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神殿騎士、悪徳神官長の秘密を知る〜知られたからには返すわけにはいかんと言われました〜  作者: 隙間ちほ
神殿騎士、悪徳神官長と巡礼に行く

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5.悪い予感

 

 様々な予定変更と短縮を経て、領主の元から出発したのは、三日後のことであった。橋の崩落により本来通るはずの道は使えず、巡礼隊は迂回路を行くことになってしまった。

 その夜は、急遽野営をすることになった。野営日数が増えるのはアレスティオンとしても頭が痛いところだが仕方ない。最初の神殿で余分に積んだ食料品や飲料は、早速活用される事になった。

 

 天幕の中、アレスティオンは、今回の巡礼に不穏な気配を感じていた。というのも、橋の状況について神殿騎士に調べさせた結果が、先ほど届いたのだ。

 調査の結果、一部の橋脚に切り込みの跡が見つかったという。元々老朽化していた様子だが、長雨でもないのに気がついたら壊れていた、というのが近隣に住む者たちの証言だった。これで誰かの仕業である可能性が濃厚になった。もしや巡礼の順路を変えるように仕向けたのか、と考えてはみたが、しっくり来ない。

 随伴する神官たちは皆、度重なる予定の変更で例年より疲れている様子だった。橋より向こうの地は今回の巡礼から外すという案も、話し合いの中で出た。最終的には神官長の決定に委ねられる事になったが、アレスティオンとしても妙案は浮かばない。ひとまずは全体の巡礼の順路を再構築するべく地図を睨んでいる。だが、どうしても頭は不可解な妨害工作に向いてしまう。

「なぜ巡礼を邪魔する……?」

 巡礼である。巡礼先や滞在場所に政治的な意図が絡むのは確かだが、どの土地でも来ないよりは来た方がずっといいはずだ。来てほしくて策略を巡らせるならともかく、来てほしくないかのような妨害は普通ではない。だが、春先に神官長の命を狙った勢力のこともある。

「お茶でもいかがですか?」

「ああ……」

 考え込むアレスティオンを見かねてか、フィリスが声をかけた。すっかり茶汲み係も板についてしまった護衛騎士は、いつも通り重たい甲冑を着込んで、手甲だけ外した姿で器用に茶器を扱っている。今回、神殿侍従は随伴しなかったので、代わりにフィリスを半ば側仕え扱いしている。もう慣れたのか、諦めたのか、特に文句も言われない。騎士にしては柔軟性がある、とアレスティオンは思った。適応力、とも言える。

 状況が許せばワインの一杯でも飲んで気分を変えたいところだったが、残念ながらそうもいかないのが辛いところだ。嘆息しながら渡された茶を一口飲んで、アレスティオンは眉を顰めた。

「まずい」

「えぇ……?」

「おい、意外そうな顔をしていい味じゃないぞ。不味すぎる」

「そんな……」

「蒸らし時間は茶葉によって変わると言ったのを忘れたのか? いや、それ以前の問題だ。茶葉の量は測ってるのか?」

「ええと……」

「そもそも、貴殿は一体なんの茶葉を使った?」

「あ、ええと、領主様からいただいた……」

「それは! 生乳に合わせるための茶葉だ!」

「はい……」

 慣れない給仕で怒られて、フィリスはしょぼしょぼと肩を落とす。本来でない仕事をこれ以上責めるのは流石に哀れというものだ。不機嫌な顔のまま、アレスティオンは茶をちびちびと啜り、まぁいい、と締め括った。渋みという一点だけなら、ワインに似ていると言えなくもない。かろうじて、だが。

 フィリスは肩を落としながらも、ほっとした顔になった。

 

 さて、どうしようもない味の茶のせいで、絡まりつつあった思考がいくらかスッキリとしたのは、悔しいが事実だった。

 今回の件、巡礼を進めたくなかった何者かの仕業かもしれない、というのがアレスティオンの出した結論だった。春先の暗殺未遂と今回の巡礼妨害の二つを結びつけるのは早計かもしれないが、筋は通るのだ。

 アレスティオンによる大結界の夜間点検のことを知っていて、かつ巡礼に出られると困る相手とは誰か。……少なくとも自領に聖女や大結界を欲しがった伯爵は犯人ではない。かの方は、短気なことを利用されて怒って乗り込むように仕向けられた可能性がある。

 わざわざ巡礼より前に襲撃に来た、ということは、巡礼前に済ませたい理由があったのだ。橋の崩落もかかわっているとするならば、橋の向こうにいってほしくない、もっというなら巡礼を完遂させたくない可能性がある。この先の地に、何かあるのか……長らく巡礼に選ばれず、魔物の報告も少ないはずのこの地に。

 その時、不意にある考えが閃いた。

 ——巡礼を止めたいのならば、巡礼中の襲撃も考えられるのでは?

 アレスティオンは立ち上がった。

 今回の野営は予定外だった。野営地の調査も他ほど念入りにはできていない。準備も最低限のなか、他よりはいくらか開けた場所に陣を据えた。

 ——それが向こうの狙いだとしたら?

 アレスティオンは、無言のまま早足で天幕から出た。

 フィリスが、慌てて後を追う。

「神官長、どちらへ?」

「聖女の天幕だ」

 まだ陽が落ちてまもない外では、野営の焚き火がいくつかたかれていた。パチパチとはぜる火の粉が宙に舞うなか、アレスティオンは先を急いだ。

 

 

「野盗だ!」

 誰かの叫び声と、矢が風を切る音が同時に聞こえた。目の前の天幕に矢が突き立つ。物見の警笛の甲高い音がいくつも響いた。フィリスが即座に抜刀する。

 アレスティオンは、顔をこわばらせた。

 ——野盗だと? 野盗が神殿の天幕を襲う?

 信心深くない者だっているだろう。だが、商隊ならともかく旨みのない神殿関係者の天幕だ。食糧目当てにするには、警備が厳重で割に合わない。

 ——野盗を装った襲撃、もしくは金で雇われた賊だ

 そうとしか考えられない。アレスティオンはまず聖女を確認すべく、天幕に立ち入った。

 天幕の中では、エレノアとその世話役の女神官が抱き合って震えていた。

「体を低くしていろ、外に出るな」

「神官長もですよ!!」

 フィリスが焦った声で神官長を天幕に押し込む。勢い余ってつんのめってしまったアレスティオンに構う余裕もなさそうだった。

「絶対外に出ないで!」

 そう言い残し、フィリスは天幕の外を守るべく剣を構えた。


 外で剣戟の音がする。フィリスだろう。時折高く風を切る音は矢の飛んでくる音だろうか。遠くで怒号と悲鳴が夜にこだまし、ますます聖女と女神官が固く抱き合う。

 外の騒音がわずかに遠のいた気がしたのは、いくらか経ってからだった。そろそろ襲撃は止んだのだろうか、とアレスティオンが顔を上げたのと、天幕の奥から異音がしたのは、同時だった。

「!」

 天幕の厚い布を切り裂く音が、高く響く。振り返ると、人影が隙間から侵入してくるところだった。ひ、と声にならない声を上げたのは女神官か、エレノアだろうか。二人を庇うように、アレスティオンは立ち上がった。

「……誰だ」

 いかにも野盗といった格好の男が、無言で立っていた。手にしているのは小ぶりな剣だった。外で振り回すには随分と小さい……まるで、屋内で振るうためのものに見えた。

「……おい、聖女の天幕だぞ! 何を考えている?!」

 アレスティオンは、咄嗟に怒鳴りつけた。ここに男がいるのが予想外だったのか、野盗らしき男は少し躊躇ったように見えた。けれどもすぐさま無言で刃先を神官長に向けた。布で覆った顔の中、ギラギラとした眼光だけがよく見えた。

「神官長! 逃げてください!」

「馬鹿を言うな!」

 エレノアの悲鳴に叫び返す。逃げられるならそうするとも、とアレスティオンは内心で吐き捨てる。

 襲撃者の狙いは、明らかに『聖女』である。挑発や揶揄どころか、一言も口を聞かない。野盗らしからぬ、訓練された暗殺者を思わせる。

 まずい、とアレスティオンは思った。

 向こうはジリジリと距離を詰めてくる。このままでは、聖女もろとも殺されてしまうだろう。なんとかしなければ、だが、どうやって? 交渉するか? 殺し屋相手に?

 アレスティオンが何か言おうと口を開いた瞬間、天幕の入口が跳ね上がった。

「神官長!」

 フィリスの声だった。その姿を認めた途端、アレスティオンの胸に安堵が広がった。もう大丈夫だ。騎士団随一の護衛騎士が来た。これで……。

 だが、安心したのも束の間、襲撃者がこちらに突っ込んできた。それはもはやなりふり構わぬ挙動に見えた。

 

 ——神殿においては自分が真の要であり、エレノアはあくまで代役だ

 アレスティオンの頭の中では、理性がそう告げている。

 ——自分だけは何があっても生き残らなくてはならない

 わかっている。誰よりもわかっていることだ。

 ——何を犠牲にしてでも……他人を盾にしてでも、生きなければ

 わかっていたのに。馬鹿なことを。

 

 

 アレスティオンは咄嗟に一歩前へ出た。背後を庇うように。

 何をしている、と自問する暇もなかった。ただ、真後ろに聖女がいることだけが頭にあった。自分が避ければ、どうなるか、考えるまでもない。

 鈍い色の刃先が、やけに鮮明に見えた。


 

「——しくじった」

 そうして、自嘲気味にアレスティオンはつぶやいた。





 

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