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注:オレは人のココロを操るゾンビですが、人体に有害でも無害でもありません  作者: 私物
第一章 消息代理人という旅人は、真逆で矛盾にできている
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第二話 微笑み、微笑み、しかも邪悪たりうる・2

「米沢ニイサン、ここだよ……エイダン・トカレフさんのお家」


 リオはそう言って、街外れの一軒家を見上げた。


「僕が聞いた話だとね、ルドルフ・カラシニコフさんは、今、すっごく容体が悪いらしいの。けどご近所さんが心配して、『自宅にひとりきりで闘病させるよりも』ってことで――」

「なるほど。それで今は、近隣のトカレフ家に、身を寄せてるってことか……」

「うん。入街審査官のおじちゃんは、そう言ってた」


 オレは試しに、トカレフ家の玄関の呼び鈴を押してみた。


「はーい!」

 ログハウスの中から、青年のハキハキした声が聞こえてきた。

「父さん、母さん、ちょっとごめんね。お客さんがきちゃったみたいなんだ、待っててくれるかな」

 すると家の中で、若い夫婦が同時に声を上げた。

「はい?」「エイダン、何て言いましたの?」


 エイダンと呼ばれた青年は、さらに声を張りあげている。


「お客さんが! きましたから! ちょっと二人は、待っててください!」

「はいはい」「そんな大声で言わなくても、聞こえますわ」


 玄関が開いたとき――なぜか、全身に我慢ならないほど鳥肌が立った。

 だが、なぜこんなに鳥肌が立つのか、自分でもよくわからない。


 応対してくれたのは、(つや)のある青髪を清潔に切り揃えた青年だ。

 ノリのきいた襟付(えりつ)きの青シャツ。何も不自然のない、おろしたてジーンズ。

 小柄で、細身で、徹底的に小綺麗な身なりは――何も不審な点はないはずだ。

 むしろ人間なら――これだけ清潔感のある彼のことは『好青年』だとみなし、大変いい第一印象を抱くに違いない。

 ただ、なぜだろう――妙に作り物くさい清潔感だ。


 その『好青年』はほんの少し口元を歪めると――薄っすらと、微笑んだ。


 ゾワッと、背筋に悪寒が走る。

 嘘くさい。嗅覚ではなく、直感的に、嘘くさいと感じた。


「ははっ、すいませんお待たせしちゃって。それで……どちら様でしょうか?」

 そう問われて、ハッとした。

 よく見れば、あの青年を不気味に感じた理由がわかった。

 彼は家の中にいるのに、腰のホルスターに、なぜか旧式の拳銃を収めている。


 あの銃の悪評は、あまりにも有名だ。

 恐ろしいことにあの拳銃には――安全装置がない。


 オレは、相手の匂いを知るため、少しマフラーを下げた。

「……オレたちは、この街を訪れた旅人です。こちらのお宅に、ルドルフ・カラシニコフさんがいらっしゃるとお聞きして――」 

「ああ、ラウルですか? ははっ、すいません! 彼は今、体調が悪くて、人に会えないんですよ! ラウルへの伝言やお荷物があるんでしたら、ぼくがお預かりしますので、どうぞ!」

 『好青年』はそう言って、気さくに手を差し伸べてきた。

 妙だ……強い違和感を感じる。まるで事前に準備された脚本でも読み上げるような、よどみない言葉だった。


 この人間は……あまり信用したくない。


 オレはいつもの癖で、リオを自分の後ろに隠した。

「……急を要するお話があります。少しで構いません、お会いさせてください」


 そのとき、後ろの通りから、誰かが家の中へと慌ただしく駆けこんできた。

「エイダン、ただいま! ほら、私に頼まれてた買い出し、行ってきたわよ。お客さんゴメンね、ちょっと横、通りますよーっと」


 そう言ってオレの横を抜けていったのは――頭から肩まで、ベージュ色のショールをすっぽりかぶっている女の子だ。


「もーっ、最悪! さっきまでそんなに降ってなかったのに、私が出かけた瞬間、雨足が強くなるなんて……いい加減、違憲よ、違憲っ!」

「異変? ははっ、ニーナ、こんなのいつもの雨じゃないか」

「エイダンッ! 異変じゃなくて、い・け・ん! 憲法違反! 罰則の対象! これは明らかに、私に対する陰湿なイジメよ! それを立証するための証拠は、実はもう手に入れたんだから!」

 それに対してエイダンは、興味なさそうに、薄っぺらい笑みで肩をすくめている。

「あーあ、参ったね。また()()()()()()法廷が始まっちゃうのか……」

「ありがとうエイダン! 心からの応援、感謝するわ!」

「まあ、いいんだけどさ。ニーナ、さすがにもう転ばないで――」

「見てなさい、大御所・長雨先生! この裁判、私、絶対判決で、勝ちをもぎ取ってみせるわ!」

「ははっ、ぼくは『気をつけて』って言ったからねー」


 エイダンに見送られ、女の子は家の奥へ踏み込んでいく。

 だが、テーブルにかごを置こうと、彼女が思いっきり持ち上げた瞬間――。

「私も戦か、あ、えっ……きゃああああああああっ!?」

 バランスが狂ったのか、大きくつんのめって、ひっくり返っていく。

 頭をぶつけると危ない。駆けつけて、女の子を抱き留めておいた。

 宙に放り出されたかごも、オレの方に飛んできた。片手でキャッチしておいた。

 被害は……今のところないようだ。


 一応、腕の中にいる子の無事を確認しておこう。

「あの……大丈夫ですか?」

「ご、ごごごごゴメンなさい! わ、私もかごも、今日、すっごく重いし、本当、ご迷惑おかけ、し……て……?」

 女の子は、傘の代わりにしていたショールを頭から脱いだ。

 そのとき、薄いブラウンの瞳と目が合った。


 (つや)のあるストレートな青髪を、飾り気なくサイドで()いまとめている女の子だ。

 大きな黒縁メガネは、顔のサイズに合わないのか、派手にズレ落ちている。その奥でキラキラと輝くブラウンの瞳は、まばたきもせず、オレの目をじーっと見つめている。


 ひょっとして……オレが人間じゃないと、疑われているのか?


 いや、まだ挽回(ばんかい)の余地はありそうだ。

 ここは冷静に『普段通り』の擬態を続けて、同じ人間だとアピールしなければ。

「あの……さっき転んだ拍子に、足をひねりませんでしたか? どこか痛いところや、違和感を感じるところは……」

「へっ!? あ、足!?」

 女の子は慌てて黒縁メガネを押し上げると、キョロキョロと視線を泳がせ、照れ笑いを浮かべている。

「え、えーっと、そう、ね……私、ちょっと、足、ひ、ひねっちゃって……」

 だとしたら、ここは()()()()()、相手を気遣う姿勢を見せるべきだ。


 片手に持っていたかごは床に置いて、女の子を両腕で抱き上げた。

「でしたら、今は無理に歩かないでください。そこのソファをお借りしていいでしょうか。足の具合を確かめましょう」

「え? ええええええっ!?」

 女の子は急にオレの首にしがみつくと、顔を真っ赤にして慌てだした。

 そこまで驚くなんて……オレの行動は、人間としては不正解だったのか?

 マズいな。一体、何を間違えたんだ?

 普通、弱った人間がいたら、近くの者が手を貸すのが正解じゃないのか?


 一応、女の子はリビングのソファまで運んで寝かせておいた。

 ただ、この先どう対処すれば『普通の人間』らしく思ってもらえるんだ?


「……ねえ、米沢……米沢ッ!」


 そのとき背後から、リオがオレのレインコートを強く引っ張ってきた。

「リオ、よかった。実は――」

「米沢、いいこと教えてあげる。あんまそーゆーこと、僕以外にやんない方がいいよ。初対面の女の子、急にお姫様抱っこするって……」

 やっぱり、人間のリオから見ても、あれは明らかに不自然な行動だったのか。

 ただ……なぜこの子は怒っているんだ?


 そんなことを考えていると、リオはオレを押し退けて、前へと進み出た。

「あとさ、この子の手当だったら()()()()()の僕がやった方がいいよ」

「そうなのか?」

「そんなの当たり前じゃん! 男の人が、女の子の身体さわるって……それってもう、()()するか()()するか、どっちかしかありえないんだからね!」

「そうなのか……」

 リオがそう言うからには、それが人間同士の理屈としては、正しいんだろう。


***


 リオが具合を確かめたところ、女の子は足をひねっていなかったようだ。

 ソファに座っている女の子は、何か意を決した面持ちで、握手を求めてきた。

「ほ、本当……助かりました! わ、私、ニーナ・トカレヴァ。あ、あの、この街の学生として、行政(ぎょうせい)執行部(しっこうぶ)の外交部門にて、ユース・フェローを務めてます!」


 オレが握手に応じようとした瞬間、なぜかリオが、サッと握手を横取りした。


「僕の名前は、薄刃門(うすかど)リオ! こっちは米沢! よろしくね!」

「あれ? そのお名前……ひょっとしてあなたたち……に、日本人?」

「そうさあ、御明察(ごめいさつ)! すごーい、よくわかったね?」

 リオからそう褒められ、ニーナはなぜか動揺した様子でメガネを押し上げている。

「ま、まあ……偶然、()()()()がね、そ、その……日本のアイドルの、大ファンなの! それで、私も『米沢』さんって名前は、き、聞いたことが……」

 そこまで言うと、ニーナはみるみる顔を赤らめて、猛然と首を横に振りだした。

「あっ、あああっ、違う違う違う、違うのよ!? 私、全然、そのアイドルには詳しくなくて! あ、ああああくまで()()()()が、その『米沢』さんのこと、大好きなの!」


 ニーナはそのまま饒舌(じょうぜつ)になって、自分がいかに『米沢』というアイドルに興味がないか、延々と力説している。


 人間は不思議な生き物だな。そのアイドルに興味がないことは、もう十分わかった。

 オレは頃合いをみて、ニーナにルドルフのことを尋ねてみた。

「ルドルフ? あっ、ああ、ラウルでしたら、もうずーっと闘病中で、大変なんです。流行(はや)(やまい)(かか)っては治って、病み上がりに別のに(かか)って……」

「ありゃりゃ、僕のおじいちゃんと一緒だ……あれって一度ハマると、すっごい厄介だよねー」

 リオはそう言って、いつの間にかニーナのとなりに座りこんで、ちゃっかりくつろいでいる。

「でもリオちゃん、私たちもこの件で、色々学ばなきゃ駄目よ! 『流行(はや)(やまい)の悪循環』って、決してお年寄りだけの問題じゃないわ! そういう危機感を、もっともっと広く共有していかなきゃ――」


 参ったな。またニーナの話が、脱線しそうな気配がする。すぐにでも話題を引き戻さなければ。

「それでニーナさん、ラウルさんは、今どちらに……?」

「ああ、うちの二階を貸してるんで、多分、いまごろ部屋で寝てますけど……」

「では、ぜひお会いしたいんですが」

「あの、それはちょっと……できません」


 かなり強い言葉で、にべもなく断られた。


「……少しで構いません」

「できません。本当、すいません」

 ニーナはメガネを押し上げると、申し訳なさそうに打ち明けてきた。

「あの……流行(はや)(やまい)って、伝染(うつ)すリスク、伝染(うつ)されるリスクがありますよね。だからラウルに会うのは遠慮してください。看病の担当はエイダンですし、もしご用件があるんでしたら、うちの兄に……」

 その答えには、なかなか驚かされた。

 彼女はそんな矛盾した話を、()()()()()信じ込んでいるのか?

 オレはあえて声を張りあげ、向こうにいるエイダンにも聞こえるよう、強く反論してみた。


「それはずいぶん……おかしな話ですね!」


 案の定、向こうのキッチンで買い物かごを整理していたエイダンが――手を止めた。


「はは……おかしい? 旅人さん、何がそんなにおかしいんですか?」

 エイダンはキッチンを出ると、わざわざリビングまで歩み寄ってきた。

「そう言うからには……オレが変だと言う理由が、あなたはわかっているはずだ」

 オレがそう指摘するなり、エイダンは目を逸らしーー笑いだした。


「あっはははは! ほらニーナ、旅人さんも、おかしいって言ってるよ?」

「へっ!? わっ、私!?」

「あれ? ニーナ、何とぼけたこと言ってるんだよ」

 エイダンは見かねた様子で、苦笑いを見せている。

「まあ、 ぼくからは、少し言いづらいんだけどさ、やっぱり君はおかしいよ。ラウルが流行り病で苦しんでるのに、君ときたら……いまだに()()()()()()友達と会ったり話したり、人付き合いを、ちっとも控えてくれないって……それでまた、ラウルに流行り病を持ち込んでるって……ちょっとあんまりだよね?」


 ニーナはその説教を受けーーゆっくりと黒縁メガネを、押し上げた。


「エイダン……それ、また……()()()()()()()って……言いたいの……?」


 何かのスイッチが切り替わったのかーー臆病でしどろもどろだった彼女はーー正義感あふれる怒りの眼差しに、変わっている。


「いいわ、エイダン……その議論を蒸し返すんだったら、私だって反対尋問の用意はあるんだからっ!」


 ニーナは宣戦布告するなり、ソファから立ち上がり、威風堂々と証言を始めた。


「いい!? ここ数ヶ月の私の行動、思い出してもらいましょうか! ラウルの闘病中、私、一度もラウルには会ってないわ! この家の中だって、買い出しを届ける数分しか(とど)まらなかった! その間、私はずっとノンナの家にお世話になってたでしょ!」


 バシンッ――ニーナはソファの背もたれを、力強く叩いた。


「この習慣を始めて数ヶ月になるけど、やっぱりラウルの悪循環は、治らないじゃない! そろそろ私の言い分を認めたらどう? ラウルに流行(はや)(やまい)を持ち込んでる犯人は、私じゃないわ!」


 オレにはあまり話が見えないが、思わず拍手したくなるほど立派な弁護だった。

 防戦一方だったニーナが、急に一転攻勢に出て、敗色濃厚な雰囲気を完璧にひっくり返した。人間はこういう有様を「論破」と呼ぶんだったか?

 ただ、オレがおかしいと言ったのは、そこじゃない。


「いえ……その方が流行(はや)(やまい)(かか)ることが、そもそもおかしいですよ」


 リビングデッドになることは、まさに万病に効く、()()にして()()の治療法だ。

 末期のステージだと診断されたガン患者が、リビングデッドに豹変(ひょうへん)したとたん、その後、十七年以上生きた記録も残されている。

 この土地にどんな流行(はや)(やまい)があるかは、関係ない。リビングデッドが病気に(かか)るなんて、そんな矛盾したことはあり得ない。


「はは、おかしい? あの、旅人さん、ラウルの何がおかしいんですか?」

「……」

「旅人さん?」

 エイダンはオレの顔色を伺うと、子どもっぽい笑顔を見せている。


「いえ、エイダンさん……オレがおかしいと言っているのは、ラウルさんではありません」

「へえ、そうだったんですか! じゃあ一体――」

「とぼけないでください」

「……」

「オレがおかしいと言っているのは……あなたです」

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