2.5話 水木花子 愛されたかった。
鏡を見るのが嫌いだった。
幼い頃の水木花子は、教室の窓に映る自分の顔を見るたびに、胸の奥が冷たくなるのを感じていた。可愛くない。地味。暗い。そんな言葉を直接言われたわけじゃない。それでも、子供というのは残酷で、人気者の輪の中に誰が入れるのかを、本能みたいに理解している。
花子は、その輪の外側にいた。
男子と話した記憶もほとんどない。話しかけられることもなければ、名前を呼ばれることもない。ただ教室の隅で、誰にも気づかれないように息をしていた。
だから、少女漫画だけが救いだった。
平凡な女の子が愛される話。強引だけど優しい王子様。何があっても主人公だけを見てくれる男。
ページをめくるたび、花子は思った。
自分も、こんなふうに愛されたい。
誰かに必要とされたい。
ただ、それだけだった。
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大人になるにつれ、その願いは執着に変わっていった。
花子は働いた。寝る時間を削って働き、金を貯めた。そしてその金を、少しずつ“自分の顔”に使っていく。
二重。鼻。輪郭。唇。
鏡の中の自分が変わっていくたびに、世界も少しずつ変わった。
男が話しかけてくる。
笑いかけてくる。
優しくしてくる。
花子は、ようやく自分が欲しかったものを手に入れた気がした。
だが、違った。
寄ってくる男たちは、誰も花子を見ていなかった。
身体。顔。金。
欲しいものだけ奪って、飽きれば消える。
「好きだよ」
その言葉を信じるたびに、財布の中身が減っていく。
気づけば、借金だけが残っていた。
⸻
狭い風呂場だった。
冷たいタイルの上に座り込みながら、花子はぼんやりと自分の手首を見つめている。
スマホの通知はもう鳴らない。
最後に好きだと言った男も、金を貸してほしいと言ったきり消えた。
静かだった。
妙に静かだった。
「……なんで」
掠れた声が漏れる。
鏡に映る自分は、昔とは比べ物にならないほど綺麗になっていた。
少女漫画の主人公みたいに。
それなのに。
「なんで、誰も……」
言葉が続かない。
涙だけが落ちる。
見た目を変えれば、愛されると思っていた。
可愛くなれば、幸せになれると思っていた。
だが現実は違った。
結局、自分が欲しかったのは“顔”じゃない。
裏切らない誰かだった。
ずっと、自分だけを見てくれる誰かだった。
震える手で、カミソリを握る。
「……疲れた」
小さく呟く。
「もう、いいや」
その瞬間だった。
浴室の灯りが、ゆっくりと暗く歪んだ。




