は、息を切らしながら立ち止まった。


「……っ、は……は……」


胸が上下する。喉が焼けるように熱い。


(……間に合ったか)


ガラス越しに中を覗く。


——いない。


大原の姿は、まだない。


「……よかった」


安堵が漏れる。


(……さすがにオレの方が早い)


ここまでほとんど走ってきた。


額の汗を拭う。


だが——


(……中、入れねえ)


すみれ薬局は処方箋薬局。


処方箋がなければ、自然に入る理由がない。


(……不審者になる)


舌打ちしたい気分を抑える。


周囲を見渡す。


そして——


建物の影に身を滑り込ませる。


「……ここか」


外から、斜めに中が見える位置。


身を隠しながら、じっと覗く。


(……どこだ)


目を凝らす。


その時——


いた。


カウンターの奥。


立ったまま、パソコンの画面を見ている。


白衣。


マスク。


そして——


あの目。


「……」


ドクン、と心臓が鳴る。


(……彩子)


無意識に、息が浅くなる。


マスクで顔は隠れている。


それでも——


(……分かる)


あの、少し鋭い目つき。


淡々とした動き。


(……やっぱり……)


春彦は、自覚する。


確実に惹かれている。


目が離せない。


時間がゆっくりになる。


——その時。


「……来た」


遠くから、見慣れたシルエット。


大原だ。


ニヤけた顔で、まっすぐ歩いてくる。


(……あいつ)


(……本気かよ)


春彦の胸に、不安が広がる。


(……ノートは効かない)


(……一回目は終わってる)


理屈では分かっている。


だが——


(……もし)


嫌な想像がよぎる。


(……普通にOKされたら?)


心臓が、嫌な音を立てる。


「……いや、ない」


小さく否定する。


(……いきなり来たやつに告白されて)


(……OKするわけねえだろ)


まして——


(……大原だぞ)


太っていて、見た目も冴えない。


(……大丈夫だ)


自分に言い聞かせる。


だが——


一抹の不安が、消えない。


大原が、自動ドアの前に立つ。


ウィーン、と音がして扉が開く。


中へ入っていく。


春彦は息を止める。


(……来た)


店内。


彩子が、パソコンの操作を止める。


顔を上げる。


来客を認識する。


カウンター越しに、大原に向き直る。


口が動く。


(……処方箋と、お薬手帳……って言ってるな)


いつもの流れ。


だが——


大原は、何も出さない。


口を開く。


何かを言う。


彩子が、少し首を傾げる。


「……?」


聞き返しているようだ。


大原が、もう一度話す。


身振りを交えて。


その瞬間——


彩子の表情が、変わる。


眉がわずかに寄る。


片手をひらひらと振る。


(……断ってる)


はっきり分かる。


大原は、まだ食い下がる。


口を動かす。


一歩、前に出る。


その瞬間——


彩子が、後ずさる。


「……」


春彦の心臓が、強く鳴る。


(……やめろ)


空気が張り詰める。


奥から、別の人影が出てくる。


男性薬剤師。


彩子が、何かを言う。


少し早口で。


そして——


大原を指さす。


怪訝な顔。


男性薬剤師が、大原に向き直る。


低く、何かを言う。


注意しているような口調。


彩子は、そのまま奥へ下がる。


距離を取る。


(……終わりだ)


状況は明らかだった。


告白。


そして——


拒絶。


さらに——


しつこさに警戒。


春彦の胸から、力が抜ける。


「……はあ……」


大きく息を吐く。


(……よかった)


心の底から思う。


(……当たり前だ)


(……あんなの、通るわけない)


店内では、男性薬剤師と大原が話している。


大原は、不満そうな顔。


だが、やがて——


諦めたように肩を落とす。


そのまま、踵を返す。


自動ドアが開く。


外へ出てくる。


その顔は——


露骨に不機嫌。


春彦は、影に身を隠す。


気づかれないように。


大原はそのまま歩きながら、スマホを取り出す。


何かを操作している。


その瞬間——


ブブッ。


春彦のポケットが震える。


「……っ」


スマホを取り出す。


画面を見る。


大原からのLINE。


——“おい 上手くいかなかったぞ”


(……そりゃな)


春彦は、少しだけ口元を歪める。


すぐに打つ。


——“残念だったな。からあげクンはたまたまだって分かっただろ”


送信。


数秒後。


既読。


そして——


返信。


「……」


画面を見る。


その文字を見た瞬間——


背筋が凍った。


——“オレは諦めない。絶対に彩子を落とす。”


「……は?」


思わず声が漏れる。


(……マジかよ)


鼓動が、ドクンと強く鳴る。


(……やめろよ)


さっきの光景が蘇る。


後ずさる彩子。


距離を取る仕草。


(……あれで分かんねえのかよ)


だが——


大原は本気だ。


完全にスイッチが入っている。


春彦の手が、わずかに震える。


(……これ)


(……まずいぞ)


ノートの問題じゃない。


現実の問題。


(……あいつ、何回でも行く気だ)


視線を上げる。


大原の背中が遠ざかっていく。


その背中が——


妙に、大きく見えた。

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