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神殿騎士、悪徳神官長の秘密を知る〜知られたからには返すわけにはいかんと言われてこき使われてます〜  作者: 隙間ちほ


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5.神官長の想い人

「おお、なんと芳醇な香り……!」

 あまりにも機嫌の良い声をあげるアレスティオンから、フィリスはそっと目を逸らした。もはや突っ込む気も起きない。

「舌触りが実にまろやかじゃないか、さすが50年越えだ……!」

 貴重な品なのだろう。いつもならグイグイ飲む神官長が、今夜に限ってはちびちびと、一口ずつ惜しむように飲んでいる。侍従から渡された酒の()()をそばに並べながら、フィリスはため息を吐きそうな自分を制した。目ざとく見つけたアレスティオンがニヤリと笑う。

「我が騎士殿は随分と白けた顔をしているな! 今日の働きに免じて一口供してやってもいいぞ?」

「いえ、自分は……」

「遠慮するな、グラスをもってこい」

 観念したフィリスは、続き部屋の侍従の元へ向かった。

「神官長のご機嫌がこうもよろしいのは珍しゅうございます。どうか、気の済むまでお付き合い差し上げてくださいませ」

「はぁ……」

 侍従はそういうと、巻き込まれるのはごめんとばかりにサッと戸を閉めてしまった。相変わらず逃げ足が早いことだ。

「貴殿のような神殿騎士の俸給では生涯目にすることもないような逸品だぞ! ありがたく味わうと良い」

「はい……」

 上機嫌な神官長から言われても、ありがたみよりも戸惑いの方が大きい。初めて口にした古酒は、嗅ぎ慣れない匂いがして、ずいぶんと濃厚な酒である、ということくらいしかわからなかった。

 ちびちびと、ではあっても繰り返し飲めばいくらか酒が回ってきたのか、上機嫌なアレスティオンは、いつになく饒舌だった。

「——そもそも神というのは大雑把過ぎるのだ、事細かく指定しなければ、()()に済ませてしまわれる!」

「へぇ……」

「他の聖女たちには良きように、なんて言って程よい塩梅で奇跡を起こしてくださるというのに、何故私にだけ……大聖女なんかとは、ずいぶん上手くやってたというのに……!」

「はぁ……」

 酔いすぎてるなぁ、とフィリスは思う。不敬で神罰がくだる、などと言ってつい先ほど人を脅していたのに。神に対しての愚痴だなんて、大丈夫なのだろうか。

「……大聖女さまとも、お知り合いなんですね」

「ああ、そうとも。……あやつとは、いわゆる幼馴染でな」

 話に聞いた通りだ、とフィリスは唾を飲んだ。

 フィリスが耳にした話によると、幼馴染である大聖女に想いを寄せていた神官長だったが、聖女としての資質を無視できず、国益のために抜擢したのだという。その後は大聖女の偉業を側で見守るだけであったが、大聖女は神殿騎士との恋の果てに退位を選んだ。恋破れた神官長は、今も大聖女の残した大結界を守るために次々と聖女候補を探しているのだ、とかなんとか。

 あるいは恋破れ、大聖女と引き換えに神官長の地位を得た現在、すっかり心を失った神官長は、私利私欲を満たして己の空虚を埋めているのだ……などなど。

 ほとんど戯曲か何かのように脚色された話の端々は、神殿の中でも有名らしい。女性神官たち数人に聞くだけであっという間に色々な話が集まった。

 さらには、大聖女が現役の頃、神官長——当時は単なる一神官だったが——と筆頭騎士のどちらと結ばれるか、密かに賭けが横行していたことも知った。

「あいつ、そう、あの大聖女! あいつのせいで私は今こんなことになっているんだ……!」

 頭を抱えるようにして、アレスティオンがうめく。

 幼馴染には、とある夢があったらしい。それを知りながらも彼女を大聖女として見出したのは、当時神官だったアレスティオンだったという。

「そのことをあいつはずっと根に持っていたに違いない。いよいよ引退するという時に、やつめ、この私に役目を丸ごと明け渡したのだ……!」

 歯噛みしながら、アレスティオンは乱暴にワインをあおる。高級品をじっくり味わうという当初の趣旨を忘れているようだった。

「恋仲、ではなかったのですか?」

「そんなわけあるか!」

 こん、と音を立てて側机にグラスが置かれた。割れやしないか、フィリスはヒヤヒヤした。

「勝手に仲を邪推されるし、知らぬ間に掻っ攫われた事にされているし! この私が! あいつに振られた事になっているんだぞ?!」

 忌々しそうにアレスティオンは吐き捨てた。

「そうなんですね……」

 フィリスは、詰めていた息を吐く。ふと、ニヤニヤした神官長の顔に気づく。

「さては貴殿、あの安っぽい色恋話を信じていたな?」

「えっ、いや、その」

 慌てたフィリスを見て、アレスティオンはますます面白そうに目を細める。

「ほう……我が騎士殿は随分とかわいらしいところがあるじゃないか」

 スッと顎下を持ち上げられ、やけに甘い声で囁かれる。揶揄われていると理解して、フィリスはムッとした。手を払いのけ、毅然と言い返す。

「酔いすぎです、神官長。……こういった思わせぶりな仕草を女官たちにもされてるとお聞きしましたが、いかがなものかと」

「なに? 誰から聞いた? ……妬いているのか?」

 ニヤニヤ笑いを浮かべたアレスティオンは、話を聞いているのかいないのか、上機嫌にフィリスの顔を触ろうと手を伸ばしてくる。その手を避けながら、フィリスはとうとう声を大きくした。

「先日も! 酔った状態で自分のことをやたらと触っていかれましたよね! ダメですよあのような……!」

 途端、アレスティオンはきょとんとした顔をし、それから随分と大袈裟に肩を落とし、ため息をついた。

「ああ……あれか……」

 ふい、と横を向き、再びグラスを手に取るとくるくる揺らす。拗ねたような様子にフィリスは首を傾げた。

「あれは……貴殿が聖女の器になれないかと思って、試したのだ」

「……は?」

 まさかの答えに、フィリスは思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

「いや、なに、確かに酔っていた……酔っていたので、いかにも丈夫そうな貴殿を見てるとだな、聖女すなわち奇跡の器として必要なのは、か細く繊細な乙女ではなくて、ちょっとやそっとで壊れたりしないような頑丈な体躯なのではないかと……」

「ええ……?」

「だが全くそんなことはなかった……くそ……いい案だと思ったのだが……」

 あまりに飛躍した理論に、フィリスは呆れ返ってしまった。仕方のないものを見る目に気づいたのか、アレスティオンがじろり、とフィリスを睨む。

「おい、もう一度触らせろ」

「何故?!」

「あの時は酔っていた! もしやうまく測れなかっただけかもしれん!」

「今も酔っておられますが?!」

「うるさい! もう一度確かめる!」

「ええっ?!ちょっと……」

 酔った神官長が迫ってくる。グラスを机に置く仕草すらおぼつかないのに、振り払ったら転びそうだ。仕方なく、フィリスは受け止めるようにしてソファーに倒れ込んだ。

「くくく、もう逃げられんぞ。無駄な抵抗はよすんだな……」

 アレスティオンが、悪役丸出しのことを言う。押し倒された格好のままフィリスは呆れた。同時に、いつになく楽しそうだ、と思った。

 そうして、鎧を脱がそうと手をかけ……神官長は適当な革ベルトを力任せに引っ張った。

「んん? なんだこれは、どうなってる?」

「わっ、そこ弄らないでください! 体に合わせて調整してるんですよ!」

「全く訳のわからん造りをしよって、忌々しい!」

「やめ、ちょ、……わかりました脱ぎます! 自分で脱ぐんで! やめてください!」

 フィリスは慌てて神官長の手を止める。膝上にのしかかられたまま、上半身だけ起き上がった。留め具をパチパチ外してゆき、器用に鎧を脱ぐ。開放感から、思わずふう、と息を吐いた。

「おお、素直じゃないか~」

 あっさり機嫌を直したアレスティオンが、ニコニコとフィリスに手を伸ばす。ぐしゃぐしゃと髪を混ぜるように撫でられた。

「ふふ……いいこだ……」

「酔いすぎですよ、神官長……」

 やけに甘ったるく響く囁き声を出す。と思ったら再びとんと胸を押され、ソファに倒された。もう酔っ払いの好きにさせるしかなさそうだ。フィリスは諦めた。

 あちこちベタベタ触りまくり、胸から腹から太ももまで測るように触られる。

「こんなに丈夫なのに、聖女の器としての才能がまるでないじゃないかぁ! 何故なんだ?神よ! こいつのどこが不満なのですか~?」

 首筋を撫で、髪を撫で、両手で頬を挟まれる。むにゅむにゅと圧をかけられ、フィリスは困った。アレスティオンが低く笑う。

「くくく……かわいい顔じゃないか騎士殿……間抜けだな」

「酔いすぎでひゅよ……」

「ははは、なんだその言い方」

 自分でやっておいてこれである。ご機嫌に笑う神官長は珍しいが、ちょっと迷惑だ。

「しっかし、何食ったらここまで肥えられるんだ? まるでよく世話された家畜のようじゃないか!」

 あまりに失礼な発言をかまされたが、フィリスは真面目に答えた。

「ここの食事が美味しいので……」

「ほう、我が神殿の財は、きちんと神殿騎士達の腹を満たせてるようだな、僥倖だ」

 アレスティオンは急に仕事の顔になり、そしてすぐに崩れた。

「だからと言って、我が騎士殿は二、三人前平らげてるんじゃぁなかろうなぁ~?」

 フィリスは目を逸らした。

「そんなこと……し、してません……」

「本当に? そんなんでここまで育つか?」

 神官長が、じっとりした手つきで胸筋を揉むので、フィリスは思わず身体をこわばらせた。

「あ、こら。力を入れるな、固い」

「そ、そんなこと言われても……」

「ほら、力を抜きなさい、大丈夫だから……」

 耳元に口を近づけて囁かれる。やけに甘く湿度の高い声色だ。フィリスは、ひぃ、と内心で悲鳴をあげた。顔が真っ赤になっていくのが止められない。すぐ近くにアレスティオンの顔がある。至近距離で目が合ってしまって、ゆるりと目元だけで微笑まれた。酒精で染まった目元が、ともすれば恐ろしいまでの鋭い視線を柔らかくしている。瞳の虹彩の色までよく見える。フィリスは心臓が早鐘のように打つのを感じた。これ以上視線が合ったら飲み込まれてしまいそうで思わずぎゅっと目を瞑った。

 ——本当に、この人は女官たちにはこういう事はしてないんだろうな? なんか手慣れてるぞ。

 フィリスは不審に思ったが、咎めたところで今はどうしようもなさそうだ。


 

 ふと、胸にずっしりした重みを感じた。フィリスは、はっと目を開ける。視線を落とすと、アレスティオンの頭が胸の上に乗っていた。

「……神官長……?」

 返事がなく、深い呼吸の音だけが聞こえる。

「まさか……お休みになられてますか……?」

 半ば呆れを滲ませながら、声をかける。指で突いても反応がない。どうやら本当に、この人は、寝落ちているらしい。

「まったく……」

 安心したように眠ってる神官長に、フィリスは少しだけホッとした。

「うう、はやく次代を見つけなければ……」

 モゴモゴと神官長がうめく。起きたのか、と思ったら寝言だった。よほど気掛かりなのだろう。

 髪を払っても神官長は起きない。眉間の皺がないと、いくらか若く見えた。さぞかし苦労してるのだろう。だからと言ってこの酒癖はどうかと思うが。

「……仕方ない人だなぁ」

 フィリスは苦笑した。それから難なく体を起こし、自分の上にいる神官長を器用に肩に担ぎ上げる。ひょろ長い身体を引き摺ってしまわないように気をつけて、そっと持ち上げた。寝室はどこの扉だっけ、と少し思案し、危なげなく歩き出した。

 

 

 翌朝、顔を合わせるなり神官長は「何も覚えていないぞ」と渋い顔で宣言した。フィリスは、素直にハイと返事したが、アレスティオンは不満そうな、気まずそうな顔のままだった。

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