「四人目の長男の話」・2
ぼくのお兄ちゃんが消えてから、色んなことが、ぜんぶ変わった。
父さんはぼくに、「……お前には、自動車調律師の家業を継いでもらう……」って言って、黙々とぼくに、車のメンテナンス技術を教えてくれるようになった。
母さんはぼくに、「お勉強するなら、この部屋を使いなさい」って言って、今までお兄ちゃんが使ってた、地下の自宅用避難室を使わせてくれるようになった。
でも、ぼくが十歳のとき――事故みたいなきっかけで、ぼくは三人のお兄ちゃんたちと、再会した。
***
母さんは「あそこに使えそうなものがあったら、好きに使っていいわよ」って言って、倉庫部屋の片付けを、ぼくに頼んできた。
「わっ……! す、すっごい埃……」
扉を開けた瞬間、ぼくはクシャミが止まらなくなった。
倉庫部屋に入るのって、これが初めてだ。
埃が晴れて、真っ先に見えたのはーー。
「お兄、ちゃん……?」
お兄ちゃんが大事に集めてた、お菓子の包装紙コレクションだ。
あのとき消えたお兄ちゃんのものが、ぜんぶ、ここにあった。
それを見てーーなんだか、おかしくて、笑っちゃった。
だって、お兄ちゃんが集めてた包装紙って、だいたい決まって、二枚一組になってるって、気づいたんだ。
「ははっ、そういうことだったんだね……だからお兄ちゃん、いつもぼくの嘘を、見逃してくれたんだ……」
ぼくの手の上に、ぽつりと、涙が落ちた。
「だってぼく、甘いもの、そんなに好きじゃなかったから……お兄ちゃんが食べたかったら、いくらでもあげるよって……よく……譲ってたっけ……」
――エイダン、見逃してやる代わりに、ボクによこすんだ!
ぼくは鼻をすすって、倉庫部屋を見上げた。
懐かしいな。大好きだったお兄ちゃんのものが、色々山積みにされてる。
そういうものを整理していくと、まるでもう会えないお兄ちゃんたちが、黙って自己紹介してるような気がした。
三番目のお兄ちゃんは、たまにしか買ってもらえなかった甘いお菓子が、本当に好きだったんだね。
その奥の靴箱からは、泥まみれのシューズがでてきた。ぼくが物心つく前にいなくなった、二番目のお兄ちゃんのものだ。サッカーっていうスポーツで遊ぶのが、楽しくて仕方なかったんだろうなあ。
一度も会ったことがない、一番目のお兄ちゃんは……。
色々なものが山積みになってるけど、重たいダンボールを押しのけて、隙間から手を伸ばしてみた。
一番奥から、ぼくにとって一番目のお兄ちゃんが大好きだった品が、ようやく出てきた。
箱からホコリを払ってみると――美しい流線形のフォルムが、チラッと見えた。
ぼくは慌てて、箱に分厚く積もってるホコリを、全部取り払った。
箱に描かれた絵をひと目見た瞬間――ぼくは、胸が熱くなるのを感じた。
この箱って、組み立て前の、飛行機模型のキットだ!
これが、空を飛ぶために設計された、飛行機っていう機械なんだ。一番目のお兄ちゃんは、きっとこれに夢中になってたんだ。
動く車なんかより、ずっとずっとかっこいい。車は地面しか走れないけど、飛行機なら、大空を羽ばたいて、山を越えて、海をまたいで……。
この世界のどこにだって、自由に飛んでいけるんだ!
母さんは、ここにあるものは、好きに使っていいって言ってた。
こんなに胸がドキドキするのは初めてだ!
***
ぼくは箱を抱きしめて、物置部屋を飛び出した。
すると、部屋の外に立ってた母さんにぶつかっちゃった。
「あははっ、母さん、見てくれ! これって――」
ぼくはさっそく、飛行機模型を自慢しようって思った。
でも母さんは、箱を乱暴に取り上げると――ためらわず、踏み潰した。
「……え……?」
母さんは、何度も、執拗に、飛行機模型が入ってる箱を踏み躙ってる。
「か、母さん……?」
ぼくは腕を掴まれて、目の前のセーフ・ルームへ引きずり込まれた。
母さんはセーフ・ルームのドアを閉めたとたん、ぼくの肩を掴んで、目を真っ赤にして、
「お母さんが、なぜこれほど怒っているか、分かりますか?」
って訊いてきた。
ぼくは、どうして母さんが怒ってるのか、ちっともわからなかった。
だって、ぼくが好きに使っていいはずの倉庫部屋から見つけてきたんだ。好きに使っていいはずの休み時間に作ろうと思った。それを完成させたら、ぼくが好きに使っていいはずのセーフ・ルームに飾って眺めたいだけだった。
母さんは、必死に言い訳してるぼくを見て、「しょうもない」ってため息をついた。
ぼくは必死に頭を使って、考えに考えて、母さんが怒ってる理由を答えてみた。
***
結局、六時間かかっても、正解は分からなかった。
最後はもう疲れ果てて、「ごめんなさい、分からなくてごめんなさい」って、大泣きして謝り倒した。
母さんは優しいから、ぼくが色んなことを約束できるなら許すって言ってくれた。
でも、母さんはぼくを許すって言ってくれたけど……セーフ・ルームを出ていくとき、寿命代理店のパンフレットを切り抜いて、ドアの内側に貼り付けていった。
「教育費の総決算! 六歳〜十六歳までの寿命、高価買取キャンペーン実施中!」
それを読んだ瞬間――涙が止まった。
早く、早く母さんに、証明しなきゃ。
ぼくはしょうもない子じゃないって、証明しなきゃ。
***
ちょうど次の日の学校で、イヴァノフの街に、転校生がやってきた。
ぼくは率先して手を挙げて、ハキハキと先生に言った。
「ハイっ! 『転校生お世話係』なら、ぼくが立候補します!」
するとクラスメイトが――何人かチラッとぼくを見た。
どこからともなく、「あーあ、またエイダンが点数稼ぎしてる」って、クスクス笑ってるのが聞こえる。そのクスクス笑いが、伝染病みたいに、クラス中に広がっていく。
けどぼくは、それでちっとも構わない。
だって、母さんにしょうもない子じゃないって証明しなきゃ、すぐにでもぼくの人生は、終わっちゃうんだ。
ぼくの次には、まだ、妹のニーナがいる。
ぼくがいなくなっても、きっとニーナが五番目の長男になってくれるから、父さんと母さんは、ちっとも困らないんだ。
***
その日の放課後、イヴァノフには相変わらず、長雨が続いてた。授業が終わると、外はどんよりと夜みたいに薄暗くなってる。
さて、放課後になったし、転校生にさっそく木造校舎を紹介してまわらなきゃ。
「さ、行こっかラウルくん! 最初はまず、図書館の案内だ!」
ぼくが意気揚々と手を引いて渡り廊下を歩いてると、ラウルくんは、急にボソッと言ってきた。
「……あーいうの、気にしない方がいいぜ」
「え?」
「点数稼ぎがどうのこうのって……」
転校生は不機嫌そうに、「あいつらガキかよ、人助け、サボってる方が賢いって……」って、皆んなへの文句なのかぼくへのフォローなのか、よくわかんないテンションでつぶやいた。
けど、ぼくはいつも通り、平気な顔してニコッと笑っておいた。
「ははっ、もちろん! ぼくは全然、気にしてないよ!」
「あっそ。んじゃ別にいいよ……」
頬にソバカスがある転校生は、ポケットに両手を突っ込むと、ムスッとした顔に変わっちゃった。
しまった……悪いことを言っちゃったかな。
せっかくぼくのことを気遣ってくれたんだ。もっともっと、強烈に感謝の気持ちをこめて、「ありがとう! そう言ってくれて、ぼくの心がスッと晴れたよ!」って、わざとでもいいから、相手を立てておいたら、少しは喜んでもらえたのかな。
でも……前にそれで、ぼくはクラス中から、嫌われちゃったからな。
人に好かれたくてコツコツ続けたことが、あんなに裏目に出るなんて、思わなかったな。
「そういうオベッカ、もううんざり」
「ご機嫌取りなら、もうやめてよ」
「別にいらないから、お節介、焼かないでくれる?」
「今まで我慢してたけど、正直、エイダンに同情されるのって……ウザい」
ぼくが良かれと思って続けたことって、全部、そう言われるのがオチだったな。
「おーい、エイダン。お前って確か、俺の家のとなりだろ? もう学校紹介はいいから、さっさと帰ろうぜ」
そう言われて、ハッとした。
「で、でも、まだ紹介してない場所が……」
「んなもん、学校通ってるうちに、勝手にわかってくるだろ。別にもういいって」
転校生は退屈そうな顔して、話をぶった斬っちゃった。
ああ、やっぱり思った通りだ。転校生はぼくのこと、もうすっかり嫌ってるんだ。
でも、帰り支度のペースは、ぼくに合わせてくれている。同じ帰り道を、一緒に帰ろうとしてくれてるんだ。
……よかった。今日来た転校生って、けっこう優しい人なのかな。
***
お互いレインコートを羽織って、帰り道を並んで歩くと、街は人通りも少なかった。なんだか、この街で二人きりになったみたいで、不思議な気分だ。
ぼくばっかり話しかけてて、転校生はあんまり返事してくれないけど、ひとりぼっちじゃない帰り道って、こんなに楽しいなんてーー。
「おい、エイダン……お前、泣いてんのか!?」
転校生がぼくを見て、ギョッとした声をあげた。
「……え?」
気がつくと、ぼくは笑ったまま、涙がこぼれてた。
「あ、はは! ごめん! なんていうか、その……」
クラスメイトと一緒に帰るなんて、ものすごく久しぶりだったから、つい気がゆるんじゃった。
でも気まずいし、どうにかごまかさなきゃ。
「今日の雨……けっこう、ひどいね!」
「はあ? 昨日と大して変わんねえだろ」
「はは、そうかな? 昨日より、レインコートを叩く音がうるさいじゃないか!」
見上げた空から降ってくるのは……しとしとと、昨日より静かな小雨だった。
「……お前、何かあったんだろ。なんなら……話くらい聞くぜ?」
そう言われちゃうと、もう、強がる気力もでないよ。
ぼくは観念して、つい転校生にも、昨日のことを話してみた。
一番目のお兄ちゃんが好きだった、飛行機模型を見つけたこと。
それを母さんに、しょうもないって言われて、グチャグチャに踏み潰されたこと。
すると転校生は、なんでか知らないけど、帰り道の途中なのに、おもちゃ屋さんに寄りたいって言いだした。彼はぼくと同じ模型を買ってくると、街外れの公園まで寄り道しようって言ってきた。
ラウルくんって、裕福な家なんだなって、うらやましく思ってると――。
転校生は、買ったばかりの飛行機模型を――箱ごと踏み潰して、グチャグチャに壊しちゃった。




