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ログ#8「傷後」

 灰と炎(はいえん)が舞う戦場に雪が降り積り始める。

血と火薬の臭いは薄れていき、あちこちに死体が転がっているその場に膝から座り込む。

息は荒く顔も髪も手も敵と自分の血で塗れていた。

吐く息が白くなり揺れる肩が寒さを遅れて実感させる。

雪雲に覆われた空は暗くさせ影を濃くさせ視界は悪い。

敵が雪の上を踏む音で振り返り同じ表情との相手の腹部を刺して倒す。

灰色の雪が赤く濡れて染め広がる。

乱雑する細い木々を支えに前に前にと進む。


 爆音は少し前から止んでいる。

けんけんが打つかる音も火花もせず発砲も弾丸や光線も飛び交っていない。

疲れている身体を休めずに足を上げて駆ける。

行き先は分からない。

どこに向かっているのかさえ知らない。

行先は無い。

ただ重たい身体と重たい足を上げて動かして走っているだけ。

雪に足を取られ誰も踏んでいない綺麗な雪にダイブするように前から倒れ落ちる。

怪我は無い。

あるのは戦闘で負った真新しい傷だけ。

それも冷たい雪で冷やしてくれるだろう。


 かおから落ちた水滴が灰色の雪を溶かす。

空を見るためなのか体を動かして伸ばした手は空を切り、空振りして雪に埋まる。

その瞬間に思い出す。

ここは戦場、同期は早々に被弾し即死。

同僚の先輩も死に上官とも逸れた。

冷たさに慣れてきた頃、身体が鉛のように動かなくなる。

瞼を開けているのも億劫になって身を任せてしまいたい欲に駆られる。


 次の瞬間、自身が荒野をけて通り過ぎ様に異星人を倒しては血を浴びている場面に切替わる。

血の匂いと独特の温度、しかし戦闘スーツは酸性の強い血液にダメージを負い斬り伏せた武器はダメになり投げ捨てる。

新しい武器を取り出して同じように飛び出しては殺す。

暑い日差しと体温にスーツの中は汗だくで体力の消耗も激しい。

そこで、ふと思う。

どうやってあの極寒の戦場から助かったのか。

思い出せない。

しかし考え込む時間を敵は許してはくれない。

身を隠していた岩が砕かれる。

的になる姿を見せてしまった以上、思考は戦闘へと変える。

今は生き抜かなくてはならない。

一斉射撃のド真ん中を駆ける、スーツのダメージ量が一定を超えたのを告げる。

スーツ内の頭部から血が垂れる。

まだここではくたばれないと口を噛み締めた。


 また場面が変わる。

陸の無い惑星で戦闘用の宇宙服で大気中を縦や横に移動する。

上下の境はもはや存在しないように思えてくる。

銃器の音が鳴り響き、煩く雲に穴が開く。

敵とは別に昆虫型(トンボ)のクリーチャーに食われ悲鳴を上げながら同僚が1人1人と消えていく。

自分も捕食されかけて右腕を犠牲に助かる。

だがそれは敵に弱点を教える事と同義であり攻撃手段を1つ失う事さえ意味していた。

改造した肉体が即座に止血させる。

片手で銃器を構え腹部で支えて敵に向かって翔んだ。

雲をすり抜けて奇襲は成功する。

あとは引鉄を引くだけ。


 (そら)から椅子に落ちるように場面が切り替わり吐きそうになる。

食事が喉を通らない。

食べたくても食べたくない。

食欲をそそらない。

あの悲惨な光景が記憶が脳にベッタリと、こびり付き洗い流されない。

人の感情のややこしさを実感する。

手から血の匂いが抜けない気がして洗いに行く。

椅子に戻って食事を再開しようにも意欲が湧かない。

やつれてもつれた身体で床に倒れた。

誰も笑わず助けない。

冷たい床に触れた頬が何故か安らぎを感じて眠りを誘う。

不意に床が渦巻き沈んでいく。

そこでこれが夢だと確信する。

自身の記憶、だが所々が違う。

落ちた先は真っ暗闇で藻掻いても何も変わらない。

溺れるでも無く落ちるでも無い。

何も無く、見えない聞こえない世界。

もう打つ手はない。

目が覚めるのを待つしかない。


 惰性のように場所は違えど同じ仕事をこなす。

やらされていた、やらされている任務(しごと)は責任が伴い。

そして感情こころを破壊して朽ちるのを待つだけの苦痛ならば、今なら凍えてでも死を選びたい。

散っていった仲間達に会いたいと、そこにある死に手を伸ばせるならば。

それに躊躇いはなかった。


 無意識に伸ばしていた手は虚空を切らず、闇の先に光を見て掴もうとしていた。


『────────────。』


 何かを伝えているはずの声。

記憶にない思い出。

知らない声、しかし聞き取れない。

聞こえているのに聞こえない。

女性の声、顔も見えず光で輪郭さえ分からず、そこに居るのかさえ分からない。

何なのか問い掛けようとして暗闇は、まばゆい光に覆われて光だけになる。

そしてヴァイスは覚醒する。

今は朝だ。


「お前は誰だ!?」


 朝日に照らされた部屋にヴァイスの声だけが残った。


◇◇◇


 客間の寝室。

ヴァイスは衣服はそのままにベッドに運ばれていた。

運んだスミリがアンダースーツを脱がそうとしたがついぞ出来ず寝かされるに終わった。

スーツに接触した際に開始された、そんな録画映像を確認しながらヴァイスは昨夜の事を思い出す。


(結婚!?

……結婚だと!?

婚約でも無く、候補でも無ければ結婚っ!?)


「結婚っ!?」


 またもヴァイスの声が室内に虚しく響く。

声にまで出してヴァイスは取り乱していた。

夢の内容は、まやかしのように消え忘れてしまいヴァイスはベッドから下りると溜め息混じりに着替えを始める。

そこにスミリがノックも無しに入ってくる。


「おはよう!

仲間に会わせたいから来てくれ!!」


「待てっ!

待て待て、まだ追いついてない。

結婚ってなんだ?

どこから出た話なんだ!?

…………お前、スミリは何歳だ。」


 ヴァイスの調子は彼女と出逢ってから狂いっぱなしだ。


「ん?

16か17才じゃないか?

何か問題かねヴァイスくん?」


「こっちじゃ成人が何歳か知らないが俺は300歳は超えてる。

何より結婚したくないんだよ」


「エルフ種だったのか?

驚いた。」


「エルフだとっ!?

エルフか。

またファンタジーな。

どうなってんだ。

あーーもう分かった。

お前の知り合いには会ってやる。

はぁ、疲れた。

……朝飯食べたいんだが。」


 肉体変化後からヴァイスは疲れを抱き安くなっていた。

そのためよく疲れ、よく空腹になっている事実にまだヴァイスは気付いていない。


「当たり前だろう。

そっかエルフだったのか、そっかそっか」


 スミリの表情は扉で見えず出ていった。


「……おい待て、食堂に案内してくれ!

分かんないだろ!」


「おっ!

そうだったな!」


 また扉から、ヒョッコリ顔を出したスミリは笑顔だった。

ヴァイスは嘘を付く、既にこの屋敷や村全体から周辺まで完全に地理を把握している。

だが知らされていないはずの知識(じょうほう)を持っていては妖しい。

そのため鞭を装う。

それは必要な嘘だ。そう心に残る傷を見せないように。


◇◇◇

 家族団欒の朝食は難なく終わった。

咽び泣く父親と終始、笑顔の母親、赤子の弟。

壁に整列している執事やメイドたち。

弟は何でもスミリが拾ってきたらしい孤児のようでやはり底付けのお人好しだとヴァイスは思った。

見知らぬ食材に驚くのは今度はヴァイスの番だった。

だが魔力適応された肉体は異変も起こさず完食を済ませスミリの友人たちに会う前に父トミー達がヴァイスの服を用意するという話になりそれまで現在あてがわれている部屋で待つことになった。


「NS、経過報告してくれ」


『はい少佐。』


 カモフラージュ機能が解除されクリスタル姿が現れる。

NSとリンクするとヴァイスの視界(がんきゅう)内部にヴァイスの就寝中の記録映像や詳細なデータが複数同時に再生される。


「いずれ物資は補給したばかりだったとはいえ尽きる。

現地調達しか道はない。

連絡は?」


『繋がりません。

不時着の位置等から計算しても辻褄の合わない答えです。

スミリ様との件も有ります。』


「だからと言ってもテラフォーミングは論外だ、そもそも部所が違う。

やった事ないしな」


『マニュアルデータならありますよ。』


「まだ連絡を取れるか試す段階だ。

探査機を発射出来るようにトミー氏に庭でも借りる。

今は天体の位置や諸々をハッキリさせる。

ダメだった時、云々はその後だ」


『はい、かしこまりました。

この村の動静はどうされますか?』


「ひとまず放置だ」


 悪事をおよがれる事をヴァイスは選んだが何も見逃す訳では無かった。

全てを把握して妨害や自身に利用出来る物は利用し、そして少しの手間で誘導したりする。

本当に悪なのがどっちかは神のみぞ知る事だろう。



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