本当に本当に良かった!
……落ちた?
ジョシュア様が!?
そんな馬鹿な!!
僕達は彼を助けに来たっていうのに!!!
オーロの悲痛な声が遠吠えのように長く響く。
「ジョシュア様!」
僕も壁際に駆け寄る。
ああでも嫌だ、下にジョシュア様が倒れていたら、ピクリともしなかったら……。
手も足もガクガクと震えてしまう。
……見たくない。
でも、確認……しないと……。
恐怖を必死で堪えて下を覗き込もうとした途端、何かが下からバサッと飛び出してきた。
真っ赤な色の何かが僕の前を一瞬で通り過ぎる。
僕のずっと頭上でバサッバサッと羽ばたく音。
……赤竜……?
「ヴェルデ!?」
僕の声に、赤竜が応えるようにグォウと鳴く。
その姿は子竜じゃなくて成竜だ。
え……? 儀式って終わったら一気にレベルアップして進化するのか!?
「ジョシュア様はご無事なのか!?」
もちろん。と言わんばかりのヴェルデの声を聞いて、僕はすぐに駆け出した。
オーロの元へ!
傷ついたオーロのあの怪我を、僕は一刻も早く治してあげたかった。
壁の上は高いけど景色が良くて、風を切ってぐんぐん走ると爽快感を感じる。
ビリデクトの侍従達はあたふたしてるだけで、僕を追う人はいない。
「なぜ動けるんだ!」
「契約書はまだここに……」
「ビリデクト様はご無事なのか!」
僕はあの契約書にサインする時、ビリデクトと同じ手を使った。
漢字で書かれた僕の名前が合ってるかどうかなんて、わかる人はいない。
『緑』の右下部分を一本少なく書いた。
でもそれだけだとビリデクトの時みたいに契約が発動しなくてバレると思って、オーロに頼んだんだ。
黒い蝶を飛ばせるオーロなら、それっぽく見せることができるんじゃないかと思って。
結果、大成功だった。
ビリデクトを騙せて大満足だった。
なのに、まさかジョシュア様まで騙されて……あんな行動を取ってしまうなんて……。
でもヴェルデが来てくれて助かった。
間に合って、本当に良かった!
オーロもジョシュア様も、生きててくれて本当に本当に良かった!!
「オーロ!」
僕はオーロの上まで走り込むと、オーロに向かって飛び降りた。
オーロは慌てた顔をして口を開いた。
ああそっか。
オーロの体はごつごつしてるから、不用意に飛びついたら怪我してしまうのか、考えてなかった。
オーロは咄嗟に一番柔らかい部分……つまり、舌で受け止めようとしてくれたようだ。
僕はオーロの舌に柔らかく受け止めてもらって、それからオーロの足元にそうっと下ろされる。
オーロを攻撃していた兵達はすでに退却していて、かなり離れた辺りで負傷した仲間達の手当てに大忙しのようだ。
グルル……と低く唸られて、無茶をするなと叱られているのが分かった。
「えへへ、ごめん。嬉しくてつい……」
僕はオーロの傷付いた羽や体を順番に治していこう……と思ったんだけど、弾む心に魔力が溢れていて、オーロの首から下を全部一気に魔力で包んでしまえた。
オーロは大きいので、僕の魔力でぐんぐん傷が癒えて塞がってゆくのがよく見える。
矢傷ってこんな形になるんだなぁ。
なんだかオーロの目の傷に似てる……。
そう思ってから、僕はようやく気づいた。
オーロの目の傷は矢傷だったんだ。
ここから逃げるときについた。
子竜の時についたから、こんなに大きく……? って待って?
だとしたらオーロってこんなに大人っぽくて落ち着いてるけど、あの子どもの竜から五年しか経ってないってことは……今何歳!?
いやでも儀式が終わったら急成長するんだっけ!?
急成長したら精神年齢も上がるの!?
混乱する僕の上に影が落ちる。
僕達の前にバサっと着地したのはヴェルデだった。
その両腕にはジョシュア様だけでなくビリデクトもいる。
そうか、ジョシュア様はビリデクトに抱きつくようにして一緒に落ちたから、バラバラには拾えなかったのか。
ヴェルデは、気を失っているらしいビリデクトをポイと転がしてから、ジョシュア様を抱いたまま人の姿になった。
おおー、ヴェルデも人の姿になれるんだ。
真っ赤な髪を腰下まで長く靡かせた、イタズラっぽい顔立ちの細身の青年。
スッと通った鼻筋に細い顎、狐みたいな曲線的なツリ目に、優しいエメラルド色の瞳。
眉は細くて、目とは逆にゆるっと垂れている。
それがヴェルデの人の姿だった。
歳は僕よりもちょっと若そうで、十八か十九歳くらいに見えるな。
「痛かったろ、よく頑張ったな。すぐ治してやっからな」
そう言うと同時にヴェルデはジョシュア様に何か魔法をかける。
すると、ジョシュア様の身体中にあった傷がどんどん治ってゆく。
わあ、回復魔法だ。いいなぁ。
僕もそれが使えたら、ジョシュア様の怪我も、別邸の人達の怪我も治してあげられたのにな。
「クルル……」とオーロから可愛い感じの声がしてそちらを見れば、オーロの怪我はすっかり治っていた。
「よかった、オーロ……もう痛いところはない?」
オーロは大きな体で、そっと控えめに頷いた。
「鎖を外してあげたいけど、これはどうしたらいいんだろう……」
オーロがグォウグォンと何やら説明してくれる。
でも僕、竜の言葉はわからないんだよね。
「へぇ、契約主ってこいつ?」
そうだ。ヴェルデがいた。
ヴェルデはビリデクトを指して尋ねる。
「ジョシュア様!」
声に屋敷の方を見ると、エトさんがこちらへ駆け寄ってきていた。
ああ、エトさんも無事でよかった……。
「エト! 怪我はないか?」
ジョシュア様が嬉しそうに名前を呼んで、エトさんの方へ行こうとする。
その肩を掴んでくるりと戻したのはヴェルデだった。
なんで?
「なあジョシュア、俺、黒竜ほどでっかくないけど火ぃ吹けっから、見ててなっ!」
何やら嬉しそうに宣言すると、ヴェルデは真っ赤な竜に姿を変える。
「は、はい……」
ジョシュア様が押され気味に答える。
グォウウ!? とオーロが何やら文句を言い始めた時には、ヴェルデはスウっと大きく息を吸い込んで、真っ赤な炎を吐き出していた。
炎は周囲にぶわりと熱気を撒き散らしながら、ごうごうと火柱をあげてビリデクトを包む。
「……あ……兄上っ!?」
ジョシュア様が大きく狼狽する。
もちろんジョシュア様だけでなく、この場の全員が動揺した。ヴェルデ以外。
僕達の目の前で、ビリデクトは意識を取り戻す間もなく、あっという間に炭どころか灰になってしまった。
……赤竜の火力……高温過ぎる……。
人の姿に戻ったヴェルデは、呆然と立ち尽くす人達を見回して首を傾げる。
「ありゃ、燃やしちゃまずかった? だってあいつヤな奴だったろ?」
ヴェルデ、全然悪気ない……。
うわー……怖いな……。
そもそもヴェルデはビリデクトの嫌なとこってほとんど見てなくない?
それでもそんな軽いノリで燃やされちゃうわけ……?
えー……。やっぱり怖いな、竜がというより、ヴェルデが。
僕達のそばまで駆け寄ってきたエトさんが、ビリデクトがいたはずの場所を視認してから、バッと周囲を見渡して声を張り上げた。
「お前達も見ていただろう!! アンデクトス侯爵家長男、ビリデクト・アンデクトスは竜の暴走による不慮の事故で亡くなった!」
え。不慮の事故……。
不慮……、不慮ではあったけど……。
「竜はビリデクト様がご自身の指示により敷地に入れた。よって、この件の責任はビリデクト様にある!」
なるほど。
ジョシュア様は悪くないぞ、ビリデクトの自業自得だぞって主張なのか。
周囲を取り巻く兵達はほとんどが、そうだな。そうだ。と納得の声をあげている。
兵達も、こんな暴君よりジョシュア様の元で働く方がよっぽどいいよね。
特に今回は負傷者もいっぱい出てるし……。
ビリデクトの直接の侍従達くらいは反論してくるかなと思いきや、意外にも否定的な声はひとつも上がらなかった。
ビリデクトは人望がないな……あんな態度では当然か。
灰と化したビリデクトをじっと見つめていたジョシュア様が、小さく肩を揺らす。




