3.サバイバルで必要なものはと聞かれたら真っ先に出るのは水
腹が、減った。
亜空間の中で得た精神的な充足感は、現実に戻った瞬間に肉体の悲鳴にかき消される。喉もカラカラだ。
まずは水だ。
幸い、すぐに岩間を流れる澄んだ小川を見つけることができた。両手で水をすくい、夢中で喉を潤す。生き返る心地だった。
だが、問題はこの貴重な水をどうやって持ち運ぶかだ。
(そうだ、亜空間で……)
俺は閃き、亜空間の中に水瓶をイメージして創り出した。不格好だが、十分な量の水が入りそうだ。これを外に持ち出して水を汲めば……。
しかし、俺の期待は裏切られた。水瓶を抱えてゲートの外に出た瞬間、それは砂のようにサラサラと崩れ、跡形もなく消えてしまった。
「……そうか。ダメなんだな」
亜空間で創ったものは、外の世界では存在できない。これで、この能力の重要な制約を、身をもって理解した。
俺は気を取り直し、現実世界に生えていた大きめの丈夫な葉を器代わりにして水を汲み、それを慎重に亜空間の中へと運び込む。亜空間の中では時間は止まる。これで、いつでも新鮮な水が飲めるようになった。
次に、食料だ。
森を歩き回り、木の実やキノコを探すが、毒が怖くて手が出せない。
その時、ガサリと近くの茂みが揺れ、一羽の兎が飛び出してきた。茶色い毛並みの、すばしっこいやつだ。俺の存在に気づき、ピタリと動きを止めてこちらを警戒している。
――あれなら、食える。
本能がそう告げていた。だが、どうやって?
一瞬、亜空間から石でも落とそうかという考えが頭をよぎる。
だが、すぐにその考えを打ち消した。この力は、あくまで『俺だけの世界』を創る能力だ。そこでイメージしただけの石が、外の現実世界で物理的な意味を持つとは思えない。
(……外で使うなら、外にあるもので、なんとかするしかない)
俺は、村の猟師がやっていたのを遠巻きに見た記憶を、必死で手繰り寄せる。そうだ、罠だ。
俺は兎を驚かせないよう、ゆっくりとその場を離れた。そして、丈夫そうな蔦と、しなりの良い木の枝を探し始める。
作り方は、うろ覚えだ。それでも、見よう見まねで、簡単な輪っかの罠を仕掛ける。兎が通りそうな獣道を選び、慎重に設置した。
問題は、ここからどうやって兎を追い込むか、そして罠にかかるまでどうやって待つかだ。俺が近くに潜んでいれば、警戒して近づいてこないだろう。
そこで、俺は亜空間を使った。
罠を仕掛けた場所から少し離れた木の陰に隠れ、目の前にごく小さなゲートを開く。指一本ほどの、闇に紛れれば誰にも気づかれないような小さな「覗き穴」だ。
そして俺は、亜空間という絶対安全な観測所から、罠の様子をじっと窺うことにした。
時間はかかった。だが、亜空間の中では退屈も、寒さも感じない。
やがて、先ほどの兎がぴょこぴょこと獣道に姿を現した。俺は息を殺して見守る。
兎は、俺が仕掛けた輪っかに気づかず、その上を通り過ぎようとする。
――今だ!
俺が遠くに投げ置いておいた石と、木の枝を結びつけておいた蔦が、兎の足に絡みつき、枝の反動で宙に吊り上げる!
「ピィィッ!」
兎は甲高い悲鳴を上げて暴れるが、もう遅い。
俺は亜空間から飛び出し、暴れる兎を仕留めた。
命を奪ったことに胸が少し痛んだが、すぐに「生きるためだ」と自分に言い聞かせる。
幸い、村を追放された時に唯一持たされていた、父の形見の小さなナイフがある。
これを使って、兎を解体する。見よう見まねの、ひどい出来だった。それでも、なんとか食えるだけの肉を確保し、火をおこして枝に刺して炙る。
やがて、肉の焼ける香ばしい匂いが立ち上った。
塩も何もない、ただ焼いただけの肉。それでも、俺が生まれて初めて、自分の知恵と力だけで手に入れた食事だった。
一口かぶりつく。硬くて、少し泥臭い。
だけど、涙が出るほど、美味しかった。
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