4.探求
兎の肉を食べ、最低限の空腹を満たした俺は、亜空間の中へと戻っていた。
光と空気、地面。そして、外から持ち込んだ『本物』の兎の肉と、葉に汲んだ水。
この場所は、間違いなく俺だけの聖域だ。だが、この能力について、俺はまだほとんど何も知らない。
(……もっと、知る必要がある)
この森を抜け、街へ向かう前に。
俺は、自分の能力の限界と、その可能性を探ることにした。
最初の実験は、昨日失敗した「創造」の応用だ。
兎を解体する時、父の形見のナイフでうっかり指を切ってしまった。浅い傷だが、じんわりと血が滲んで痛む。
俺は亜空間の中で、村の薬師が使っていた「傷薬」をイメージした。緑色の、どろりとした軟膏。
それは、イメージ通りに俺の手のひらに現れた。
(創ったものは、外に出せば消える。だけど……)
もし、外に出るのが「俺自身」だけだったら?
俺は、創り出したその傷薬を、現実の指の傷にたっぷりと塗り込んだ。ひんやりとした感覚が心地いい。
そして、薬を塗ったまま、ゲートの外へと足を踏み出す。
予想通り、指に塗られていたはずの薬は、外に出た瞬間に光の粒となって消え失せた。
だが――
「……治ってる」
驚愕の声を抑えられなかった。さっきまで血が滲んでいたはずの傷が、跡形もなく塞がっている。
亜空間で創った薬は消えた。だが、その薬によって『治療された俺の体』という結果は、現実の世界に残った。
(……つまり、俺自身への効果は、永続するんだ!)
精神的な休息だけじゃない。怪我をしても、この中でイメージの薬を使えば一瞬で治せる。
これは、とんでもない発見だった。
次に試したのは「鍵」だ。
俺はこの亜空間を、他人と共有できるんだろうか?
俺は、村の門の鍵をイメージして、手のひらに創り出した。鉄の、ごつごつした鍵。
(……これは、俺だけのものだ)
直感で理解できた。これは、俺の魂そのものと繋がっている「マスターキー」だ。誰にも渡せないし、複製もできない。
(なら、これはどうだ?)
次に、薄い石版のような「カード」をイメージする。
「誰でも、この空間に入れるカード」
それをイメージして創り出し、試しにゲートの外の地面に置いてみた。
そして、俺はゲートを閉じ、そこから数十メートル離れる。
(――戻れ)
カードのことを強くイメージした瞬間、俺の体は亜空間の中へと引き戻されていた。
「……成功だ!」
これなら、仲間ができた時に渡せるかもしれない。「エンターキー」と名付けよう。
(じゃあ、特定の場所でしか使えない鍵は?)
もう一枚カードを創り、今度は「あの兎を狩った、罠の木のそばでしか使えない」と強く念じる。
「ロックキー」だ。
離れた場所でイメージしても、何も起こらない。だが、例の木のそばまで行ってカードを握りしめると、昨日と同じように亜空間へと入ることができた。
完璧だ。
これで、俺の能力の基本的なルールは全て把握した。
それはさておきと。
準備は万端だ。俺は亜空間に保管していた『本物』の兎の肉と水を平らげ、体力を回復させる。
そして、忌み子の証である紋章を隠すため、服の袖を深く引き下げた。
目指すは、森の向こう側にあるはずの、まだ見ぬ街。
森の中を、慎重に進む。
昨日までは、獣の遠吠えに怯えるだけだった。だが、今は違う。
いつでも逃げ込める「家」が、俺と共にある。
道中、茂みの奥から、明らかに兎などとは比べ物にならない、低い唸り声が聞こえた。
ゴブリンか、あるいはオークか。
俺は、迷わなかった。
戦う必要など、まったくない。
俺は即座に目の前にゲートを開き、その中へと音もなく姿を消す。
ゲートの隙間から、外の様子を窺う。
現れたのは、棍棒を持った二体のゴブリンだった。彼らは、獲物の気配が突然消えたことに戸惑い、きょろきょろと辺りを見回している。
だが、俺を見つけることは絶対にできない。
俺は、亜空間の中でそっと息を潜め、奴らが諦めてどこかへ行くまで、静かに待ち続けた。
この力は、戦うための力じゃない。
生き抜くための、力だ。
ゴブリンの気配が完全に消えたことを確認し、俺は再び森の中へと歩き出した。
街は、もうすぐのはずだ。
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