1、閉じた教室
七月。梅雨明け前の午後一時。
五時間目が始まって十分ほど経った頃、窓際の女子が声を上げた。
「先生、なんか外……変じゃないですか?」
坂巻先生が黒板から顔を上げた。
「何が変なんだ」
「工事の音が、さっきから全く聞こえないんです」
教室が少しざわついた。
誰かが欠伸をし、誰かがシャープペンを回す。
いつもの午後だった。
その直後——
スピーカーからノイズが混じった音が流れ始めた。
抑揚のない、事務的な声。
最初は誰も気にしなかった。
『——出席番号、〇八番。梶本 哲也。』
梶本が「はっ、俺……?」と顔を上げた瞬間。
彼の体が一瞬、引き伸ばされるように歪んだ。
「たすけ——」という叫びが途中で途切れ、次の瞬間、椅子の上に彼の姿はなくなっていた。
ただの空席が残った。
教室が凍りついた。
『——次、出席番号、三四番。大河内 遼。』
ボクシング部のエース、大河内が消えた。
絶叫が上がる。
生徒たちが扉に殺到したが、扉はびくともしない。
窓も開かない。スマホは圏外。
パニックが広がっていく中、放送は止まらなかった。
『——出席番号、二十三番。日向 葵。』
日向葵がゆっくり立ち上がった。
窓際の席で、静かに前を向いていた彼女が、一瞬だけ振り返った。
その表情を見た女子生徒の顔が、ガクガクと震えた。
葵は、次の瞬間、いなくなっていた。
机の上に、桃色の消しゴムが一つ残されただけ。
遥斗は動かなかった。
ただ、その消しゴムをじっと見つめていた。
(次は……自分か)
放送は容赦なく続いた。
『——出席番号、十五番。金子 紬。』
『——〇二番。有田 凛。』
教室は地獄と化した。
泣き叫ぶ者、扉を叩き続ける者、机に突っ伏して震える者。
生き残った者たちは、互いに距離を取りながら、
自分が呼ばれないことをただ祈っていた。
坂巻先生の名前が呼ばれた時、教室は一瞬、静まり返った。
先生は黒板の前に立ったまま、チョークを持った手が小刻みに震えていた。
次の瞬間、彼もまた消えた。
床にチョークが転がる音だけが、虚しく響いた。
遥斗は後ろの席で、ただロッカーの裏を見つめ続けていた。
あの小さな隙間から、微かな風が吹いてきていることに、誰よりも早く気づいていた。




