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後悔亡き選択


「一人じゃないんですよね」


 会場が混沌に包まれる中、仲間と共にこそこそと屈んで逃走中のイヌマキは、ぽつりと言った。


「どの状況においてだ……?」


「全部です」


「そうか。……まあそうだな」


「新生寄る辺商の皆もほんと上手くやってくれたわよねえ。たくさん褒めてあげなきゃ」


「皆、ここは慎重にいかねば。脱出するまでが作戦だぞ」


 各々が口々に感慨を述べながらも、確実に非常口に近づいていく五人。もう少しで、全てが終わる。その後のことは、終わってから考えれば良い。イヌマキたちに後悔は無かった。あとは今晩の祝杯をどうするかだけで……。


 突然イヌマキの背中に、鈍い痛みが走った。思わず顔をしかめ、その場に突っ伏す形に倒れ込むイヌマキ。誰か屈強なものに取り押さえられたと認識するまでに、そう時間はかからなかった。


 その次の瞬間、ガチャリという音と共に、会場内の照明が復旧した。明順応で中々周囲を認識できなかったイヌマキがようやく周りを確認できるようになると、彼女の動きがぴたりと止まった。イヌマキを含む、奥の院全員が、諮問委員の部員たちに取り押さえられていた。無理やり暗視スコープを外された彼らの顔には、状況を飲み込めない様子と、最後に絡めとられたという悔しさがにじみ出ていた。


「皆様、どうか一度、ご静粛に」


 耳のつんざくようなボリュームで、ロクマの声がスピーカーから流れ出た。マイクもいつの間にか修理されてしまったようだ。大音量の彼の声は、群衆のパニックをぴたりと止めるには十分なほど大きく、更に先ほどとは比べ物にならない程落ち着き払っていた。それが聴衆にも伝わり、全員が冷静に物事を判断できる感覚を取り戻した。


「ついに私が、決定的な瞬間をとらえることができました」


「まずいな」と取り押さえられたイチジョウが苦しそうに呟く。


「ここを押さえられたか……」


 諮問委員が、照明ライトを取り押さえられた奥の院へと向ける。周りの人間たちが一斉に彼らを注目する。


「見てください、彼らが身に着けていたものを! 暗視スコープです!」


 はじめは、誰もがその意味を理解することができなかった。しかし、カビが増殖するかのように、じわじわとその真意が伝播されていった。


「そう、お分かりいただけましたか」


 形勢逆転、とでも言いたげの自信満々な様子で、ロクマが声を張り上げる。


「照明が落ちるということを想定していなければ、こんなものを持ち込まないはずです!」


 先ほどの混乱が嘘だったかの様に、聴衆は口々に意見を述べる。


「じゃあ、今までの現象は全部……」


「やっぱり、こいつらだったの?」


「卑怯極まりない! つまみ出せ!」


 奥の院一同は、決定的瞬間を捉えられたことで反撃の道筋を失い、ただ取り押さえられる痛みに顔を歪めることしかできなかった。


「あと、ちょっとだったのに……」


 ミツメが、敗北を想定した発言をしたのは、この時が初めてだとイヌマキは思った。その事実を認識すると同時に、彼女にも真の敗北感が流れてきた。


「我々のマイクや、スクリーンに干渉したのは奥の院の協力者だと思われます。先ほど姿を捉えましたので、じきに捕まえられるでしょう」


 こんな時になってイヌマキが考えているのは、初作戦のことだった。あの時、意味も分からず参加し、理不尽な恐怖に晒され、素っ頓狂で痛快な除霊を行い、この人たちとならと、共に進むことを決めた最初の三日間。思えばそこが始まりだったと。どうしてあの時、奥の院に興味が湧いたのだろう。


「自身らの廃部に納得がいかず、大勢が集まる公共の場で、設備に干渉し全体を混乱させる……。これは立派な反逆行為です。私が学生本部に報告すれば、間違いなく退学でしょう。聴衆の皆様も、その方向で異論はありませんね?」


 決して、後悔したいわけではなかった。危機は何度か迫ったが、それ以上に仲間の頼もしさが勝っていた。それを後悔するには、あまりにも薄情すぎる。


 それでもイヌマキは、あの時の選択を疑い、涙せずにはいられなかった。今になって怖くなる。怖くてたまらなくなる。覚悟はできていたはずだった。それでもやはり、今後の展望が漆黒になる恐怖は計り知れない。誰に助けを求めようにも、自分が決めた道だった。もう誰も助けてはくれない。それを象徴するかのように、イヌマキの目には、ただ地面を暗く見つめる四人の顔だけが映っていた。




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