2.サバイバルのスタート
光だ。
俺が「欲しい」と願って生まれた、温かい光。
この何もない暗闇の中で、それは太陽よりも、月よりも、何よりも明るく見えた。
だが、感動に浸っていられる時間は短かった。すぐに、肺が悲鳴を上げる。
(そっか……空気がないんだ……)
慌てて俺は、再び亀裂の外――現実の世界へと転がり出た。
「げほっ、ごほっ! はぁ……はぁ……」
冷たい空気が肺に流れ込み、激しく咳き込む。なんて様だ。せっかく手に入れた絶対安全の聖域は、息もできない死の世界だったなんて。
これじゃあ、ただの息継ぎができるだけの隠れ場所に過ぎない。これでは、この先の夜を越せない。
……いや、待てよ。
俺は、暗闇の中で光を思い浮かべた。そしたら、光が生まれた。
なら。
(――空気が、欲しい)
もう一度、息を大きく吸い込み、覚悟を決めて亀裂をくぐる。
そして、光に照らされた虚無の中で、強く、強くイメージする。
ただ「空気」と願うだけじゃない。もっと具体的に。森の、雨上がりの澄んだ空気。それを吸い込んだ時の、肺が満たされる感覚。生きている、という実感。
すると。
何もなかった空間に、ふわりと何かが満ちる感覚があった。気のせいか? いや、違う。
おそるおそる、止めていた息を吐き出し、ゆっくりと吸い込んでみる。
「――すぅ……はぁ……」
空気が、ある。
俺が今、吸っているのは、間違いなく空気だ。
膝から崩れ落ちそうになるのを、必死でこらえる。やった。やったんだ! これで、この中で生きていける!
次に俺が望んだのは、「地面」だった。
上下左右も分からないこの空間は、どうにも足元がおぼつかない。硬い、石の床をイメージする。すると、足元にざらりとした感触が生まれ、灰色の岩盤が俺の体を支えてくれた。広さは、村の俺の小屋――いや、物置と呼ぶべきだったあの部屋より、少し広いくらいか。
光と空気と、足場。
それだけだったが、もうそこはただの虚無ではなかった。俺だけの部屋だった。
入り口の亀裂から森を覗くと、木々を揺らす風の音と、獣の唸り声が聞こえてくる。だが、この中にいれば何も聞こえない。何も感じない。
「……安全だ……」
心の底から、安堵のため息が漏れた。
一日中、蔑まれ、追われ、怯え続けていた精神は、もう限界だった。
俺は最後に、眠るための寝床をイメージした。ふかふかの干し草を積み上げた、簡易的なベッド。それが目の前に現れると、俺は倒れ込むように体を横たえた。
不思議な感覚だった。体は疲れ切っているはずなのに、空腹は感じない。ただ、心が安らいでいく。
これが、俺だけの世界。俺だけの、城。
*
どれくらい眠ったのだろう。
目を開けると、オレンジ色の光が相変わらず俺を照らしてくれていた。人生で初めて、何にも怯えることなく眠れた気がする。
寝床から起き上がり、大きく伸びをする。最高の気分だ。
だが、ゲートをくぐって森へ一歩踏み出した瞬間、現実が俺に牙を剥いた。
「ぐぅ……」
腹の虫が、情けない声を上げる。強烈な空腹感。そうだ、俺は昨日から何も食べていない。
亜空間の中で感じなかったのは、あの空間が俺の肉体ではなく、イメージに作用するからだろうか。
どうやらこの能力は、万能ではないらしい。
安全な寝床は手に入れた。だが、生きていくための食料は、この危険な森で、自力で手に入れなければならない。
俺は、背後の空間に浮かぶ自室を振り返る。そして、ゲートを閉じることをイメージした。
すると、黒い亀裂はすぅっと音もなく消え、そこにはただの森の景色があるだけになった。
これなら、誰にも見つからない。
俺は、追放された村に背を向けた。
もう振り返らない。俺には、帰る場所も、帰りたい場所もない。
進むべきは、前だけだ。
まずは、水と、何か食べられるものを探そう。
この世界で生き抜くために。そして、いつかたどり着くであろう、まだ見ぬ新しい街のために。
俺の、本当のサバイバルが始まった。
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