6話:消えたい願望
この物語は、異世界に転生するまでの話です。
子供の頃に思い描いた願望。
それは強くなることや、特別になることだけではありません。
「いなくなりたい」
「誰にも気づかれたくない」
そんな願いもまた、確かに存在します。
今回は「消えたい願望」。
存在しないことは、本当に安全なのか。
そんな一戦になります。
『第六試合を開始します』
二人が中央へ出る。
一人は痩せた男。
視線は下。
背を丸め、存在を小さくしている。
伏見悠人、二十六歳。
「……」
何も言わない。
もう一人は体格のいい男。
立ち姿に自信がある。
桐生大輔、二十九歳。
「……やっとか」
肩を鳴らす。
「逃げても無駄だ」
『第六試合、開始』
桐生が構える。
『能力名:必中。狙った対象に必ず命中します』
「一度狙えば終わりだ」
伏見は動かない。
『能力名:気配遮断。存在の認識を完全に遮断します』
空気が変わる。
音が消える。
気配が消える。
“そこにいる”という実感が消える。
「……は?」
桐生が眉をひそめる。
「どこだ」
目の前にいたはずの男が、分からない。
「……おい」
周囲を見渡す。
「消えた?」
返事はない。
伏見はそこにいる。
だが、認識されない。
(見つからなければいい)
(気づかれなければいい)
それだけだった。
「チッ……」
桐生が舌打ちする。
「狙えねえじゃねえか」
拳を握る。
「当てる能力だぞ」
「対象がいなきゃ意味ねえだろ……!」
苛立ちが混じる。
「出てこい」
低く言う。
「戦え」
返事はない。
伏見は動かない。
(このままでいい)
(何もされない)
(安全だ)
時間が流れる。
沈黙が続く。
「……おい」
桐生の声が荒くなる。
「ふざけんなよ」
「どこだよ!!」
空を殴る。
何も当たらない。
「当てるって決めたんだよ!!」
「なのに……!」
声が歪む。
伏見は、ゆっくりと息を吐く。
「……ごめん」
小さな声。
桐生が動きを止める。
「は?」
「何言ってんだよ」
「戦えよ」
伏見は答える。
「ごめん」
「巻き込んで」
少し間を置く。
「でも」
「僕はもう、疲れたんだよ」
静かだった。
諦めでも、開き直りでもない。
ただ、終わらせるための声だった。
「ふざけんなよ!!」
桐生が叫ぶ。
「勝負だろうが!!」
「逃げてんじゃねえ!!」
拳を振る。
投げる。
蹴る。
何も当たらない。
「出てこい!!」
「当てさせろ!!」
空間に向かって暴れる。
伏見は動かない。
「……ごめん」
もう一度だけ言う。
それだけだった。
時間が過ぎる。
『制限時間、終了』
天使の声が落ちる。
「……は?」
桐生が顔を上げる。
「勝敗は?」
『決着なし』
一拍。
『両者、敗北』
「ふざけんなああああ!!」
桐生が叫ぶ。
「俺は当てるって決めたんだよ!!」
「なんでだよ!!」
足元が割れる。
黒い手が伸びる。
「待て!!」
掴まれる。
「当てさせろ!!」
「一発でいいんだよ!!」
引きずられる。
「逃げんなあああ!!」
沈む。
闇へ。
消えた。
もう一つの足元も開く。
伏見の気配遮断が解ける。
「……」
静かに立っている。
黒い手が伸びる。
絡みつく。
「……いいよ」
小さく呟く。
「これで」
抵抗しない。
「やっと」
息を吐く。
「消えられる」
そのまま沈む。
闇へ。
静かに、消えた。
コロシアムに静寂が残る。
戦わないことを選んでも、終わりは避けられない。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は「消えたい願望」の話でした。
誰にも気づかれないこと。
関わらないこと。
それは一見、安全な選択に見えます。
けれど、この場所ではそれすらも意味を持たない。
何も起こさないことは、何も変えないことと同じ。
そして結末だけは、平等に訪れます。
ただ一つ違ったのは、彼がそれを受け入れたことでした。
次回はまた違う願望の戦いになります。
引き続き読んでいただけると嬉しいです。




