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行き先


「君だけが一年生なのか。なかなか大変じゃななかったかい?」


 ヤマモトさんとナカムラさんと相席する流れになり、それなりに楽しい時間を過ごしていると、ヤマモトさんが私に話しかけてきました。


「いえ……。こう見えて、あの先輩方は皆親切で心優しいので」


 当の四人とナカムラさんは、これまで経験した怖かった事選手権で楽しそうにしていらっしゃるので、この話を聞いているのはヤマモトさんだけでした。


「へえ。まあ確かに、憎めない奴らって感じがするよ。今少し話しただけでね」


 彼は私の父くらいの年齢ですが、とても気さくで、控えめな私を気遣ってくださっている様です。


「だからこそ、私一人になってしまうという理由で解散してしまうのが心残りで……」


 ヤマモトさんは私の話をうんうんと聞いてくださいました。他の五人の皆さんは、選手権が佳境に入ってきたのか、過去稀に見るほどの盛り上がりを見せています。


「だから私、この状況を心から楽しむことができません」


 私がそう言い終わると、ヤマモトさんは少し思案したのち、「なるほど」と何か納得した様子を見せました。


「悩みはさ、解決するか無視するしかないと思うんだ」


 なるほど、よく考えてみると、私は大学に入ってから、奥の院の先輩方以外の方に何か助言をいただいたことがなかったことに気が付きます。皆さんの方に注目すると、いつも通り愉快なやり取りが聞こえてきます。


「今のところ、フセミの話が圧勝だな」


「嘘よ。私の話が一番怖いでしょう?」


「僕も、フセミさんの話が一番怖かったと思うなあ」


「光栄なことだ。しかしナカムラ殿の話もなかなかに肝が冷えたぞ」


「不動産って、結構こういう話あるんだよ」


「ヨツツジまでフセミさんの肩を持つの? 酷いわ、あんまりよ」


 いつも通り、事故物件を攻略している人たちとは思えない規格外のほっこりさを感じられます。同じように横で注目されていたヤマモトさんも「本当に愉快だね」と優しい表情でそれを眺めたのち、再び話始めました。


「俺は心配性でね、他の人が気にも留めないようなことでいちいち不安になる男なんだ。そんな俺が四十年近く生きてきて得た知見はね、無理にでも解決させてしまうことだよ」


 ヤマモトさんは話し出すと熱くなるタイプのようです。これがお酒の影響であるか否か。それは私たち初対面であるため分かりません。


「例えば、取引先に提示した資料に、ちょっとした誤字があったとする。相手もそこまで気に留めないような、ほんの小さなミスさ。でも俺はその小さな間違いが、とんでもなく重大な大事に発展してしまうんじゃないかって思えてきてしまう。例えば、表記法違反で訴えられるとかね……。そう思うといてもたってもいられなくなって、取引先に修正版を送り直すんだ。上司や同僚は気にしなくていいって止めてくるし、リスクが労力に見合わないことは重々承知してる。それでも俺は、自分が安心できる方を取る。どれだけ馬鹿げたことでも、周りが止めようとね」


 そこまで言うとヤマモトさんは麦酒を一口。喉を再び潤します。それに倣って私もジンジャーハイを一口。


「でも俺が、それで損したことも後悔したことも一度もない。ついてきたのは、会社一誠実な男と言う称号さ。結局、抜かりなき者は強い。それが俺の座右の銘」


 そうしてヤマモトさんは私の肩に手を置き、「全ては君が大いに納得する方向へ」と言い、盛り上がり続けている五人の方を向きました。


「さて、俺も怖い話を披露するとしますかね。不動産屋ってのは、色々と持ちネタがあるってもんだ」



 あとから参戦したにもかかわらず、ヤマモトさんの恐怖体験は他の五人を圧倒していました。それがどれくらい怖かったかと言うと、ミツメさんが「奥の院が解散されて本当に良かった」と安堵するほどだったのでした。


「今日は楽しかったよ。ありがとう」


「本当、面白い話が聞けました。またどこかで」


 日付が変わりそうな時刻、お二人はお店を去って行かれました。一期一会の出会いがある。お酒の場がそんな素敵な場所であったことを、私たちはその日初めて知りました。


「俺たちもそろそろ店を出るか」


「まあ、寂しいわ。もうお開き?」


 皆さん、心地よいお酒の酔いは超えてしまったようで、名残惜しさと、これ以上呑んだら後悔するという歯止めが拮抗している様子でした。そんなこんなでお勘定へと向かいます。


「ねえ、合計どれくらいだと思う? 結構食べて飲んだよね」


 ミツメさんが怖いことを言います。確かに大抵の居酒屋さんは、現時点でのお支払額を奥ゆかしくも隠してしまうものなのです。


「うーーむ、今更恐ろしくなってきたぞ」


 確かにこの瞬間は、事故物件とファーストコンタクトをとるときくらい緊張しました。しかし私たちは抜かりなき対策で数多の霊を下してきた奥の院。お財布には皆様妥協は無いはずです。


「ごちそうさまでした」


 イチジョウさんが近くの店員さんにそう言うと、その男性は「ありがとうございました」と言うだけで、レジに接近する様子を見せません。不審に思ったイチジョウさんが私に「勘定の方法はこれであってるよな」と確認を入れてきます。私が頷くと、彼はもう一度「あの、お会計をお願いします」とその店員さんに言いました。


「いや、お客様のお勘定はお済みなのですが……。先ほどのスーツの男性お二人が払って行かれました。聞いてませんでしたか?」


 店員さんに、あのお二人がいくら奢ってくださったのか気になって仕方がありませんでしたが、そこは慎むのが大人と言うもの。「そうでしたか」と外面だけの余裕を見せ、ここは格好よく全員でお店を去ろうとしました。その時、厨房から出てきた別の女性の店員さんに、私たちは再び呼び止められました。


「さっきのスーツのお客さんから伝言を預かってます。『この前はらってくれたから、今日は払う』とのことです。素敵な関係ですね」


 そう言って彼女は颯爽と厨房に戻っていきました。私たち奥の院は、大人の余裕も忘れてヤマモトさんとナカムラさんの漢気に感動しました。



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