「四人目の長男の話」・1
「僕が誰にも見えないのは、誰も僕を見ようとしないからだ。」
――ラルフ・エリスン
ぼくが四歳のとき、お兄ちゃんの誕生日パーティが開かれた。
「ハッピーバースデー、トゥーユー♪ ハッピーバースデー、トゥーユー♪」
パーティ会場は、もう真っ暗だ。
お兄ちゃんの前には、大きなスポンジケーキが差しだされてる。
雑誌で読んだのと違って、生クリームもイチゴも乗ってないのは、ちょっと残念だな。でもロウソクには、ちゃんと年の数だけ火がついてるんだ。
さあ、バースデーソングが終わったら、いよいよロウソクを吹き消す瞬間だ!
「よーし……将来トカレフ家の、立派な自動車調律師になれますように!」
お兄ちゃんは大きな声で願いをかけて、ロウソクの火を吹き消していった。
あっ……でも最後の一本が、消え損ねた!
ぼくはバレないように、こっそり息を送った。
部屋が真っ暗になった。拍手が起きた。
おめでとう、おめでとう、六歳のお誕生日おめでとう。父さん、母さん、お兄ちゃんのお友達、ここにいる皆んながお祝いしてる。
ぼくも拍手に加わった。
「……やったね、お兄ちゃん! これできっと夢が叶うよ!」
父さんと母さんが、リビングのあちこちに置いてあるロウソクに火をつけてる。
部屋が明るくなると、六歳になったお兄ちゃんは、ニヤって笑いながらぼくを見た。
「……エイダン、あのさ……さっき自分が何したか、わかってる?」
やっぱり……バレちゃったかな?
けど、お兄ちゃんの目を見て、ニコって笑っておいた。
「え? 何のこと? ははっ、ぜんぜん意味わかんない!」
「とぼけてもダメだぞ、エイダン。ボクはちゃんと見てたんだ」
「あははっ、やだなあ、お兄ちゃん! ぼくはただ、火がちゃーんと消えたかなーって、よく見たかっただけさ!」
ニヤニヤ笑ってるお兄ちゃんは、ぼくの目を見て、何度もうなずいてる。
「……ふーん、そうやってとぼけるんだ。だったらいいよ。黙っといてやるから、その代わり……わかってるよなー?」
お兄ちゃんはそう言って、こっそり耳うちしてきた。
「ケーキカット終わったら、エイダンの分のケーキ、ボクによこすんだ!」
ぼくはほーっと胸をなでおろした。
よかった。そんなことで許してくれるなんて、やっぱりお兄ちゃん、優しいな!
「あははっ! 困ったなあ、ぼくもケーキ、楽しみにしてたのに……一口もないなんて、ひどいよ!」
「へへん、残念だったなエイダン。ま、自分の六歳の誕生日のときまで、ケーキは楽しみにしておくんだな」
そんなこと話してると、お兄ちゃんの目の前で、誕生日ケーキが切り分けられていった。
お兄ちゃんにとって、人生初のケーキは、すっごく甘く作ってもらった、ハチミツ味のスポンジケーキだよ。
だって六歳の誕生日って、特別なお祝いだ。きっとお兄ちゃんの夢は、叶うはずだよ。
お兄ちゃん、本当に、お誕生日おめでとう!
***
ハッて目が醒めると、いつの間にか、ぼくは自分の部屋のベッドで寝てた。
あれ? もう朝になってる。
なんだろう……何か忘れてる気がする。
机を見ると、お兄ちゃんに渡すつもりだったプレゼントが、置かれたままだ。
大変だ! 昨日、プレゼントを渡しそびれちゃった!
お兄ちゃんは甘いものが大好きだから、ちょっと無理して、大きめのキャンディを買ってきたんだ。なのに昨日は誕生日パーティが楽しすぎて、遊び疲れて、途中で寝ちゃったんだ。
ぼくは慌ててプレゼントを握り締めて、お兄ちゃんの部屋をノックした。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん! あははっ、ごめんね! ぼくまだ、プレゼント渡してなかったよね。一日遅れちゃったけど、ぼくからサプライズがあるんだ!」
でも、変だな……いくら返事を待っても、返事がない。
「……お兄ちゃん? ははっ、起きてよ、お兄ちゃん! 実はサプライズで――」
ドアを開けてみると――部屋は、空っぽだった。
「……え?」
勉強机、子ども用ベッド……それしか置かれてない。
他には何もない。教科書もない。脱ぎ散らかした上着もない。
学校用バッグ、お菓子の包装紙コレクション……ぜんぶぜんぶ、お兄ちゃんも一緒に、なくなってる。
***
「母さん! 母さん! た、大変だ! お兄ちゃんが、消えちゃったんだ!」
ぼくは恐ろしくなって、大慌てで一階のキッチンに飛び込んだ。
母さんのエプロンを引っ張って、早く二階に来てって必死にせがんだ。
でも母さんは、ちっともぼくを見てくれない。
包丁でトントン野菜を切ってる。
「あのね、エイダン……見てわからないかしら?」
トントントン……母さんは、顔色ひとつ変えないで、ずっと野菜を切ってる。
「お母さん、今、朝ごはんの支度で、とても忙しいの」
確かに、それは見たらわかるけど……母さんを見てて、だんだんこわくなってきた。
「か、母さん、だって、お兄ちゃんが――」
「いい加減にしなさいエイダン。お兄ちゃんなら心配ないわ。昨日、寿命代理店に、寿命を買い取ってもらったの」
え? 何? それって、どういうこと?
ぼくは、こわくて、こわくて、つい笑っちゃった。
すごく嫌な予感がするけど、きっとお兄ちゃんは大丈夫なんだよ。
「あ、はは……母さん、あのさ……寿命代理店って、何?」
「それくらい、自分の頭で考えなさい」
そんな冷たいこと言われても……四歳のぼくには、ちっともわからないよ。
それがバレちゃったかな? 母さんはしょうもないものを見る目で、ぼくをチラと見ると、キッチンのわきにある書類入れから、パンフレットを押しつけてきた。
「エイダン、あなたもう四歳なのよ? 簡単な字なら読めるでしょ? 自分で調べなさい」
母さんはそう言ったきり、さっさと野菜を切る方に戻っちゃった。
***
結局、お兄ちゃんは、それっきり二度と会うことはなかった。
その日から、ぼくはトカレフ家にとって、四人目の長男になった。




