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大団円の故

 

 そこでイヌマキに天啓が降りる。今までの流れ、今のこの人物構造、大真面目であるのに、俯瞰すると馬鹿みたいなこの状況……。打破するにはもうこれしかない。イヌマキは隠し持っていたインカムを取り出し、こっそりと話しかける。


「カクシノさんとカガリさん、今から私が台詞を言いますので、その瞬間照明を消して、私だけにスポットライトが当たるようにしてください」


 急に飛ばされた指示に、二人は狼狽している様子だった。困惑した声でカクシノは言う。


『イヌマキさん、急にどうしたんだい』


「この状況を打開する方法を思いつきました。どうか私を信じて。その後はなるようにお願いします」


『ちょ、ちょっと……』


 そこでイヌマキは通信を切断する。もう時間がない。フッと一呼吸おいて、心の中でイヌマキは謝る。

―お母さん。私は大学で変なことばかりしていますが、なんとか元気です。



  午後二時三十分



「だあー! もう八方塞じゃないですかあー!」


 考え込んで沈黙していた舞台の上に立っていたイヌマキが、不意にお道化て叫んだ。その瞬間会場の照明が消え、スポットライトがイヌマキに当たる。なんだなんだと聴衆が彼女に注目する。全ての視線が自身に向けられてることに怖気づきそうになったが、なんとかその恐怖を飲み込むことができた。そうして再び渾身の力で叫ぶ。


「こうして諮問委員長ロクマと奥の院の戦いは幕を閉じました! その後両者が和解し、治安活動と事故物件攻略を両立する伝説の集団になってゆくのは、また別のお話……」


 なんだこいつは、という視線がイヌマキを襲う。それは聴衆だけでなく、舞台上のロクマとノノミヤ、奥の院のメンバーにもそう思われていたに違いない。しかし、ここまで来たらもう止めることはできない。


「本日は特別ゲリラ演劇、『諮問委員会×奥の院「白熱! 霊現象は誰の手に?」』にお越しいただき、誠にありがとうございました! この物語はフィクションです! 実在する地名と団体ですが、他は一切関係ありません!」


「本日はご来場、まことにありがとうございました!」と最後まで言い切ったイヌマキは深々とお辞儀をする。会場は静まり返ったままだった。座席からも、舞台上からも、何の反応もない。イヌマキは誰にも顔を見せないよう地面を見ながら歯を食いしばっていた。失敗だっただろうか、余計なことをすべきではなかったか。思考のめぐる時間が長引くにつれて、更にイヌマキの顔は引きつる。緊張感で、このまま頭が地面に埋まっていきそうな感覚に陥る。


 もう駄目か、そう思った時、座席から小さな拍手が聞こえてきた。ぱちぱちと頼りないものだったが、イヌマキは漸く顔を上げ、その音の主を見る。ロクマのことををカメラで映し、会場を恐怖に陥れた大人しい女学生。


「スズリさん……」


 思わずイヌマキは呟く。彼女が起こした小さな拍手は、バタフライエフェクトの様に小さな拍手の波を周囲に伝播させ、十秒も経つ頃には、会場からは拍手喝采が巻き起こっていた。聴衆からは「面白かった」とか「みんな演技うますぎる」とか「ロクマさんのキャラがフィクションで良かった」などと聞こえてくる。実際、ロクマの行いも言動もフィクションではないのだが。


 イヌマキが安堵していると、スポットライトが舞台上の七人全員に当てられた。そしてその上から、カラフルな紙吹雪が降り出した。状況を把握したイヌマキ以外の六人も姿勢よく起立し、深々と頭を下げる。イヌマキも再び彼らに合わせて頭を下げる。一段と拍手が大きくなる。彼女の後ろで、六人の声が聞こえる。全員、お辞儀をしながら口だけ動かしている。


「流石、私が認めた後輩ね。なんだか女優になった気分」


「我々の作戦終了にふさわしい終わり方ではないか! イヌマキ君の機転に脱帽、脱帽!」


「まあ、痛み分けだな、俺たちと諮問委員会の。よくやったイヌマキ」


「……カクシノさんは、なぜこんな紙吹雪まで用意していた」


「よかったねロクマ。あんたの株も下がらないままで。あの子に感謝しなよ」


「す、すまない……。もう敵わない。駄目だ、情けないよ自分が……」


 燻ぶったように自分を卑下し続けるロクマにしびれを切らしたイヌマキは、舞台の最前へと彼の背中を押していく。そして耳元で囁く。


「そんなこと言っても仕方がありません。ここはあなたのカリスマ性を再び発揮してください。私だけでは締まりが悪いのです」


 そう言ってイヌマキは近くに落ちていたマイクをロクマに手渡す。彼はしばらくの間彼女を見ているだけだったが、やがて「ありがとう」と言ってそれを受け取る。


「皆様、本日は改めてゲリラ演劇にご参加いただき、ありがとうございました! これは我々諮問委員と奥の院が共同で考案した没入型イマ―シブ演劇です。活動内容が異なる二つの組織の懸け橋となるよう、一年生の彼女が脚本を書いてくれました。今一度、奥の院のメンバーに盛大な拍手を!」


 鳴り響いていた拍手が、今日一番の喝采に変わる。人々の、奥の院への疑いや不信感は全く消えたようだった。またロクマの支持も落ちてはいないようだ。


 思えば、遠いところまで来たものである。鳴りやまぬ拍手の中で、彼女はそう思った。彼女が経験した驚きや恐怖、後悔、そして何よりそれらを上回った愉快が、この拍手に込められているような気がしてならなかった。初陣での衝撃や四国作戦の少年、京都の不思議な仲間たち、そして奥の院消滅の危機など、印象的な出来事がスタッフロールの様に脳内に流れていくイヌマキ。いやこの感覚は、イチジョウもミツメもフセミもヨツツジにも同じだったかもしれない。


「でもやっぱり、なーんか馬鹿っぽい終わり方なのよねえ」


 舞台上で女優気分に浸っていたミツメは、そんなことを言った。



そろそろ終わるかもしれません。ここまで読んでくださっている方、感謝しかありません。

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