1.選定神官
——聖女の適性とは何か。
祈りに純度がある、要するに雑念がないものが望ましい。祈りの宛先がぶれず、祈りの内容にも揺らぎがないもの。神力や、澱みに対しての感受性が低くとも、候補になり得る。また神力を蓄える器の大きさは問わない。大きいに越したことはないが。
「さて、どうやって候補を絞るか……」
「難しいのですか?」
フィリスの疑問にアレスティオンは頷く。
「祈りの純度、というのが曲者だ。これは実際にやらせてみるくらいしか、測りようがない」
アレスティオンは行儀悪く頬杖をついて、羽ペンを弄んだ。
話し相手がいるといないでは頭の働きが違うのだ、と嘯き、アレスティオンは今日もフィリスを隣に置いている。新たな制度構築の作業に、何ができるわけでもないがフィリスは付き添っていた。何をやっているかをもう隠さないということなのだろう。言葉で言われるよりもよほど、フィリスは嬉しかった。
そして給仕の真似事をしては、アレスティオンから叱られているのだ。
「だから! 時間を測れ! 茶葉の量も測れ! 厳密に!」
一口飲むやいなや眉を釣り上げたアレスティオンが、カップを持ったまま厳しい声を出した。フィリスは縮こまり、肩を落とす。
「えっと……計りました……」
「測ってこれか?! これではただの色付きの水じゃないか……待て、貴殿、水の量は測ったか?」
「あ」
目を丸くしたフィリスを前に、大仰なため息をついてアレスティオンはカップをガチャンと置いた。
さて、新たな条件により、次期聖女たり得るものについて、かえって候補者は増えてしまった。器や感受性を問わないとなると特に。だが、一方で、祈りの純度となると一気に減ってしまうのだ。
アレスティオンは戯れに神に聞いてみたが、答えはなかった。昔何度もやったときと、同じだ。——いや、いまのアレスティオンは、そのカラクリも承知している。要は、候補が多すぎるのだ。
誰も彼もが候補者になり得る可能性を持っている、と神は示した。つまりは、こちらが詳細な条件を絞り込んで要求しなければならない。いつも通りだ。
「全く……聖女には『良きように』してやるくせに……」
アレスティオンは忌々しそうに呟いた。ふ、と自嘲する。
——祈りに『純度』が必要なら、なるほど自分は失格もいいところだ
——自分は、聖女タリアから力を受け渡されただけの代役に過ぎないのだから
本来、アレスティオンは選定神官であった。選定神官とは、すなわち聖女を選ぶための神官だ。
アレスティオンは、生まれつき神力の流れを視ることのできる子供であった。
「視る、とはなんですか?」
「視るとは言っても、視覚的なものじゃない。神力の流れを感じてるだけだ。まあ、頭の中でそれらしい形に置き換えたりはするが」
「ええと、つまりは、気配を読む、みたいなものですか?」
「まぁ、そうだな、近い……か……?」
二人並んで首をかしげる。感覚の説明というのは、得てして難しいものだ。
「神力には、流れがあるのですか?」
「ある。祈りの流れ、神から賜る力の流れ、それが現象として顕現する流れ……それが一つの奇跡を織りなしている」
「へぇ……」
神殿にその力を見出されて以来、アレスティオンは選定神官となるべく育てられた。先の神官長……すなわち今の神殿長もまた、神力を視ることができた。
「猊下も元は選定神官であった。かつてはあの方の元で研鑽を積まされたものだ。ま、今となっては懐かしいと言えるな」
「だから、アレスティオン様は神殿長の小言にだけは耳をお貸しになるんですね」
「……」
そんなことはない、と否定しかけてアレスティオンは黙った。そんなことはないはずだが、全くないとも言いがたい。
「……あの方は、昔から小言が多いのだ」
「そうなんですね」
気まずそうなアレスティオンだったが、気を取り直すように茶を飲んだ……薄い、水を。
代々、聖女を選んだものが神官長になる習わしに則り、アレスティオンは聖女タリアの引退と同時期に今の地位についた。
「タリアにより聖女の力を押し付けられたりしなければ、私は今頃、歴代の神官長と同じく次代の選定神官を育てながら、神殿を切り盛りしているだけのはずだったのだ」
ところが今は、聖女の肩代わりで忙しく、次代選定神官すら見つかっていない。もっともこれは、そう易々と見つかるものでもないのでかまわないのだが。選定神官が空位の時代も、過去にはあったと聞く。
「その、力を押し付けるというのは……そんなことができるのですか?」
責任を持って薄い水をちびちび飲んでいたフィリスが、カップを置いた。
「……まぁ、実際には単に聖別を施された、というのが正確なところだ。元より器は大きい方だったからな、タリアほどではないが」
「聖別で次代の聖女さまに任じられるのですか?」
「選定神官が聖女候補を用意し、聖女が神託を問う、というのが歴代聖女の決め方だ。それを踏まえれば本来の聖女の力の一端とも言える」
フィリスは息を呑んだ。何かとんでもないことを聞いた気がする。
「それは……それは神託を、聖女様のご意志で降ろされた、ということですか?」
アレスティオンがフィリスをチラリと見る。
「まぁ、そういう言い方もできるが……」
「神託とは、神から賜るのではないのですか?」
大きな声で言うのは不敬な気がして、フィリスは声を顰める。だが、アレスティオンは然程問題に思ってないようだった。羽根ペンを手の中で揺らし、空を睨む。
「神は兎角『聖女』には甘い。望めば『良いように』してやるのだろう。……とにかく、あやつは規格外だ。考えても無駄だぞ」
「はぁ……」
「だいたい、私がどうやってこれまで『聖女代理』を任じてきたと思っているんだ?」
「あ」
そうだった。エレノアはアレスティオンによって選ばれた聖女だ。フィリスは思わずアレスティオンの顔を見た。まるで頷くように、アレスティオンがゆるりと瞬きした。
「聖女には次代を任じる力がある。もちろん、誰でもいいわけではないが」
片眉を上げたアレスティオンは、羽ペンを持ち直した。
「とにかくだ。元来私には奇跡を操る力はなかった。それは確実だ。ただ流れを視るだけの選定神官に過ぎなかった。それが、タリアによって変えられ、奇跡を希う力を手に入れたわけだ」
あっさりと締めくくると、アレスティオンは手を振った。
「さて、昔話はここまでだ。制度のことを考えよう」
茶を要求されたフィリスは、今度こそはと頷いて立ち上がる。それをなんとなく不審そうに眺めた後、アレスティオンは手元にある紙を見下ろした。眉間の皺がますます深くなる。
「——まずは、神殿内で正式に許可を得なければ……」
一人、重々しく呟いた。




