第55話「二日なら、あんた一人でも行けるね」
柱の前で、二人とも別々のほうを見ていた。
こちらが見ていたのは左だ。轍が二本、下って回り込んでいる。深さは、これまで歩いてきたどの道よりもある。夜のあいだに雨は降っていないので、この深さは昨日までの荷のぶんだ。あの晩の火が何だったのかを確かめる手がかりは、この轍の先へ下りていった荷のどれかにある。
この子が見ていたのは右だった。草が低い。低いだけで、踏み跡と呼べるほどのものは無い。歩く者はいるが、多くはない。
どちらも、そう長くは見ていられない。見ていられないのに、二人とも足が動かなかった。
先に動いたのは、脚のほうだ。立っていると、潰した側がだんだん重くなる。立ち止まっているときに痛むのは、歩いているときより始末が悪い。歩いていれば、次の一歩のことを考えていられる。
荷を下ろして、柱の根方へ座った。布を替えるには底まで開けないといけない。替えの布は、いちばん下に入れてある。
開けると、底から先に出てきたのは木札だった。
手のひらに載るくらいの大きさで、角が丸い。丸いのは削ったからではなくて、荷から荷へ移されるあいだ、ずっと底でこすれてきたからだ。
字の面は、下を向いていた。
一度だけ、それを持ち上げた。持ち上げて、そのまま指のあいだで止めた。裏を返せば読める。読めることは、十四のときから知っている。
戻した。指のあいだから滑らせて、元の向きのまま底へ落とした。
戻してから、上に布を重ねた。この札は、荷の底に在ることだけが仕事で、読まれるのはその仕事のうちに入っていない。
「おばさん、それ、荷の底にずっと入ってたやつでしょ。おれ、一回見たことある。字が書いてあるやつ」
「見たのかい」
「見たっていうか、はみ出してたんだ。読んでない。ひっくり返さなかったから」
「そうかい」
「それ、なに」
「古いもんだよ。もらったんだ。ずいぶん前にね」
「捨てないの」
「捨てるほど邪魔でもないんでね。重くもない。底にあるぶんには、無いのと変わらないよ」
この子は、それで引いた。引くのが早いのは、こちらに答える気が無いものを見分けられるからだ。
布を替えた。左の脛は、色の広がりが止まっている。止まってはいるが、薄くならない。薄くなるまでは、この歩き方のままだろう。
巻き終えたころに、後ろから荷が来た。
二台つないで、車輪の幅を揃えてある。押しているのは三人で、うち一人が子供だった。あの継ぎ場から出てきた荷だ。締めてあるのが黄色と白の二本撚りなので、見れば分かる。
「あの子、おれくらいだね」
「そうだね」
「あれ、仕事なのかな。それとも付いてきてるだけかな。付いてきてるだけなら、押さなくていいのに」
「押してるなら仕事だよ。押さなくていい子は、後ろを歩く。後ろを歩いてる子は、荷を見ないで犬を見てるもんだ」
この子は、押している子供の手のところを見ていた。見ている顔が、値踏みをする顔ではない。同じことをやっている者を見るときの顔だ。
その荷は、柱のところで速度を落として、左へ入っていった。
入るとき、誰も柱を見なかった。見る必要が無い。この人たちは、どちらへ行くかを、ここへ来る前から決めている。
轍の深さは、そうやって決まっていく。
荷が回り込んで見えなくなるまで、こちらは目を離さなかった。そのあいだ、この子のほうは右を向いたままでいた。
こちらのほうは、まだ決めていなかった。
決めていないというのは、正しくない。継ぎ場を出たときには、もう左だった。左だと決まっていたのに、柱の前でこれだけ立っているのは、決めたことを自分に一度通しているからだ。
通す手間を惜しむと、あとで理由を作る。作った理由は、次に迷ったときに役に立たない。
「トト」
「なに」
「二日なら、あんた一人でも行けるね」
この子は、こちらのほうを向いた。向いたまま、しばらく声を出さなかった。
言わないでいるあいだに、顔の向きだけが一度、右へ動いた。動いて、戻った。
「行かない」
「なんでだい」
「おれが行ったら、おばさん、名前ないでしょ」
それが、この子の答えだった。
こちらは、すぐには返さなかった。言うことが無かったからではない。返せば、この子は自分の言ったことの重さを、あとから測り直してしまう。
この子は、自分が何のために要るかを知っている。知ったのは、こちらが教えたからではない。三年のあいだ、毎回、渡したものが使われるところを、この子は横で見てきた。
見ていれば分かる。分かったうえで、この子はここに立っている。
「荷、持つよ。今日は下りだから、おれが下のほう持つ」
「そうしとくれ。下りは、あんたのほうが上手だからね」
この子は、荷の重いほうを引き受けた。引き受けるときに、括り目の位置を自分の背に合わせて直した。直し方は、継ぎ場の男の締め方に似ていた。見て、覚えて、もう使っている。
左へ入った。
入ってすぐ、道は下って、回り込む。回り込むと、柱は後ろで見えなくなった。
轍は深い。深いところを歩くと、足が取られる。取られるのが分かっているので、轍の外側の、少し高くなったところを歩いた。
この道は、荷の行く道だ。荷が行く先には、荷が着く場所がある。着く場所には、下ろす者と、受け取る者がいる。受け取る者は、受け取ったものを何かに使う。使い道のあるものだけが、道を二つも越えて運ばれてくる。
だから、着いた先を見る。
着いた先で何も出てこなければ、そのときはそのときだ。こちらには、ほかに歩く当てが無い。
当てが無いというのは、困ったことではない。当てのあるほうへ行くと、当てが外れたときに戻る場所が要る。
「おばさん、着いたら何すんの」
「見るだけだよ。着いた先で、荷を下ろすところを見る。それだけだ」
「見て、分かんなかったら」
「分からなかったら、そこで考える」
「考えて、それでも分かんなかったら」
「三つ聞いたね」
この子は、そこで口を閉じた。閉じてから、少し笑った。三つ目まで言わせてもらえたのは、たぶん久しぶりだ。
昼を回って、この子が前へ出た。
道幅はあるので、並んで歩ける。並んで歩けるのに前へ出たのは、こちらの足音に速さを合わせるのが、後ろからでは難しいからだ。
前を歩く背中は、荷のぶんだけ低くなっている。低くなっても、括り目の位置は正しいところに来ていた。朝に直したぶんが、そのまま効いている。
この子は、最後まで後ろを見なかった。
分かれのところの右の道は、柱の脇から入って、すぐに木の陰へ消えていた。草は低いままで、この先も低いままなのだろう。あそこを歩く者は多くない。多くないが、絶えてはいない。




