新釈 ゴースト・バスターズ
二月十日 午前八時三十分
一夜が明け、お米の炊ける良い香りで、イヌマキは目を覚ました。昨日の楽しくも寂しかった夜を忘れるほどの、清々しいあさだった。家の外からは雀の鳴き声が聞こえてくる。そして家の中からは、何やらカチャカチャと、誰かが料理をする音が聞こえてくる。キッチンの方を見ると、ヨツツジがおむすびを大量に作っていた。他の三人は未だに眠っている。
「……勝手に使ってすまない」
イヌマキが立ち上がると、ヨツツジはそう言った。
「いえ、全然良いんです。むしろ皆さん、ヨツツジさんに朝ご飯を作ってもらうことを期待してたんじゃないでしょうか。少なくとも私はそうでした」
イヌマキがそう言うと、彼は黙々と料理をおむすびを作りながら、「良い台所だな」と言った。何をもってそう褒められたのかは分からないが、イヌマキはほっこり嬉しくなった。
「ヨツツジさんは、どうして言葉数が少ないのですか」
最初から最後まで明かされなかったこと、そして誰もが違和感を忘れ、気にする様子もなかったことを、イヌマキは最後に気にしてみることにした。
「……人見知りで無口。それだけだ」
「やっぱり、そうでしたか」
怪異に対しての常在的な対抗手段としての無口とばかりに思っていたイヌマキだったが、最近そうは思わなくなっていた。むしろ人見知りと言われた方が、しっくりくる。
「今度、お料理を教えてください」
イヌマキがそう言うと、彼はおむすびを見つめる視線をそのままに言った。
「……俺は口下手だぞ」
今まで何回と見てきたおむすび作りの工程。彼の手元の動きをなぞったら、一つの詩が完成しそうなほどに熟練した流れる手つき。それを見ていると、イヌマキも諦めるわけにはいかない。
「それでも教わりたいのです」
その時ヨツツジは、初めて少し笑った気がした。
「…………まずはお米の炊き方からだな」
二月十日 午前九時二分
他の三人の先輩たちも目が覚め、ヨツツジさんが作った朝食をいただく時間となりました。しかも、今回は特別にお味噌汁付き。昨日、弾けたように食べ続けて荒れ果てた体内に、温かく優しいお味噌汁が流れ込んできて、一層幸せな気分になります。
「ヨツツジのご飯もこれで食べ納めなのね」
「就職しても、弁当を作ってほしいもんだな」
「貴公のおかげで、真のお米を知ることができた。この先、お米にはうるさくなりそうだ」
皆さま各々、ヨツツジさんのお料理についての感慨を述べられます。私も全く同じ感想で、食べ納めは寂しいし、お弁当は作ってほしいし、お米にはうるさくなってしまいそうです。
「初めて食べた日の感動は忘れません」
私がそう言うと、ヨツツジさんはかつてのあの日のように、自身の持っていたおむすびを差し出してきました。そして彼は久方ぶりに口を開いたのです。
「良ければ食え。俺は食は細いから」
差し出されたそれは、今まで食べたどんなおむすびよりも大きく、そして美味しそうなものでした。
「ありがとうございます。あの、今までとっても美味しかったです」
「私も言っておかないとね。今まで美味かったわ。ごちそうさま」
「世話になった」
「貴公がいなければ、事故物件は救えなかっただろう。感謝」
全員からの感謝を述べられても、ヨツツジさんはいつも通り、いやいつもより少しだけ嬉しそうに言い放ちました。
「……口に合ったなら良い」
二月十日 午前九時三十分
「さてと、荷物もまとまったわ」
「イヌマキ、よく見ておけ。ミツメが忘れ物してないかをな」
「あはは。たぶん大丈夫だと……。あ、リップクリームが」
「ほらな」
「ごめんてば。それくらい皆あるでしょう」
「おっと、こっちには可愛らしい財布が落ちているぞ!」
「どう弁明する?」
「……返す言葉もないわ」
「あはは」
この時イヌマキは笑いながら、ミツメにまだ何か家に忘れていれば良いなと願った。そうすれば、再び会うことができるから。
「本当に世話になったな」
「また会いましょう」
あまりにもいつも通りの朝だったので、イヌマキはこれが別れだということを忘れていた。恐らく今後も会うことはできるだろうが、こうして奥の院として全員が揃うことは二度とないだろう。
「今後の大学生活の検討を祈っているぞ!」
「……じゃあな」
すべからく寂しさと思い出に心を押し潰されそうになりながら、イヌマキは彼らが自宅を去っていく後姿を眺めた。これ以上イヌマキが言えることは無い。奥の院らしい、淡白だが筋の通った、本来あるべき姿のお別れ。歩み出す背中に、一切の後悔も戸惑いも無い。事故物件にずかずかと潜入していた時みたいに、彼らは未来に向かって堂々と歩み出していた。その姿は、やはりイヌマキには眩しかった。
さらば、素っ頓狂なゴーストバスターズよ――。
二月十日 午前九時三十三分
でも、だからこそです。ここで留まる私と、歩みを止めない皆さんの姿との対比が、私の覚悟の決定打となったのです。
「皆さん! 少しお時間を」
先輩たちが立ち止まり、私の方に目を向けます。最後のお別れの言葉を、皆さん優しい心持で待っておられるようです。
「私は『ホラー映画で絶対に死なないタイプ』であると、再三言われてきましたよね。では、そのタイプに定義を一つ足します」
私の真意に、皆様はまだ気づいていないようで、私が続きを話すのを待ってくれています。では核心へと猛進します。
「私が思う『ホラー映画で絶対に死なないタイプ』は、『然るべき時に、然るべき突出した行動力を発揮するタイプ』でもあると思うのです」
最も早くその意図を察知したのは、イチジョウさんでした。「お前まさか」と顔色をみるみると変えています。
「恐らくは、そのまさかです」
その後の皆さまの反応は、ご想像にお任せします。ここまでお話についてきてくださった皆様であれば、先輩方が最後にどんな反応をしたかなどは容易に想像がつくでしょう。
最後になりますが、皆様にもお詫びをしなければなりませんね。
さようなら、後輩としての日々よ。わたくしイヌマキの物語、いまだ終わりそうもありません。
これにて『新釈 ゴースト・バスターズ』は完結いたします。最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございました。投稿頻度もバラバラで、至らぬ点はあったと思いますが、自分なりには納得できる長編となりました。
今後も、もしかしたら何か投稿するかもしれません。皆さまお元気で。




