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注:オレは人のココロを操るゾンビですが、人体に有害でも無害でもありません  作者: 私物
第一章 消息代理人という旅人は、真逆で矛盾にできている
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第二話 微笑み、微笑み、しかも邪悪たりうる・3

 エイダン・トカレフは、ただただ無責任に微笑んでいる。

 自分は純粋無垢だと言いたげな、清廉潔白だと演出するような、わざとらしいほどに爽やかな、大変よく出来た微笑みだ。

「ははっ……ぼくがおかしい? あの、どこがですか? 何がですか? 旅人さんが、何をおかしがってるのか、ぼくにはさっぱり!」

 そのとぼけた言葉には、もう付き合いきれない。

 オレはエイダンを無視して、少しマフラーを下げた。


 気になる匂いが、向こうから漂ってくる。

 この家の奥には、下り階段があるのを見つけた。


「では、つかぬことを伺いますが……そこの地下階には、何があるんですか?」

 オレが訊いてみると、エイダンはさも当然そうに答えをくれた。

「ああ、地下ですか? ははっ、あそこには物置部屋しかありませんよ!」


 ところがエイダンが断言するなりーーソファに座っているニーナが、首をひねった。

「……えーっと、エイダン……うちの地下って、物置部屋だけじゃないでしょ。万一に備えて、自宅用避難室(セーフ・ルーム)もあるじゃない」

「はははっ! ニーナ、さては最近見てないから、知らなかったな? もうあそこって、セーフ・ルームなんて呼べたもんじゃないよ。ぼくが色んなもの放り込んじゃったから、なんだかんだ、今は立派な物置部屋さ!」

「あ、あれっ? あそこっ、そそそ、そんなに汚くなってたの!?」

 青髪の兄妹は、そんなことをのんきに談笑している。

 ただ、話を聞くにーーそのセーフ・ルームが怪しい。


「そうですか……少し中を見せてもらっても、いいでしょうか」

 オレがリビングを離れようとした瞬間ーーエイダンが慌てて飛び込んできた。

「あっ、ちょっと、やめてください! あそこ、本当に散らかってて……物置って言うか、もうゴミ箱って呼んだらいいかな……今はとても人様には……はは……」


 するとオレの背後から、ニーナがのぞき込んできた。

「あーっ……ゴメンね、エイダン。私も色々、使わないものとか思い出の品、あそこに放り込んじゃったっけ……?」

「はははっ! そうだよ、ニーナだってぼくと同罪さ。あのセーフ・ルーム、今はぼくたちの思い出部屋みたいな有様なんだから、ちょっとお客様には、見せらんないよね?」

「ちょ、ちょっと! べべべ別に私、片付けが下手なわけじゃないわ! ただちょーっと便利な部屋だったし、私もつい……」

 ニーナはなぜか、もじもじと照れ笑いしてうつむいてしまった。

 だが、ここで引き下がる気には、とてもなれない。


「……少し中を見るだけです。何も問題ないとだけ、確認させてください」

 オレがその部屋に強くこだわったせいか、ニーナは困惑した面持ちで、眉をひそめてしまった。

「あの……米沢さん、それだけは、遠慮してもらえませんか? 本当、私もあそこに何を放り込んだか、わかんないですし……」

 その眼差しは、明らかに強い抵抗感を示している。

 まあ、初対面のオレが、他人の家に上がり込んでは、散らかった部屋を見たいと言い張っているんだから、当然の反応か。


 ならば、ここは正直に言うべきだろう。

「ニーナさん、落ち着いて聞いてください……」

 ここで彼女にパニックを起こされても困る。

 努めて冷静に、小声で、ゲンジツを打ち明けよう。


「この家の中には……リビングデッドの匂いがします」


 ニーナにゲンジツを伝えた瞬間、彼女はーー甲高く悲鳴を上げーー顔(・)を(・)隠(・)し(・)た(・)。


「すすすすす、すいませんっ! よ、米沢さん、やっぱり、アレ、ききき気になります!?」

「は?」

「ごごごゴメンなさい、私、鼻が馬鹿だから、全然気づかなくて……あのジーンズ、まだそんなに臭ってたなんて……」

 ニーナは紅潮した頬を押さえると、困り顔を兄(・)に(・)向(・)け(・)て(・)い(・)る(・)。

「もーっ! だから私、言ったじゃない! あれって汚れが落ちても、臭いに敏感な方にはバレちゃうの!」

「……ニーナ、その話、あとにしない……?」

「やだやだやだ! エイダンったら、こんなの後回しにしないでっ! お、お客様の前なのよ? さっさとそのジーンズ、着替えてきてっ!」

「ニーナ、その話、今はやめようよ」


 どうやらエイダンの嘘に、ほころびが見えてきたようだ。

 ここで一気に畳みかけて、ニーナに告げ口すべきだろう。

「ニーナさん、あのジーンズは見ての通り、新品ですよ」

「え?」

 ニーナは、意味がわからないと言いたげに、オレに困惑の表情を見せてきた。

「あ、あの……米沢さん、だって、リビングデッドの匂いがするって……」

「いえ、エイダンさんのジーンズに、リビングデッドの匂いは感じません。リビングデッドの匂いは、明らかに地下から来ています」

「ま、待って、待ってください、ちょっと、状況を、整理させてーー」

「ニーナさん、いいですか、落ち着いて聞いてください」

「あ、あの、だからっ――」

「この家の地下室に、リビングデッドがいます。恐らく今も動いてます。だからオレはさっきから、あなたに落(・)ち(・)着(・)い(・)て(・)聞(・)い(・)て(・)ほ(・)し(・)い(・)って言ってるんです」


 そう強く告げた瞬間――ニーナがオレの目を見たまま、凍りついた。


「……え、えっと……それっ、て……?」


 彼女は恐る恐るショールを握ると、ぎこちなく首を回し、地下へと通じる暗い階段を見つめた。


「う……うそでしょ……? うちの、地下……に……?」


 オレはニーナから視線を外した。

 そういえばひとつ、大事なことを訊き忘れていた。

「ところでエイダンさん……ラウルさんは、この家のどこにいるんですか?」


 細身な青年、エイダン・トカレフは、オレの前に立ちふさがったままだ。

 オレを階段へ行かせまいと押し留めたまま、ただただ、目の前に佇(たたず)んでいる。


「……ははっ、それはさっき、ニーナも言ったじゃないですか。ラウルなら、いまごろ二階で寝てるさ」

「そうですか……それはおかしな話ですね」

「おかしい? ふふっ、本当、おかしなことばっかり言う旅人さんだなあ」

「そうでしょうか。でしたらなぜ……そこまで頑(かたく)なに、オレに地下室を見せまいとしているんですか?」

「……」


 そのときオレたちの横から、ニーナが恐る恐る、口をはさんできた。

「ね、ねえエイダン……お互い、ちょっと、ご、誤解があるみたい、だし……一応、確かめた方が、よくない……?」

「……」

「や、やだやだエイダン、そんな、こ、こわい顔しないで! い、いいいいいるわけないじゃない、あ、はは……あはははは! う、うちの地下室に、リビングデッドなんて、いませんよーって……少し、米沢さんの誤解、解いて、くる、だけ……」

「……」

「ねえ……ちょっと……エイダン?」


 ザアァァッ――雨脚が強くなり、激しく窓ガラスを叩いている。


 オレは淡々と、目の前の青年に要件を突きつけた。

「エイダンさん、そこをどいてください。そこの地下室にいる……ラ(・)ウ(・)ル(・)さ(・)ん(・)に(・)会(・)わ(・)せ(・)て(・)く(・)だ(・)さ(・)い(・)」


 そのときエイダンが――薄っすらと、微笑んだ。

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