6.5話② 桐生大輔 必中マン!
桐生大輔は、ずっと“見ている側”の人間だった。
幼い頃から身体が弱かった。重い喘息持ちで、少し走るだけでも息が詰まり、発作が出ればそのまま倒れることもある。病院の匂いと吸入器の感触を、大輔は子供の頃から当たり前みたいに知っていた。
だから体育の時間は、いつも見学だった。
グラウンドの隅。木陰。教室の窓際。
みんなが汗だくで走り回る姿を、ただ遠くから見ている。
本当は混ざりたかった。
一緒に走りたかった。
転んで笑って、馬鹿みたいにはしゃぎたかった。
でも無理だった。
先生も親も、「無理するな」と言う。
友達も最初は誘ってくれるが、そのうち自然と声をかけなくなった。
悪気はない。
ただ、“最初からいないもの”として扱われるようになっていった。
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昼休みのドッジボールが、特に嫌いだった。
いや、本当は大好きだった。
校庭で響く歓声。ボールが風を切る音。逃げ回る声。誰かが当たるたびに起こる笑い声。
全部、羨ましかった。
大輔は教室の窓から、その光景をぼんやり眺めている。
(今の、右に投げたら当たってたのに)
(そこ、フェイント入れたら避けられないだろ)
頭の中で、何度もシミュレーションする。
もし自分がコートに立っていたら。
もし身体が丈夫だったら。
きっと誰より上手くやれた。
誰より強いボールを投げられた。
誰にも避けられない、“必中”の一球を。
そんな妄想ばかりしていた。
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気づけば、その妄想はどんどん膨れ上がっていた。
自分がコートの中心に立ち、誰も避けられないボールを投げる。
一球ごとに歓声が上がる。
「すげぇ!」
「また当てた!」
「桐生、やばっ!」
みんなが自分を見る。
一目置かれる。
憧れられる。
そんな夢を、何度も頭の中で繰り返した。
だが現実では、一度もボールを投げることすらできなかった。
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高校に入る頃には、喘息は少しずつ落ち着いていった。
大人になる頃には、発作もほとんど出なくなっていた。
身体も丈夫になった。
ようやく普通に走れるようになった。
だが、その頃にはもう遅かった。
子供の頃みたいに無邪気に何かへ熱中することもなくなり、いつしか“必中マン”なんて妄想をしていたことすら忘れていた。
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二十九歳になった大輔は、配達員として働いていた。
毎日同じ道を走り、荷物を運び、時間に追われる。
別に不幸ではなかった。
だが、特別幸せでもなかった。
気づけば人生は、“普通”のまま流れていた。
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その日も、いつも通りだった。
荷物を積み込み、バイクを走らせる。
雨が降っていた。
視界が悪い。
交差点へ差しかかった瞬間だった。
大型トラックのクラクションが響く。
大輔が顔を上げた時には、もう遅かった。
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宙に浮く感覚。
身体が回る。
アスファルトが近づく。
時間だけが妙にゆっくり流れていた。
その瞬間、不意に昔の記憶が蘇る。
校庭。
昼休み。
ドッジボール。
窓際から見ていた、自分。
(あぁ……)
頭の中で、小さく笑う。
(結局、一回くらい……やっときゃよかったな)
それが、桐生大輔の最後の思考だった。




