2.神殿会議
世迷言だ、というのが神殿内の上級神官たちの概ねの意見だった。
「複数の聖女……いや、聖神官だと? 聖女様を蔑ろにするつもりか?」
「そうではない。聖女ただ一人に負わせるのでは無く、素質あるものを皆聖別する事により、役割分担で……」
「そのようなやり方が聖女様のお立場を全く顧みないものだと言っているのだ!」
一向に話の通じない相手に、アレスティオンはうんざりした顔を隠しもしなかった。一つため息をつくと、背筋を伸ばし両手を付く。
「いい加減、腹を括りませんか、皆様方」
低く睨みつけるように、居並ぶ上級神官達を見据える。
「大聖女タリアは、百年、いや千年に一人の逸材でありました。まさに神の遣わした奇跡です。それを人の手で探し求めようなど、土台無理な話なのですよ」
「だからと言って、聖女様そのものを引き摺り下ろすような真似をして良いと?」
「閣下の提案は、下手をすれば神殿の解体につながる危険思想ですよ?」
普段は穏やかな女神官達も、らしからぬほど厳しい顔でアレスティオンを咎める。彼女らは特に聖女との距離が近いので、人ごとではないのかもしれない。
その時、神殿長が咳払いをし、議場は一瞬静まった。
「——神官長アルクマイオス、神殿に聖女が跋扈するようになるのが、本当に良き環境だと?」
じろり、と睨んでくる白眉の下の眼力には、一向に衰えがない。だがアレスティオンは負けじと睨み返した。
「聖神官、です。聖女ではない……若い娘に限らない存在です」
「言葉の問題ではないぞ。神の神託を受ける者が複数居るとなると、混乱が生じるのは免れまい。それをどう処理するのだ?」
「神託を受けたからと言って、聖神官に権力が発生するわけではありません。ただ……」
「神託を得ても、なんの立場も得られないと?」
「……そういう、わけでは」
「よく考えろ、アルクマイオス。神意を受けられる、誰も彼もにその資格がある……そうは言っても、実際には違うのだろう?」
「……」
アレスティオンが口を引き結ぶ。
今日はここまで、と神殿長が厳かに告げた。
会議が終わり、執務室まで帰るアレスティオンの足取りは苛立ちが隠しきれていなかった。早足のアレスティオンに付き従うため、フィリスもガシャガシャと甲冑を鳴らしてついていく。途中、中庭でエレノアと偶然かち合った。彼女は、神官長を見つけるとハッと顔を上げた。随分と思い詰めた顔をしていた。
「神官長!」
エレノアが、走り寄ってくる。
「なんだ、浮かない顔だな」
「神官長、あの、私……あの……」
勢いのまま何か言おうとして、けれどエレノアは一度俯いた。
「どうした」
「あの、私……」
促され、意を決したようにエレノアは顔を上げた。
「私、聖女じゃなくなっちゃうんでしょうか……」
「……」
不安を滲ませた顔だった。そうだ、と言いかけたアレスティオンは、かろうじて踏みとどまる。
「……」
無言のまま一瞬天を仰ぎ、ちら、と横のフィリスを見た。フィリスが、苦笑したのが見えた。
「大丈夫です、エレノア様」
言いながら、フィリスはその場に膝をついた。
「エレノア様は、誰がなんと言おうと、間違いなく今代の聖女様であらせられます」
「でも、フィリス……」
エレノアが、神官長を見上げる。アレスティオンは難しい顔をしたままだ。フィリスは再び苦笑し、けれども優しく言った。
「神官長も、そこはきちんとお考えくださっているはずです」
「……もちろんだとも」
アレスティオンは、いかにも自信たっぷりに答えてみせた。
「エレノア様が聖女としてお立ちになって以来成し遂げた奇跡の数々、忘れようはずもありません」
アレスティオンは、いかにも前から思っていたかのようにつらつらと言葉を紡ぐ。
「誰もその在位を疑ったりなど致しませんよ。ただ我々は、……そう、エレノア様をお助けするための者を、新たにお側に置こうとしている。それだけのことです」
「そう、なんですか……?」
不安そうな顔が、少しずつほぐれていく。フィリスが、続けた。
「ご安心ください。冬の巡礼では、聖女様とは別に、澱みを対処する者が随伴いたします」
「あっ、そ、それは……」
エレノアが、パッと顔を明るくし、それから神官長を見上げて恥ずかしそうに俯く。
「そ、それは、その、ありがとう、ございます……」
「……」
アレスティオンは、無言のままにこりとした。頭の中は高速回転していたが。
エレノアと別れて、歩きながらアレスティオンはフィリスに言った。
「おい、貴殿が余計な事を言ったせいで、巡礼までに聖神官を任命せねばならなくなったぞ」
「ですが、必要なことですよね」
「そうだが……」
「もし適任が見つからなければ、自分がやります。その時はどうか、お力添えを」
「全く……こっそりなどと言って、勝手に聖別するわけにはいかんのだぞ。その時は貴殿を聖神官任命するしかない」
「その時は兼務いたします」
「馬鹿を言うな」
アレスティオンが、コツン、と肩の装甲を小突いた。
「やれやれ……とはいえ、あの娘には、相応しい椅子を用意してやらねばならんな」
「はい」
「そうだ、そうだな……その方向で行くか……」
「……」
アレスティオンは、またぶつぶつと呟きながら考え込み始める。フィリスは少しだけ微笑んで、黙って着いて歩いた。
「聖神官は、聖女様にその御技を持って仕える新たな神官です」
会議場にて、アレスティオンは堂々と言い放った。
「そもそも聖女様は神意によって選ばれたお方、それを我々が少々お助けしたところで、神の意に沿うことはあっても聖女様と同列になどなるはずもない」
「聖神官は、神託を受ける者ではないのですか?」
「神託はあくまで聖女様のもの、そこに踏み込むなどという乱暴なものでは決してない。聖神官が得るのは、あくまで聖女様より賜った奇跡の切れ端、そのごく一部でしかありません。何より、聖神官の聖別もまた、聖女様にのみ許されたものです」
上級神官たちがざわつき始める。だが、前回までにあった非難の色は薄まり、戸惑いが色濃くなっていた。
「それはつまり……聖女様のお立場は、どうなるので?」
「聖女様は聖女様。今までとお変わりなく、この神殿に座す、唯一無二のお方です」
「では聖神官なるものは、聖女様の僕と?」
「そうです。あくまで聖女様をお助けする存在。神殿侍従と同じです」
にこり、としたアレスティオンは締めくくる。神官達の中央、神殿長が半目でアレスティオンを見た。
「……やれやれ。先日とは随分と切り口が変わったな」
アレスティオンは恭しく頭を下げた。
「ありがたくも、猊下に訓示いただいたおかげでございます」
「全く……」




