完膚なきまでに
「ノノミヤ君、どうしたのかな」
ロクマは自信と嬉しさで上ずった声で言った。彼の『真の目的』も、たった今達成されたと言えよう。その様子を顧みることなく、ノノミヤは毅然と彼に尋ねる。
「ねえロクマ、一つ聞かせて。確かにあんたは強い。カリスマ性もあるし、世間を味方につけられる器量もある。じゃあ、あなたにとっての権力って何? 力を持つということはどういうことなの」
予想外の副委員長の登場に、皆が押し黙る。ロクマさえも押し黙った。たった今、その質問をする意図が全く誰にも見えなかった。それでも、ロクマは彼女に良い恰好を見せようと、思いつく限りの美麗な権力への持論を語った。
「ふむ、努力の報酬ともいえるが、最も私が思うのは、その力の下僕であるということだ。こいつらの様に奔放に自由にできるのは、力に見捨てられた者だけだ。私は彼らのようにはできない。なぜならこの力をもっと行使しないといけないからだ。力を持つものだけが、人を動かし、それを武器にすることができる。私にとっての権力とは、そのような認識だよ」
会場からは喝采が巻き起こる。勧善懲悪。それをたった今成し遂げた男の言葉は、さぞかし女学生に響いたであろう。ノノミヤを除いて。
「代償は自由。そう言いたいんだね」
彼女の問いに、「そうだ」と胸を張って答えるロクマ。
「わかったよ」
そう言うとノノミヤはロクマに近づき、彼の手を握る。勝利の絶頂を感じて更に有頂天になったロクマから、ノノミヤは素早くマイクを奪い取る。そして最大音量にしてから叫び出した。
「みんな! この男、ずっとカッコつけてるけど、ただ私に振り向いてほしいだけだからね!」
その様子を見てイヌマキは、彼女の静と動の緩急の流麗さを思い出した。学生通りで二人で話した時も、こういう感覚になった。イヌマキ以外も同じことを感じているようで、聴衆も、奥の院の四人でさえも、凍り付いたように動かない。
「ちょっと待て」と全身の血液が抜かれたように蒼白しているロクマに構わずノノミヤは続ける。
「こんなデカい会場で、奥の院を公開処刑しようとしたのも、私にかっこいいところ見せたかっただけ! 学生部が管理しきれないとか予算が足りないだの言ってたけど、あれ嘘ね! 全部ロクマが権力に物言わせて改ざんしてただけだから! 私が副委員長にされたのもロクマの意向! 全部私に振り向いてほしかっただけ! そうだよね、委員長?」
「ちょっと待てと言ってるだろう!」
委員長は会場全体からの困惑の視線に焼かれながらも言葉を振り絞った。
「どうしたんだノノミヤ君。どこかおかしくなってしまったのか……」
ロクマは明らかな狼狽を見せながらも、周囲の聴衆もまた状況が飲み込めず、ノノミヤの言うことを信じ切ってはいなかった。
「そうか、奥の院の連中に何かされたんだな! きっとそうだろう。正気に戻ってくれ!」
「まあ確かに、奥の院に影響されたのはあるかもね」
「ほらやっぱり! いつもの君に戻ってくれ! こんな場所でおかしなことを言うほど分別の無い人間ではないはずだ!」
「いいえ。奥の院に影響はされたけど、恐ろしく正気だよ」
いつの間にか周りの人間は、二人の口論にくぎ付けになっている。誰もがどっちを信じていいか分からなくなる。
「正直、どっちもどっちだとは思ってたよ。しょうもない恋沙汰でサークルをつるし上げるあんたも、黙ってればいいのに反撃しようとする方も……。けど矜持が違う、あんたはしょぼくて、奥の院の方が筋を通してただけ。だからこれでいいじゃん。喧嘩両成敗ってことで」
「待ってくれ、何故それを君が決める! 委員長は私だぞ! 圧倒的な支持がある! 君の言うことなど誰が信じるんだ? 君には損をしてほしくない! だから訂正してくれ、先ほどの発言を!」
抗弁が熱くなるロクマを心配してか、奥の院を取り押さえていた諮問委員の連中が舞台へと駆け寄っていく。再び自由を取り戻したイチジョウは立ち上がりながら、「同士討ちか?」と急な出来事にいぶかしんでいる。「本当に霊にでも憑りつかれたんじゃない? あの女は敵でしょう」とミツメも言う。
「いいえ」と、イヌマキだけが確信したように頼もしい表情で言った。「あの人は味方です」
「正気ならなぜそんなことをする? 私がそんなに憎いのか……! 君は認めてくれたじゃないか、あの時。だから君に惚れたんだ!」
話の雲行きが怪しくなってきたのを聴衆も感じる。「噓でしょ」などと聞こえてくる。
「少なくともあの時のあんたは、素直さと懸命さを持ち合わせてた。私はそこを認めてたのに、今じゃなによ。しょうもないとこばっかり肥大させて。あなたの事、もう一ミリも好きじゃないよ」
恐らく会場の最奥、舞台から最も離れた座席からでも、その時のロクマがどれほどショックを受けたかを目視で確認することは容易だったはずだ。
「わかりやすすぎるな」
「今まで気づいてなかったってのが、なかなか致命傷よねえ」
「まさに、心臓が止まっておるな」
「皆さん……! ここは静かに、一旦!」
敵であったはずのロクマだが、ここまで完膚なきまでに叩き潰される瞬間を目の前で目撃させられると、なんだか可哀そうになってきたイヌマキ。
「ノノミヤ君……」
絞り出すようなロクマの声は、彼の目の前にいるノノミヤですら聞き取ることが困難だった。
「私の行いはすべて虚構だった。見た目や様式だけを重視し、本質を見れていなかった。それは認める……。だが、君に心か惹かれていたし、尊敬もしていた。それだけは本当だ。弱小委員会の私を、唯一平等な目で見てくれたのは君だけだった」
ロクマを侮蔑と失望の目で見始めていた女学生たちも、シンと黙って二人の様子を見ている。
「これで、勉強になったでしょう。あなたは確かに努力した。ただその方向恐ろしく違う方向を向いていたんだよ」
ノノミヤの一語一句が、ロクマの心臓を痛く刺す。ロクマが自身を麻痺させ、ずっと遮断させられていた良心が解け出す。それには酷く時間がかかるようにも思われた。しかし一度動き出した心は、停滞を知らぬ流れの様に止まらなかった。
「……過去は変えられないのは承知だ。これまでの行いの罰はすべて受け入れる。その後に私がどうするべきかを、一緒に考えてはくれないか。ノノミヤ君」
ノノミヤはしばらく何も言わなかった。そして今日初めて薄く笑った。
「あんたが馬鹿じゃないことはもう知ってる。だから私が考えなくても自分で導き出せるよ。……まあ、アドバイスくらいはしてもいいかな」
「……すまなかった」
それを周りで見ていた者たちは、瞬き厳禁のこの和解を、もはや拍手したい気持ちで見守っていた。しかしそれに納得していない者たちがいた。
「ちょっとあんた達、勝手に良い感じになってるんじゃないわよ。こっちのことは、どう落とし前つけてくれるのかしら!」
しっとりとしていた舞台の上にずかずかとミツメが入り込んできた。それに続いて、他四人も舞台に舞い込む。
「悪役に仕立て上げられて落ちた信用は、もう戻らない。これにどう対応するか、それがあなたの最初の贖罪だとおもうのですが」
ミツメの動に続き静のイチジョウが詰め寄る。これはこれで効く。
「君らには謝るよ……。廃部の意向も悪いうわさもデマだったと私から発信するから……」
「しかし君の信用も、もう我々以上に落ちてしまっているぞ! そんな者に言われてもなあ」
フセミはそう笑って言うが、実際はかなり深刻な問題である。
「じゃあどうすればいいんだよぅ」
自分の威厳が完全になくなったと自覚したロクマは、今まで見せなかったくらいに情けない声で言った。
「これ、本当に更生するの」と既に疑い掛けるミツメ。「わかんない」と首を傾げるノノミヤ。良い対策を考える男たち。その様子を一歩後ろから俯瞰するイヌマキ。彼女自身も八方塞ではないかと思い始めていた。ノノミヤが言うように、喧嘩両成敗ということでどちらも地に落ちるしかないと。




