↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神殿騎士、悪徳神官長の秘密を知る〜知られたからには返すわけにはいかんと言われました〜  作者: 隙間ちほ
神殿騎士、悪徳神官長と祝祭を迎える

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/26

3.奇跡の練習


 アレスティオンは、ピリピリしていた。フィリスの資質を目の当たりにしてから、聖女の資質認定そのものを見直す必要が出た。それに合わせて選別方法を一から組み直し、候補者を選び、時には直接会った。一刻も早く()()たり得る者を見つけなければならない。それなのに、秋の祝祭の準備も進めなくてはいけない。さらにはフィリスが何か思い悩んでいるらしき様子だが、時間を割く余裕はない。しかもそのフィリスは、専属護衛だと言うのに、最近しょっちゅう消えるのだ。本来なら、ありえない事である。

「ん? フィリス?」

 今日もまた、専属のくせに呼んでも来ない。神官長はムッとした。

 ドアの外を覗くと、別の護衛騎士が立っていた。

「フィリスはどうした?」

「はい、あの、聖女様が……」

「……またか」

 アレスティオンは、さらに渋い顔になった。眉間の皺を指で揉み、苛立ちまぎれの息を吐く。護衛騎士がびくり、とするのがわかった。



 

 その頃フィリスは、エレノアに手を引かれて中庭にいた。

「今日は、この花でやってみようと思って」

「そうですか」

 日向で萎れた野花を前に、エレノアは真剣な表情だ。そっと茎の部分に手を触れて、反対の手でフィリスの手を握る。フィリスは、されるがままになりながら、尋ねた。

「あの、本当に自分は必要なんでしょうか?」

「必要です! フィリスがいた方がうまくいくことが多いんです」

「そう、ですか……」

 最近のエレノアは、一人で奇跡を使う練習に余念がない。そうして、ほぼ毎回と言っていいほどフィリスは付き添っている……最初に成功した時と同じ条件に揃える、というのは、わからなくもない。フィリスとしてはそこに自分の必要性は全く感じない。だが、エレノアの緊張がほぐれるのなら、ひいては奇跡の練習の一助になっているのなら、と状況に甘んじている。

 護衛を離れる後ろめたさはあった。もちろん、必ず代わりを付けるようにはしているが。

 アレスティオンのそばを離れるのは、真面目に考えれば護衛任務を放棄するも同然だ。なのにむしろ、フィリスはほっとしてしまうのだ。それが余計に、罪悪感に拍車をかけた。

 しばらく目を閉じていたエレノアは、ため息をついた。

「だめです……なんだか今日は、うまくできない……」

 すっかり俯いたエレノアに、フィリスは明るい声で言った。

「ここは暑いですからね。ちょっと木陰で座りましょう」

「……はい」

 二人は木陰に入って並んで座った。秋が近いといっても、よく晴れた日はまだまだ暑いのだ。涼しげな風が吹き抜けていくたび、隣に座る肩の力が抜けていくようだった。

 しばらく黙っていたエレノアは、悩ましげに首を捻った。

「うまくいく時といかない時の違い、少しずつわかってきたんです。でも、まだ感覚だけで……。さっきみたいに全然ダメな時もあれば、何かが噛み合うように感じる日もある。でも、なかなかうまく掴めない」

「そうなんですね」

「いつまでもフィリスにいてもらう訳にもいかないですから、早く自分でできるようになりたいんです。フィリスを連れ出すと、いつも神官長に嫌がられますし」

「へぇ……」

 それは、知らなかった。フィリスは少しだけ目を見張った。

「この前なんて、『私の護衛騎士をあちこち連れ回すな、聖女のための騎士がちゃんといるだろう』って、こーんな怖い顔で言われちゃいましたよ」

「ははは」

 エレノアが、神官長の真似をしてみせた。さして怖くない表情で、眉間にいっぱい皺を寄せている。それが余計に可愛らしくて、面白い。

 フィリスが笑ったのに満足そうだったエレノアは、けれどもすぐに、はぁ、とため息をついた。

「今のところうまくいくのは、ほんの少しの治癒と、それから祝福だけなんです」

「ああ、浄化はなかなか王都内では難しいですからね。澱みも無いですし」

「ええ……」

 エレノアの表情が、じわりと暗く変わった。

「澱み……あれは苦手です。すごく気分が悪くなる」

「そうなんですね」

「また祝祭の後、冬の巡礼で澱みに行くのかと思うと、少し憂鬱です。巡礼は楽しみなんですけど……」

「そんなにですか?」

「フィリスは、澱みが平気なんですか?」

「ええ、まぁ。ジメジメしてるな、とは思いますが」

「へぇ……いいなぁ」

 エレノアが唇を尖らせた。

 静かに木漏れ日が揺れる。風が吹いて、葉の擦れる音が二人の間に響く。途切れた会話を再び繋ぎ直したのは、エレノアの一言だった。

「——私の名前、ほんとはエリなんです」

「え」

 フィリスが思わず隣を見る。エレノアは、遠くを見るような目をしていた。

「今の名前は、聖女になる時、もっと威厳ある名前の方がいいって、神官長が付けてくれました。歴代の聖女の一人エレニアにあやかってエレノア、と」

「そう、だったんですね……」

 エレノアの髪が、夏風に揺れる。足を投げ出して座る姿は、年相応の……「エリ」という名の、ただの子供が少しだけ垣間見えた。

「聖女になる時『もし、ただのエリに戻りたくなったら言え』と神官長は言ってくださいました」

「……!」

 フィリスが目を見張る。だが、エレノアは気づかないまま続ける。

「でも、私、考えてたんです。ずっと」

 エレノアは、木漏れ日を眩しそうに見上げた。涼しげな風の音が、葉擦れの音が、二人の間を通り抜けていく。

「巡礼は、大変だったけど、楽しかった。知らない街に出かけられるのも、知らない人たちに会うのも、初めて見るものに触れることも……フィリスと、街で食べ歩きしたのも、すごく楽しかった」

 にこ、とエレノアは笑う。

「いろんな人たちから歓迎されて、感謝されるのも、すごく、嬉しかったんです。私ちゃんと出来てるかなって不安だったけど、みんな喜んでくれて……」

 エレノアはいつしか真剣な顔に変わっていた。

「だから、冬の巡礼は本当に楽しみなんです。また外へ出られる。新しい何かを見られるかもしれない。それを思えば、澱みで少し気分が悪くなるくらい、平気です」

 

 もう一度、やってみます。そう言ってエレノアがまた花の元へ行く。フィリスも立ちあがろうとしたが、そこにいてくださいと言われて座り直す。

「ちょっと、一人で頑張ってみます」

「わかりました」

 エレノアが、目を伏せる。小さな声で祝詞を唱え、ほとんど枯れかけた花にそうっと手を添えた。

 うまく行くといいなぁ、とフィリスは思った。うまくできる回数が増えれば、それはきっとエレノアの自信になる。

 

 未だ夏の名残りを色濃く残す気温が、肌をじわじわと焼く。風の音。遠く、神殿で生きる人々の気配。


 陽にさらされたエレノアのこめかみから、汗が一雫垂れ落ちる。それにも構わず、エレノアは一心に花を見つめ続ける。

 

 その時、陽光の反射の中にキラキラとした光がうっすら見えた。

「……できた」

 エレノアが顔を上げる。

 フィリスは、にこりと笑って拍手した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。