「四人目の長男の話」・3
「……おー。俺も心の準備はしてたつもりだけど、こいつは思ったよりショックでけえな」
転校生はぼんやり言うと、癖っ毛な栗毛を、ボサボサかいた。
公園のぬかるんだ泥の上には、踏み潰された箱が、無惨にひしゃげている。その上に、次々と雨が降り注いで、紙でできた箱をふやかしていく。
それは、衝撃の光景だった。
「……どうして、ラウルくん? せっかく買ったばかりの、飛行機模型、なのに」
「さあな。こないだ両親が言ったこと、軽く試してみただけだ……まあ、どういう意味で言ったんだか、俺にはよくわかんねえけど……」
「え……?」
うつむいてる転校生は――すごく真剣で、すごく苦しそうな顔してる。
「そ、それで、ラウルくんは……親に、なんて言われたの……?」
「……」
「ははっ、ごめんね……あんまり、訊かれたくない話だったかな?」
それでもぼくは、思い切って、訊いてみたくなった。
「ねえ、ひょっとして……ラウルくんは、ぼくの気持ちが知りたくて……同じ模型を壊してくれたの……かな?」
「……」
転校生は――ムッとした顔をぼくに見せた。
黙ってしゃがむと、箱から散らばった木片を黙々と集めだしてる。
でも、それを見て笑っちゃった。だって、ようやく気づいたんだ。本当はラウルくん、ちっとも怒ってなかったんだね。
人は見かけによらないって言うけど、こんなに見ためと中身が矛盾な人なんて初めてだ。だって本当に、ぼくのことを嫌ってるようにしか見えない、騙し絵みたいな顔してる。
でも、そのムッとした顔だけじゃ、もう騙しきれないよ。ぜんぶ、優しさの裏返しだったんだね。
「あははっ! ラウルくんって面白いことするね! 本当、嬉しいよ……あのさ、ぼくからも何か、ラウルくんにお礼がしたいな。君だって何か、ムシャクシャすることがあったんじゃないの? それ、ぼくにも同じ気持ち、味あわせてよ!」
「はあ?」
転校生は顔を上げると、困った顔を見せて、癖毛な栗毛をボサボサかいた。
「いや、無茶なこと言うなって……」
それだけ言うと、ラウルくんはさっきよりずっと怒った顔して、苦しそうに口を結んだ。
それを見て――また、悪い癖がでそうになった。
ぼくはラウルくんに、同情したくなった。お節介を焼きたくなった。また「いらない」って言われるかもしれないけど、どうしても力になってあげたい。
でも――もう学んだ。ぼくが同情してるってバレたら、「同情しないで」って言われて、嫌われちゃう。むしろぼくは、クラスメイト全員に嫌われるまで、それにちっとも気づかなかったんだ。
だからラウルくんに同情するなら、こっそり手を貸さなきゃ駄目なんだ。
よし、そのためにも――ぼくは少し、準備しなきゃ。
***
家に帰って、ぼくはすぐに、母さんを説得するための準備を始めた。
妹のニーナには、こっそり話をつけておいた。それが終わったら自宅用避難室の中にこもって、母さんが来るのを待ち構えた。
ぼくの家の自宅用避難室って、本当にすごいんだ!
ぼくがお勉強に耐え切れなくなって、「もう出して! 誰かここを開けて!」って言い始めても、内側からは絶対に鍵が開けられない仕組みなんだ。
だから母さんが、ぼくの様子を見にきたとき、「勉強を教わりたい」ってセーフ・ルームの中に誘い込んだ瞬間――外からニーナに鍵をかけさせた。
たったこれだけで、準備完了だ!
母さんは部屋に閉じ込められたって気づいて、すぐに大騒ぎを始めた。
でも大丈夫! この部屋でいくら騒いでも、誰にも迷惑をかける心配はないよ。この地下室って、ぼくがしょうもないことで大騒ぎしても、ご近所さまにご迷惑をかけないように、高性能な防音室になってるからね。
父さんは明日も早いから、もう寝ちゃったはずだ。母さんがいくら助けを求めても、そんなしょうもないこと、誰も気づいたりしないんだ。
ぼくは母さんの両肩に手を置いて、なるべく真摯に、真剣に――説得を始めた。
「ぼくがどうして、こんなに母さんを説得してるか……分かる?」
でも、変だな。「親に許可を取らないと、学校で同級生と仲良くしては駄目」ってルールを作ったのは、母さんだ。なのに母さんは、「何を言ってるか分からない」って叫んでばかりだ。
大変だ! 母さんが分かってくれるまで、頑張って説得しなきゃ!
ぼくは母さんから、「学校でラウルくんと仲良くしてもいいよ」って許可がほしいんだ。なのに母さんは、「分からない、分からない」ってしょうもないこと喚き散らして、何ひとつ自分の頭で考えようとしなかった。
もうあきれて何も言えないよ! 「自分の頭で考えなさい」って、いつも言ってるのは、母さんじゃないか!
自分が何を説得されてるのかーーそれくらい、自分の頭で考えなきゃ!
だからぼくは、めげずに、根気強く、母さんが分かってくれるまで、説得を続けた。
人間、誰だってよく話し合えば、いつかきっと分かってくれるはずだ!
***
多分一時間後、母さんは「もう許して、許して」って、金切り声で号泣しだした。
ぼくは仕方ないから、母さんを許してあげた。
ラウルくんと仲良くしたいって伝えると、母さんはすぐ分かってくれた。
「あ、あは……はは……あっはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」
その瞬間、ぼくは嬉しくて嬉しくて、笑いが止まらなくなった。
だって、母さんが初めてぼくのこと、分かってくれたんだ!
それは、初めて味わった、病みつきになりそうな快感だ!
「母さん、ぼくにもようやく、このセーフ・ルームのすごさが分かってきたよ! 母さんが子育てに熱心な理由が、ようやく分かったんだ!」
母さんは泣きながら逃げ惑ってるから、髪を掴んで、強引に引きずり倒した。
「だって、ぜんぶ母さんの思い通りに子どもを育てたかったんでしょ? なのに途中でしょうもないことに心を奪われちゃったら、それってすっごく困るね! だから母さんには、このセーフ・ルームが必要だったんだ!」
母さんが泣きながら何か言おうとしてる。
でもその顔を鷲掴みにして、力づくで黙らせた。
「はははははっ! 何かぼくに、口ごたえしたいんだね? でもそんなしょうもないこと、始めちゃ駄目だよ。だって今日は、ぼくが母さんを説得する番なんだから! あっははははははははははは!」
ぼくは笑いすぎて頭がクラクラしてきた。
でも、こんなクセになる快感を味わっちゃったんだ。もう止められないよ!
「ははははははははっ! 相手に分からせるのって楽しいね? コツコツ説得するのって胸が踊るね? なんだか組み立て前の飛行機模型を、グチャグチャに踏み潰すみたいで、すっごく心が痛んで、爽快だよ!」
母さんが急に、金切り声をあげて暴れだした。
とんでもない馬鹿力でぼくの腕を振りほどいて、セーフ・ルームの扉にすがりついてる。誰か助けて、外へ出してって、必死にドアを叩いて泣き叫んでる。
でもぼくは、もうコツがわかっちゃった。説得のコツが掴めたんだ。
「ふふっ……母さんも当然、ぼくのこと分かってくれるよね? 本当に心が痛むけど、これってしょうがないことなんだ! だって、元々あった思考はバラバラに壊さないと、ぼくのこと分からせることが、できないんだ!」
ぼくは一歩一歩、母さんに歩み寄っていく。その足音を聞かせるだけで、母さんの絶叫が、どんどん甲高くなっていく。
それを聞いてると、目眩がするほど気持ちいいな! 母さんの自由がバラバラに壊れていくのが、手に取るように分かるんだ!
「母さん、母さんの言う通りだったよ! あの大空を自由に飛びたいって、空ばっかり見上げるなんて……あははっ、本当にしょうもない憧れだったんだ! だってぼくの本当の自由は、地下にあったんだから!」
もう笑いすぎて酸欠気味だ。楽しすぎて目の前がキラキラ輝いて見える。
さすがに足がよろけてきたから、ぼくは深く息を吸い込んだ。
「はあーーーーーー……じゃあ壊そう! 壊さなきゃ! まずは壊さなきゃ始まらないんだ! さあて、もうひとふんばりだ! 母さんがバラバラに壊れるまで、もっともっと説得しなきゃ! だって、もっともっと母さんに、ぼくのこと分かってほしいんだ! あっははははははははははははははははははははははははは!」
***
朝の七時、つまり十二時間後、
うっかり者のニーナは、食卓に朝ごはんがないのを見て、
ぼくたちが、うっかりセーフ・ルームに閉じ込められたままだって、
ようやく、ようやく――思い出した。
本当に、楽しい十二時間だった。
本当に、密な十二時間だった。
たった十二時間で、このセーフ・ルームは、ぼくに最高のことを教えてくれた。
孤独な、
暗闇の、
防音室――ここは精神をバラバラに壊すのに、最高の環境だったんだね。
ここでコツコツと説得すれば、誰だっていつか発狂して、壊れる。
そうしたら、ぼくのこと、分からせることが――。
そうさ。
努力は必ず、報われる。
諦めない限り、夢は叶う。
人間、誰だって、よくよく話し合えば――。
この地下室さえあれば、きっとラウルも、ぼくのこと――分かってくれる。




