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神殿騎士、悪徳神官長の秘密を知る〜知られたからには返すわけにはいかんと言われました〜  作者: 隙間ちほ
神殿騎士、悪徳神官長と祝祭を迎える

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4.引き抜き


 ある日フィリスは、お前に客だと団長から呼ばれた。

「こちらは、討伐騎士団団長のアドニス・ストラトス卿だ」

 身なりの良い、30代半ばほどの男性が団長室に立っていた。その胸元には、討伐騎士団の徽章がつけられている。

 フィリスは姿勢を正した。

「神殿騎士団所属のフィリス・ガラニスと申します。お目に掛かれて光栄です」

「ああ、知っている。優秀と聞いて会ってみたくてね」

 ストラトス卿は、愛想良く手を差し出してきた。握手の力強さと手のひらの硬さだけでも、実戦を潜り抜けてきた戦士であることが窺える。

「今日、うちの精鋭を二、三人連れてきている。少し、打ち合ってみないか?」

「良いのですか?」

 またとない機会だ、フィリスは目を輝かせた。その反応に感心したのか、ストラトスはニヤニヤと自分の顎を撫でた。

「向上心があるな、なかなか良い」

「うちじゃもうほとんど相手してやれるものがいなくてね。そちらの実力者と相対できるなら、こいつもいい勉強になりますよ」

 団長がそう言って肩をすくめた。


 

「やれやれ、うちから二本も取るとは、恐れ入った」

「いえ、一本は偶然のようなものです。それに最後は完敗でした」

「模擬戦だからな。これが実戦ならまだやりようがあったはずだ。そうだろう?」

「それは……」

 言葉に詰まるフィリスを、ストラトスは面白そうに眺めた。

「いやはや……貴殿のような有能な騎士をただの護衛として囲い込んでしまうとは、神官長殿は全く勿体無いことをなさるものだ」

 目を細め、明後日の方向を向いてストラトスは言った。

「貴殿は、そうは思わんかね?」

「いえ、自分は今のお勤めに不満はありません。……力不足を感じているところではありますが」

「なんと、殊勝な心根だ。ますます欲しくなった」

 ははは、と笑うストラトスに、フィリスは困ったように愛想笑いを浮かべて小首を傾げた。理由はわからないが、何を言ってもいいように解釈されてしまう。

 

「実は、私も元は護衛騎士でね」

「そうなのですね」

「ああ、かの栄光の十年間に勤めていた」

「栄光の……」

 不思議そうなフィリスを見て、ストラトスは眉を下げた。

「……そうか、今の騎士は知らないのか。かの大聖女が神殿に座していた頃を、我々はそう呼んでいたのだ」

 ストラトスは懐かしそうな表情になった。

「大聖女の退位からあとも、2年ばかり勤めていた。だがそのあと家から呼ばれ、泣く泣く騎士団を後にしたのだ」

「それで討伐騎士団長に?」

「代々、我が家は騎士の家系でね。団長の栄誉を手にできたのは、その威光によるもので、私だけの力ではない」

 少しだけ、無念そうな響きだった。

「だが、それに相応しい実力は付けてきたと自負しているよ。討伐騎士団の団長が、名目だけなどと陰口を叩かれては騎士団そのものの名誉に関わる」

 それが決して言葉だけでは無いのは、ストラトスの放つ風格からも窺える。

「……だが、神殿は随分と変わってしまった」

 ストラトスの言葉には、悔しさと怒りが滲む。

「今の神官長の代になってからは、『栄光の十年』の遺産を食い潰すばかりだ」

「私は、心底から憂いているんだ。大聖女の時代にあったあの清廉さ、公平さが失われてしまったことに」

 じっとフィリスを見るストラトス。その視線は挑むようにも、探るようにも見えた。

「貴殿は神官長直属だと聞いている。かのお方をどのように思っている?」

「あ、自分、は……」

 フィリスは、口篭った。まさに今、フィリスが答えを見つけられない問いだ。

「……お役に立ちたい、と思っております」

「全く、あくまでも忠義を尽くすというわけか? 立派な心がけだが命取りだ。貴殿はたった一人に縛られている人生を良しとするのか?」

 ストラトスは、忌々しそうに言った。

「かのお方が、筆頭騎士殿を除けば大聖女に最も近しい立場であったのは間違いない。大聖女の去った後を任されたのもわかる。だが、あまりにも力を持ちすぎると人は腐敗から逃れられんものだ。……あれからもう八年か……今や神殿を私物化する俗物に堕ちたと言っても過言ではない」

「神官長はそういう方ではありません」

 フィリスは静かに返す。しかしストラトスには実態のない言葉に聞こえたのかもしれない。

「貴殿は奴を知らないからそんなことが言えるのだ」

 意味あり気に言われてしまう。反論しようとフィリスが顔を上げる。けれどもストラトスの方が早かった。

「ここへ来て何年だ?」

「あ、……半年と、少し、です」

 フィリスは唇を噛む。口にすると、その短さが余計に身に沁みた。

「そうか。ではまだ知らない事も多かろう」

「……そう、ですね……」

 フィリスは俯いた。

「フィリス、たった一人を護衛するより、いっそ国ごと守れ」

「……!」

「貴殿には、それができるだけの力がある」

 買い被りすぎです、と言うべきだ。だが、口を開いてもフィリスは何も言えない。ストラトスが、わかっていると言うふうに肩を叩く。その力強さに気圧されそうになった。

 


 アレスティオンは目を剥いた。

 まさに今、襲撃の黒幕と目している相手が、よりにもよってフィリスの隣にいるのだ。しかも談笑している。大柄な男はフィリスの肩に親しげに触れていた。

「——ここで何をしている、ストラトス卿」

勝手に声が低くなる。

「部外者がおいそれと立ち入っていい場所では無いはずだが?」

「これはこれは、アルクマイオス神官長閣下」

 ストラトスが、わざとらしいほどに恭しく礼をとる。

「優秀な若手がいると聞いて、神殿騎士団よりご招待頂いたのだ。我が討伐団の主力に是非とも欲しいと思っているところでね」

「何……?」

 ストラトスは上機嫌で、フィリスの背中をバシンバシンと無遠慮に叩いている。それだけで『優秀な若手』が誰を指すかなど、わかりすぎるほどにわかってしまった。

「どう言う意味だ?」

 それでも問わずにはいられない。わざわざ、討伐騎士団団長自ら出向くなど、異例もいいところだ。

「……なに、ただ欲しいと思ったのだ。他意は無い」

「……」

 その目は、決して単なる戦力補強の視察に訪れた騎士団長ではなかった。

 ——気づいているだろう?

 そう言っているように見える。

 ——気づいているとも

 アレスティオンは睨み返した。

 春から続く一連の襲撃を手引きしている者。アレスティオンを狙う理由があり、内部に詳しく、人を動かせる権力を持つ……その条件にぴたりと当てはまる男。次の一手にフィリスを利用しようとでもいうのか。

 だが、この場で糾弾できるだけの証拠は何も無い。アレスティオンは奥歯を噛み締め、それからできるだけ平素を装った。

「残念だが、ストラトス卿。その者は私が専属護衛として使っているのだ。他を当たってくれたまえ」

「なんと! 神官長殿ともあろうお方が、力ある若者を無為に囲い込んでしまわれるとは。嘆かわしいことだと思わんかね?」

「己の駒を増やしたいだけのお題目に、貸せる耳はない。戯言も程々にしてもらおう」

「呆れたな。駒を増やしたがっているのは貴殿ではないか?」

「どうかなストラトス卿——元護衛騎士殿。いつまでも神殿内に嘴を突っ込める立場だと思ったら大間違いだ」

「なんだと……?」

 痛いところをつかれたのだろう、ストラトスが苛立ちを声に乗せる。対するアレスティオンは、両目に明らかな怒りを閃かせていた。

「我が護衛騎士に、勝手な手出しをするのは控えてもらおうか」

 それだけを吐き捨てると、踵を返す。

「行くぞ、フィリス」

「は、はい」

 振り向きもせずフィリスを呼びつけて、歩き出す。フィリスは、ストラトスへ一礼すると、アレスティオンの後を追った。



 廊下を早足で歩きながら、アレスティオンは刺々しい声でフィリスに尋ねた。

「討伐騎士団からの引き抜きがあったのか。なぜ黙っていた?」

「あ、いえ、隠したつもりは……」

「貴殿は我が専属護衛、私の許可もなく、転属の話ができるとは思うな」

「はい……」

「第一、『聖女の秘密』を知る貴殿を、そう易々とよそにくれてやるわけなかろう」

「……」

 アレスティオンは、返事のなくなったフィリスを振り返る。そこには、沈痛な表情で立ち尽くすフィリスがいた。

 アレスティオンは、思わず立ち止まってしまった。だが、言葉は出てこなかった。





 

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