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寂しい夜

   二月十日 午前零時七分


 日付が変わったばかりの学生通りは、いまだ浮かれた学生であふれかえっていた。立ち並ぶ居酒屋の煌々とした電飾と、昼とは全く違った人々の喧騒を見て、イヌマキはかつての祇園祭宵山を思い出していた。


「最初で最後よ。大学のこんな景色を見るのは」


 ミツメもいつもより潤んだ瞳で、その様子を愛おしそうに眺めている。


「ねえ、誰かの家に泊まらない? ヤマモトさんの話で、家に一人でいるのが怖くなっちゃった」


 往来を眺めながら、少し考え込んだ後ミツメが言った。


「お前、腐っても事故物件完全攻略サークルのサブリーダーだろう」


「もう違うわ。ただの女の子よ。お願い、一人でお手洗いにも今は行けないわ」


 ここまで来て、ミツメが酒を飲んだ時は人一倍怖がりになるという特性があることに気づいたイヌマキが声を上げる。


「あの、私のお家に来ますか」


「いいの? イヌマキちゃん」


 元々潤んでいた瞳を、更に涙で濡らしてミツメは言う。こんな顔をされては、断れるはずがない。イヌマキは頷く。


「本当に良いのか。放っておいても大丈夫だろう」


「放って帰ったら化けて出るわ。確実に」


 イヌマキに気を使ってか、イチジョウが酷なことを言うが、イヌマキは「構いません」と一言。


「私も、ヤマモトさんの話で眠れそうにありませんから」


「そうか、なら良いんだが」


「ヤマモト殿の話術、恐るべし」


 「ミツメを頼んだぞ」と言い、各々帰路に着こうとするイチジョウ達を、イヌマキは数秒眺めた後、「待ってください」と全員を引き留めた。


「良ければ、皆さんも一緒に来ませんか? 私の家」



   二月十日 午前一時十分



「おじゃまします」


 私のお家に入られる時、先輩方全員が(もちろんヨツツジさんも)そう挨拶をしてくださったことに感動しつつ、私は快く皆さんを迎え入れました。


 最初イチジョウさんたちは「流石に」と尻込みされていましたが、今までも事故物件で何度も泊まり込んだこと、皆さんにきちんと会える最後の機会かもしれないということを伝えると、皆ついてきてくれたのです。


「綺麗にしてるのねえ」


 ミツメさんは奔放に私のお部屋の中を物色して回ります。特に見られて困るものは無かったはずですが、少しそわそわしてきます。


「立派な本棚だ! 蔵書も豊富で感心感心!」


 フセミさんも、部屋の隅に置かれたそれを見て言います。


「お前らしい部屋だな。基本的に綺麗で統一されてるが、突然訳の分からんところが出てくる」


 イチジョウさんにそう言われて私はどきりとします。心当たりはありません。そんなやばいものがあったでしょうか。


「ベッドの横に立てかけられている木刀はなんだ?」


 私はすっかりと忘れていました。あ、と間抜けた声が漏れ、こうなってはもう仕方がないと私は観念して話します。


「あ、あのそれは、修学旅行の思い出で……、たまに振り回したくなる時があって、手の届くところにこうして置いてるのです」


 何もすべて正直に話す必要はなかったように思いますが、焦って全部言ってしまいました。それを聞いた皆さんは大いに笑い出します。


「良いわ。それでこそイヌマキちゃんよ。でもイチジョウ、女の子の部屋に置いてあるものをあれこれ詮索するのは良くないわ」


「すまん。木刀だけは聞かずにいられなかった」


「護身用としても役に立ちそうだぞこれは! いつかイヌマキ流ができると尚良いのだが……」



 そんなやり取りをしながらも、お酒の遅効性の眠気が襲ってきて、私たちは今すぐにでも昏睡してしまいそうな状況になりました。皆さんが固い床で寝ようとしたので止めましたが「事故物件よりマシ」と、彼らが言うと本気とも冗談とも取れることを言って聞きません。


「俺たちは泊めてもらってる身だからな」


「私はどこでも寝られることだけが取り柄だから、大いに気にせず眠ってくれたまえ」


「ねえ、このおっきい辞書借りて良いかしら。枕にするわ」


 もう誰も私が用意する布団に入ろうとしないので、私は諦めて自分の布団に入ります。私も床で寝ようとすると、きっと皆さんに怒られてしまうからです。


「もう電気消しても良いですか」


「どうぞ」


 消灯して部屋が真っ暗になった後も、ぽそりぽそりと会話が聞こえてきましたが、数分もするとしんと静まり返りました。五人が眠るには少し窮屈な私の部屋ですが、これまで数えきれないほどの物件で一夜を過ごしてきた皆さんとの最後の夜だと思うと、私は天井を眺めたまましんみりとしてきました。その後こっそりと私も床に寝転がります。


「寂しいの?」


 私はびくりとしてミツメさんの方を向きます。静かになったので油断していたのですが、まだ起きてたみたいです。


「はい」


 とだけ私は答えます。それ以上何か言うと、私の声が潤んでいるのがばれてしまうからです。

「私もよ」


 ミツメさんもそれを言ったきり、また静かになりました。彼女がそれしか答えなかったのも、私と同じ理由だったら良いなと思いました。



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