第六話 本音で本当のことしか言えない即興劇・5
オレたちを乗せた車は、無事に三つ目の検問を離れた。
それを確認して、ラウルに手話で訴えた。
――ラウル、オレの血には、ナンシー型も混ざっている。
――君が噛めば、逆に君がナンシーに感染する。
――そのことを、忘れないでくれ。
ラウルはそれを見るなり、苦しげに首を横に振り、手を動かし始めた。
――米沢、無茶言うなって! 俺、我慢しすぎて、もう、わけわかんなく……。
ただ、それ以上ネガティブなことを考えるべきじゃない。
ラウルの手を押し止め、少しでも励みになりそうなメッセージを伝えよう。
――次の検問が最後だ。あと少しだけ、辛抱すればいいんだ。
なるべく笑顔でそう伝え、軽く肩を叩いた。
彼にとっては、フルマラソンを全力疾走で完走しろと言われるようなもんだ。
それでもゴールは、もう目の前まで来ている。
オレたちのいる荷室の反対側では、相変わらず、ベッケンバウアーが他人事のように顔を伏せて、聖書を読みふけっている。薄い紙をめくる音が、やけに耳につく。
――なあ、米沢……俺、さっき……何て、言ったんだ……?
ラウルは震える手で、手話における疑問の形を見せてきた。
――俺……ヘレンの『おともだち』を、作ってやらなきゃ、ならねえって、
――本気で、お前に、言っちまった気がする。
――おい、俺、まさかそんなこと、
――……言ってねえ……よな……?
オレはしばらく、手を止めた。
だが今は、過去を振り返っている場合じゃない。
――しっかりしてくれ。それはヘレンの願いであって、君の願いじゃない。
――君の願いは、もっと別にあったはずだ……そうだろう?
そう伝えた瞬間、ラウルはつらそうに顔をしかめ、うつむきながら指を結んだ。
――クソッ、米沢……頼むから……助けてくれ……。
オレはそのメッセージを読み取り、ラウルにはっきりとうなずいた。
当然、自分にできることがあるなら、少しでも力になりたい。
ただ、ラウルの依頼は、オレが想像したものとは――真逆だった。
「……あいつ、このままじゃ……ブッ壊れちまう……俺がいねえと、あいつの周りに……もう、助けになれる奴が……いねえんだ!」
急にラウルが、しゃべりだした。
それは手話ではなく、彼の口から出た言葉だった。
オレは焦りを感じた。
一体、何を考えているんだ。オレもラウルと同じ『おともだち』だ。伝えたいことがあるなら、手話を使えばいいじゃないか。
「ラウル、やめろ、それ以上しゃべるな」
思わず手を止めて、オレもまた声を使った。
「ここで体力を使うのはマズい。もうすぐ最後の検問が始まるんだ。今は――」
「へっ、俺の両親が、よく、言ってたんだ……『ラウル……人に、頼む、とき……必ず……自分の言葉で、伝え、なさい』……ってよ……」
ラウルはそこまで言い切ると、震える手で、ボアジャケットのポケットから、あの木片を取り出した。
彼がオレの目を見上げた瞬間――グレーの瞳から、ぽつりと涙が落ちた。
……止めても無駄だ。目を見た瞬間、そのことがはっきりとわかった。
オレは黙って、彼が伝えようとしている頼みを、聞き入れることにした。
「なあ、頼むよ……エイダンを、助けてやってくれ……」
「墓地で流される涙のうち何より苦いのは、
伝えなかった言葉や、なさなかった行いを悔やむものだ。」
――ハリエット・ビーチャー・ストウ




